
Travelin' Man & Woman Vol. 11 [バックナンバー]
玉置周啓(MONO NO AWARE)がつづる旅エッセイ
「旅はした方がいい。理由を無理やり考えて航空券を取ってしまうのがいい」
2025年5月19日 18:00 6
5月16日は松尾芭蕉が奥の細道に旅立ったことから“旅の日”に制定されています。多くの人にとって人生における大切な要素である“旅”。5月16日から展開中の本連載では、旅好き / ツアーなどで各地を飛び回るアーティストに、旅をテーマにエッセイをつづってもらいます。
今回は、今春公開の別コラム「東京ウブストーリー」でも文才を遺憾なく発揮してくれた玉置周啓(
文
音楽にまつわる、いまだ印象深い2つのエピソード
おつかれさまです。
今日は人生で初めて渡った海の向こうで、未知に翻弄されながら過ごした日々と鮮烈にくっついたままの音楽について申し上げたい。
八丈島という小さな島から出てきた4人の男たちが、初めての海外旅行に選んだのはヨーロッパだった。
当時はまだ旅行系YouTuberもおらず、ちらほらと旅ブログが読めるくらいで、まず俺たちが向かったのは書店、それぞれ買った「地球の歩き方」計4点。卒業の名に恥じぬよう、凝ったイベントや穴場を避け、真っ直ぐに世界遺産や有名どころを廻ることに決めた。
滞在地はノープランだったので、行く先々のマックやスタバの窓にへばり付いてWi-Fiを拾い、その日の宿を予約した。金がないので飯はマックかチェーン店、服も貧相だがイタリアでオペラを観劇する可能性があったので1着だけ正装を用意してバックパックに詰め込んでおいた。
このように、いかにも初海外旅行の様相を呈したこの旅で、音楽にまつわる、いまだ印象深いエピソードを2つ記したい。
①The Kinks - Waterloo Sunset
ロンドンはアビーロードスタジオの前に敷かれた横断歩道でビートルズのモノマネ写真を撮ることになったが、その撮影者を誰にお願いするかが問題だった。スタジオの前は車の往来が激しく運転も荒く、誰しもが車を恐れていたため、ふつうの撮影者は歩道から斜めに横断歩道を捉える形でカメラを構えていたが、それではクオリティに難があると、馬鹿な俺たちは中央線から真っ直ぐに撮ってくれる人をいつまでも探し続けた。
異様なる執念の果てに望む写真は撮れたのだが、その陰で俺はお小水に行きたいことをみんなに言えないまま1時間半が経っていた。あたりに公衆トイレはなく、あの赤い2階建てのバスに乗って都心に向かわねばならない。飛び乗ったバスの車内で悶える男を全員が笑い、俺の背中をつっついたり、面白いことを言って緩ませようとしてきたりした。
窓からトイレが見えたら飛び降りてやる。限界の状態でその時を待ったが結局トイレは現れず、終点の駅に着いた。男女が肩を並べたマークを血眼で探し、見つけたと思えば門番みたいなおばさんに1ユーロを請求されて投げるように渡し、小便器に吸い込まれるようにタイルの床を駆けて、そして笑顔になった。
駅の外に出て見上げると、「waterloo」と書いてある。これってあのキンクスの名曲の、と思い至ってスタバにへばり付いて検索すると、まずwaterlooの由来(※)がちゃんと表示されたが、looは「トイレ」という意味だった。
※ウォータールー駅の駅名は、イギリスなどの連合軍がナポレオンに勝利した「ワーテルローの戦い」から名付けられた。
②サカナクション - ミュージック
パリから何時間も電車に揺られて、モンサンミシェルという城に向かった。前夜はパリに宿泊する予定だったが、いろいろあって凱旋門の下で野宿することになったため、ほとんど不眠状態での1日の幕開けだった。
モンサンミシェルは江の島みたいなものなので安ホテルを求めるなら陸側に泊まる必要があり、二日連続の野宿を避けたい俺たちは城の敷地から近い順にホテルを回り、そこそこ安いモーテルにチェックインした。周囲には飲食店もあったが、寝不足で物を食う気にもなれず、荷物を降ろして軽くなった肩に風を受けながら城に向かった。城内には夢のような街が広がり、歴史的に重要な意味がありそうな壁や家具も多く、舐め回すように一日中歩いた。
