清浦夏実

Travelin' Man & Woman Vol. 10 [バックナンバー]

清浦夏実がつづる旅エッセイ

「私にとって佐世保は、大人になればなるほど、お守りのような場所になった」

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5月16日は松尾芭蕉が奥の細道に旅立ったことから“旅の日”に制定されています。多くの人にとって人生における大切な要素である“旅”。5月16日から展開中の本連載では、旅好き / ツアーなどで各地を飛び回るアーティストに、旅をテーマにしたエッセイを寄稿してもらいます。

見知らぬ土地に行くことだけが旅ではありません。幼い頃、長期休みのたびに祖父母の家に行くことを楽しみにしていた人も多いのではないでしょうか。今回は清浦夏実さんが、母方の実家がある長崎・佐世保へ帰省していた思い出について、心温まる筆致でつづってくれました。清浦さんセレクトの“移動中に聴きたい旅プレイリスト”とともにお楽しみください。

/ 清浦夏実

独自の文化が色濃く残る佐世保への愛着

佐世保港のフォトスポット。

佐世保港のフォトスポット。

母方の実家が長崎県佐世保市にある。

時代は平成の初め頃。子供だった私は、毎年春休みに祖父母の家に連れて行かれた。数日滞在した後、親と姉妹は帰り、そのままひとり残り1ヶ月ほど住んでいたこともあった。3歳にして二拠点ショートステイ。それもあって私はおじいちゃんおばあちゃんこだった。

佐世保は温暖な気候で、春には花が咲き乱れる。山と坂が多く、どこへ行ってもすぐそばにたぷたぷとした海がある。鎖国時代にオランダやポルトガル、中華圏との交流を通じて育まれた独自の文化が色濃く残る。また、長崎県内でも軍港としての歴史が深く、艦船や軍事施設、さらにはその周辺の街並みにも、海軍文化が根付いている。野菜や魚は新鮮で安く、味噌も醤油も甘口だ。ハウステンボスなどの観光施設もあり、福岡からのアクセスも良く、人の往来は絶えない。東京からは、飛行機やバスを乗り継いで半日がかりとなり遠いが、程よく見所のある街だと思う。黄色い日差しの差し込むタクシーに乗り、運転手さんに住所を告げると「ああ、○○さんとこのお孫さんね~」といつも優しく迎え入れてくれる。

初めて行った映画館でドラえもんを観たこと、ハウステンボスのちょっとこわいアトラクション、隣の家の女の子と隠した石ころ、玄関脇の黒電話、おやつのまるぼうろ、ペコちゃんのマグカップ。そんな断片的な風景が、今も私の中にいくつも残る。

私は中学生になると芸能活動を始めた。この頃になるとなかなか頻繁には遊びに行けなくなっていたが、祖父母は私の特大ポスターをリビングに飾っていたり、宣材写真を額に入れて飾っていたりと、よくわからない世界に飛び込んだ孫を心配しながらも応援してくれた。

孫の特大ポスターを飾った祖父母の家のリビング。

孫の特大ポスターを飾った祖父母の家のリビング。



私がハタチを過ぎた頃、先に祖父が他界した。初夏の海風が吹き抜ける家に、子供の頃のように家族で泊まった。

それから89歳までひとり暮らしを続けた祖母は、3年前にとうとう身体を壊し施設に入った。今はゆっくりゆっくり、その命を終えようとしている(否、案外ここから長いかもしれない)。私の母はお見舞いや家の片付けに、今まで以上に故郷に通うようになった。私の特大ポスターは、祖母がいつ帰ってきてもいいようにと、まだ壁に貼ってある。

土地は、まるで入れ物のようだ。その土地ならではの山や海、温泉や施設があり、そこに人との出会いや思い出が加わることで、愛着が生まれる。逆に、大切な人たちがいなくなれば、変わらぬ景色がかえって寂しさを募らせる。私にとって佐世保は、大人になればなるほど、祖父母の優しさを思い出せる、お守りのような場所になった。

大人になってから訪れる佐世保は、それはまた魅力的でもあった。ドラえもんを観た映画館の場所が分かったり、隣の家の女の子と隠した石ころを、当時のままの姿で発見した。ふらっと入った喫茶店「くにまつ」で飲んだコーヒーが美味しかったと祖母に話すと、祖母もたまにひとりで通っていたらしい。商店街の人気店「ささいずみ」でイカやアジ、カワハギなどを味わい、塩分濃度の高い黒い温泉で温まった後は、とんこつラーメンやちゃんぽんで締める。何を食べても美味しいのだけれど、祖母が元気な時に作ってくれた牡蠣や海老の入ったちゃんぽんや、「帰りの飛行機で食べなさい」とくれた手作りのお弁当にはきっとこれからも敵わない。

2年前、初めて娘を佐世保に連れていった。娘は私が祖父母の家に預けられていた年齢とさほど変わらない。施設にいる祖母と面会し、佐世保の街を満喫した娘が「次いつ来れる?」と笑顔で聞いてくれた。私はまたひとつ帰る理由を得たのだった。

祖母も通っていた珈琲専門店「くにまつ」。

祖母も通っていた珈琲専門店「くにまつ」。

オランダの港町を再現したエリアもあるハウステンボス。

オランダの港町を再現したエリアもあるハウステンボス。

娘とハウステンボスのハロウィーンフェスティバルへ。

娘とハウステンボスのハロウィーンフェスティバルへ。

移動中に聴きたい旅プレイリスト Selected by 清浦夏実

01. エンニオ・モリコーネ「Forse Basta - Version 7」
02. 平山みき「真夏の出来事」
03. Carpenters「Yesterday Once More」
04. パソコン音楽クラブ「Panorama」(Vo 弓木英梨乃)
05. 坂本真綾「DIVE」

清浦夏実

1990年7月生まれ、千葉出身。12歳のときに女優として活動を始め、2007年にアニメ「スケッチブック ~full color's~」のオープニングテーマ「風さがし」で歌手デビューを果たす。2010年2月に1stアルバム「十九色」をリリース。2015年に沖井礼二とのバンド・TWEEDEESを結成し、4枚のアルバム、2枚のミニアルバムを発表。2025年3月に離脱を発表した。ボーカリストとしてCM、映画、ドラマ、アニメ、ゲーム作品に多数参加しているほか、作詞家として楽曲提供も行っている。

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清浦夏実 @kiyouranatsumi

音楽ナタリーで連載中の、アーティストが綴る旅のコラム『Travelin’ Man & Woman 』に、寄稿させていただきました。

今回書きたいと思ったのは、大好きな祖母が暮らす長崎県佐世保市のこと、そして家族について。

よかとこです。是非ご覧下さい🐉🌷

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