4月7日、緊急事態宣言の発令を機に、多くの劇団、劇場が公演中止や休館を発表した。本多劇場グループも同日、グループ傘下8劇場の休館を発表。「本多劇場グループから皆様へ」と題したコメントでは、新型コロナウイルスに対する恐れと共に、エンタテインメント業界に対する風評被害の脅威から全劇場休館を決断した、という苦渋の思いがつづられた。さらに「なによりも皆様の健康を願い、そしてまた素直に舞台が楽しめる日々を切に願っております。演劇の街・下北沢をこれからもずっと皆様に愛されるよう努力して参ります」と、再開に向けた強い決意で文は結ばれていた。
自粛期間中の下北沢は、劇場だけでなくライブハウスや飲食店も休業しているところが多く、街全体が活気を失ったようにひっそりとしていた。その光景は“演劇の街・下北沢”というコピーが真実であったことを実感させると共に、カルチャーのある日々の大切さを、まざまざと見せつけるものでもあった。
そして緊急事態宣言解除後の6月1日、本多劇場は劇場を再開させた。その日無観客で上演されたのは、
劇場再開から3カ月。本多劇場は入場前の検温、消毒、場内の換気をはじめ、受付前の大きなアクリルパーテーション、客席の間には不織布をかぶせたパーテーションを設置するなど、徹底した感染予防を行いながら、劇団と観客を迎え入れている。イベントの人数制限に対する規制緩和を目前に控えた9月中旬、本多劇場の“新しい日常”について、本多に話を聞いた。
本多劇場 / 本多愼一郎
劇団のために、全劇場休館を決断
──緊急事態宣言が発令されたのは4月7日ですが、それ以前の2月下旬から、公演自粛を実施する劇場や団体が出始めました。本多劇場では、その頃はまだ公演が行われていましたが、本多さんはどのようなお気持ちでしたか?
あの段階では正直、よくわからないなと。わからないことが多すぎて、まだ消毒や検温を徹底しながらやっている、という感じでしたね。
──そして4月7日、本多劇場のほかザ・スズナリ、駅前劇場、OFF・OFFシアター、「劇」小劇場、小劇場楽園、シアター711、小劇場 B1と8つの劇場の休館を発表されました。
劇団の方からは「継続してほしい」という声も多数いただきましたし、うちの会社としても演劇をやっていただくのが劇場として本来の在り方なので、そこは苦渋の選択でした。ただこのまま続けてしまうと、劇団にとっていいことが起きないなと思い、緊急事態宣言の最初の期限とされたゴールデンウィークまでは、と休館を決めました。そのあとさらに宣言の延長があったことで、少し考えが変わっていき、「やっぱり劇場を再開しないといけない」と思い始めるんですけど。
──本多劇場グループ8劇場のうち、劇場のサイズで段階的に休館、ということは考えなかったのですか?
その頃、エンタテインメント業界に対する風評被害があり、そのことによって劇団存続が危ぶまれるような脅威も感じたので、劇場の大小は関係なく全劇場休館に踏み切りました。
──民間劇場としては、金銭的にも大きな決断ですよね。
大変だな、と(笑)。施設補償という面では、いわゆる持続化給付金とか、東京都からの休業要請への協力金くらいで、いまだに特に何も出てないんですね。それでは1カ月の維持費にもならないってことは、当初からわかっていました。ただ劇場を継続することしか考えていなかったので、ある意味“引く”ことも大事かなと感じて。それで、3月後半から各劇団の方と休館に向けて話し合いを重ねていきました。
──劇場側から相談されたんですね。劇団からのキャンセルなども?
それももちろんありました。本来は、公演実施を最後まで応援するのが劇場だと思いますが、あの時点では、公演を実施することが劇団にとって必ずしもいいことではないと思いました。なので、劇場が劇団を説得したのではなく、今後のことを共に話し合って、みんなで考えていったという感じです。
──休館中、本多劇場のTwitterアカウントや劇場の公式サイトが頻繁に更新され、劇場が劇団を支援するアクションが多く見られました。
8劇場とも、普段は劇団の方といろいろ話しながらアクションを起こしています。でもそれができないので、何かしら動かないと、と思って。だから一方的かもしれないんですけど、少しでもお客さんと劇団のつながりが作れないかと、各社員にいろいろ手伝ってもらって発信し続けました。
──休館中に本多さんやスタッフの皆さんはどのように過ごしていましたか?
本多劇場グループには約30名のスタッフと契約社員がいるんですが、スタッフは2カ月間、主に自宅待機。出社していたのは僕だけですね。防犯の意味でも、僕は毎日劇場の見回りをして、たまに劇場の近くを通った社員にばったり出会う、という感じで。
劇場再開に向けて、「DISTANCE」に込めた思い
──その後、6月1日に本多劇場グループ PRESENTS「DISTANCE」を実施することが5月20日に発表され、5月25日に緊急事態宣言が解除されました。劇場再開に向けて、どのような動きをされたのでしょう。
「DISTANCE」のアイデアは、5月4日に緊急事態宣言の延長が発表された頃、川尻恵太さんと伊藤栄之進(御笠ノ忠次)さんと雑談したことに始まっています。そのときに川尻さんから「MASHIKAKU CONTE LIVE『ユニコーン』の有料配信収益金を本多劇場に寄付したい」という話があり、その流れから、緊急事態宣言の延長はひとまず5月末までと言われているし、東京都に問い合わせたら配信公演自体はやってもいいとのことだったので、6月1日には公演ができるんじゃないか、と。結局、緊急事態宣言の再延長はなかったので、6月1日に無事実施でき、その後も皆さんとお話しながら、少しずつお客さんにも劇場で観ていただけるように企画を続けています。
──宣言解除後も、6・7月はどこも緊張感があり、その中で公演準備をされる方たちは本当に大変だったと思います。劇場再開から3カ月経ち、本多劇場ではどんなことが“新しい日常”になってきていますか?
大きく変わったことは毎日の消毒です。お客様や劇団の方が退出されたら、お客様が触れるようなところ、客席などを消毒作業していますし、開場前にも消毒作業しています。そのほか、受付前のアクリル板のパーテーションは6月1日に劇場を再開することが決まった時点で、劇場を開ける順番に劇場に合わせてスタッフが手作りしていきました。またサーモグラフィカメラを設置したり、客席を1席ずつ空けてパーテーションを立てたり。自分たちでいろいろシュミレーションする中で、手数がかかることを劇場で準備しておけば、ただでさえ客席数が半減して収入が減っている劇団の負担を軽減できるのではないか、お客様にも安心して観ていただけるんじゃないかと考えていきました。
──さまざまな劇場が今、それぞれのやり方で感染予防策を実施していますが、中でも本多劇場は徹底している印象を受けます。
「DISTANCE」が大きかったですね。「DISTANCE」は劇場が安心して使えるようになることを前提にした企画だったので、製作委員会で出たいろいろな意見をもとに、みんなで考えたことを形にしていきました。そこで始めたことが今につながっていると思います。
──劇場が再開してどんなことを感じられましたか?
やっぱり生で観る舞台はいいなって(笑)。もちろん配信にもいい面はあり、どっちもありなのかなと思いますが。6月は僕も受付に立っていたので、お客様から「劇場を開けてくれてありがとう」ということはよく言われました。また劇団の方とはこれまで以上に話し合うことが増えましたね。でも劇団の方もお客様も本当に協力的で、そのおかげで回せています。
──一方で、これまで劇場に行くことが当たり前だった人に、劇場へ行かない習慣がついているようにも感じます。
すごくあると思いますし、仕方がないことだと思います。それをいきなり元に戻そうとしても難しいと思うので、状況を見ながら段階的に、だなと。今は感染症対策の先生にご意見を伺いながら、これまで以上の対策を考えて、徐々に設備を増やしていっている状況です。
──スタッフの方々は今までよりお仕事が増えているとは思いますが、どんな思いを持っていらっしゃいますか。
それぞれ考えはあると思いますが、劇場のスタッフたちですから、「劇場を開けてこそ」と思っているので、そこはブレていないと思います。ただ劇場の稼働率はこれまでの約半分なので、人員を削減しなきゃいけないところもあり、みんなには無理を言いながらどうにかこうにか進めています。
──演者やスタッフの安心、安全についてはどう考えていらっしゃいますか?
専門家の方のご意見もいただきつつ、基本的にはマスクの徹底と消毒。劇場内にかなりの数の消毒スプレーを置いていて、こまめに消毒してもらうようにしています。演技中の役者さんについては、稽古中はなるべく支障がない範囲でマスクしながら稽古してもらったり、飛沫防止のために正面ではなく少し横を向いてセリフを言ってもらったり……。今までは絶対に作品について口を出さない、ということにしていましたが、今は感染予防の観点からお願いせざるを得ない場合もあります。また劇団の方にそこまでやっていただくからには、その労力に対して自分たちがどこまでできるか、とも感じていますね。
劇場を開け続けるために
──またコロナを機に、本多劇場でも配信を実施する作品が増えてきました。今後は、配信もWスタンダードになっていくのでしょうか。
配信については、良いことと悪いことがあるし、コストがかかってしまうので、プラスになるならやったほうがいい、というくらいの考えです。ただ、これまでもいろいろな機材が舞台に導入されて、いろいろな意見がありつつもそれを取り込みながらやってきているのが演劇なので、配信もそういうものの1つだとは思います。それと配信がいいなと思うのは、今まで本当に劇場に来づらかった遠方の方や、ちょっと観てみたいなと思ってくださる方に、観てもらえるようになったこと。それによって少しでも劇場に興味を持ってもらえれば、「近くに劇場があったな。行ってみようかな」と思ってもらえるかもしれない、それならいいなと思います。
──「DISTANCE」に参加している顔ぶれを見ても、本多劇場は多くの演劇人、舞台ファンに愛されていることが実感できますし、やはり小劇場を象徴する劇場だと感じます。本多さんはコロナを機に発足した、小劇場協議会の代表も務めていらっしゃいますが、協議会ができたことによって変化したことはありますか?
ほかの小劇場の方たちとお話するようになって、これまで自分たちだけで考えていたことを情報共有したり、話し合ったりできるようになりました。今後このつながりがもっと広がって、例えば“小劇場も文化発信の場である”という理解を深めることができれば、東京以外の小劇場の方とも交流が盛んになり、劇団がより多くの発表の機会を持てるようになるかもしれないなと。またどの劇場もそんなに予備機材は持っていなかったりするので、アクシンデントが起きたときに助け合ったりできるのかもしれません。最終的にはいかにお客様に安心して観ていただけるかなので、協力し合うことでできるだけトラブルが回避できればと思います。
──改めて、小劇場だからこそできること、小劇場の強みについてはどのように感じていらっしゃいますか?
小劇場は今まで通り、いつでも発表ができる場として、フットワーク軽くありたいです。この先、劇場としてはもう、開けることしか考えてないです。開けていくにはどうするか、そのことだけ考えています。
プロフィール
1975年生まれ。本多劇場グループ総支配人。
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