宿に戻って夕食にするか迷ったが、ここにきてみんな仲良く睡魔に襲われ、遅い昼寝を挟むことに反対する者はいなかった。ベッドに寝転んで何となくYouTubeを開くと、サカナクションの新曲のビデオが上がっていたので、再生した。その曲のイントロの心地よさといったら眠るのには十分で、歌詞もイギリス海峡を背にした城の風景に何故か見事に嵌まり、夢心地のまま眠りに落ちた。
起きると、空腹だった。時計を見ると21時だったので、嫌な予感がした。モーテルは素泊まりなので道に出ると、あんなに店が並んでいたはずの街は真っ暗だった。野宿の次の日は飢餓かよ。夜の新宿の上空みたいに緑色に光ってくれていたらそこまで歩いたが、どこを見渡しても光はない。
ホテルには自動販売機さえなく、水道水は飲むなと「地球の歩き方」に書いてある。水だけでもと思い、隣のホテルに水を買わせてくれとお願いしに行ったが、宿泊者以外には売れないと言われた。モーテルに戻り、それぞれバックパックを漁る。なんか、なんかないか。みんな行きの電車で全部食べちゃったわあと絶望している中、俺のバッグのサブポケットに突っ込んだ手に固いビニールが触れた。引き出すと、それはスッパイマンだった。1日1粒と決めて毎日大事に味わっていたので正直あげたくなかったが、ちょうど残り4つだったから、1粒ずつ分け合った。
久しぶりに働いた味覚に悶絶しながら雄叫びを上げたが、塩味が口内の水分を奪い去り、やがて俺たちは洗面所に向かった。恥ずかしい格好で蛇口から水を飲み、腹を下すことに怯えながらベッドに潜り、またYouTubeを開く。
さっきの曲を再生すると、やはりそれは今に最適な音楽に思えた。再生が終わると、もう一度最初から再生した。それを何度も何度も繰り返し、スッパイマンの味も忘れるころ、俺はまた眠りに落ちた。
旅はした方がいい。今の所持金で最長どこまで行けるか毎日そろばん弾いて、理由を無理やり考えて航空券を取ってしまうのがいい。ムーミンの生地を見にフィンランドに行くとか本当のケバブを求めてトルコに向かうとか、大谷のそばで笑っていたいからドジャー・スタジアムのチケットを買っちゃう人、Oasis観たくてマンチェスターのチケット応募しちゃった人、行ってらっしゃい。
移動中に聴きたい旅プレイリスト Selected by 玉置周啓
01. The Kinks「Waterloo Sunset」
02. サカナクション「ミュージック」
03. Kings of Convenience「Misread」
04. アレッサンドロ・アレッサンドローニ「Love on the Sand」
05. Acetone「All the Time」
06. アンディ・シャウフ「To You」
07. Vampire Weekend「Worship You」
08. The Kooks「See The Sun」
09. Buena Vista Social Club「Chan Chan」
10. Phoenix「Too Young」
玉置周啓
1993年生まれ、東京都八丈島出身。2013年結成のバンド・MONO NO AWAREでボーカルとギターを担当。2016年に野外フェス「FUJI ROCK FESTIVAL」のROOKIE A GO-GOステージに登場し、翌年にはメインステージに出演する。2017年3月に1stアルバム「人生、山おり谷おり」をリリースし、2024年6月に5thアルバム「ザ・ビュッフェ」を発表した。バンドメンバーで同じく八丈島出身の加藤成順とアコースティックユニット・MIZとして活動しているほか、TBSラジオ「脳盗」、Podcast番組「奇奇怪怪」のパーソナリティとしても人気を集める。
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白瀬世奈 @sn_yoonsul
いや、おもろ!やっぱりエッセイっておもしろ〜〜!真似したくても書けないんだよな、その人のリズムは https://t.co/iERx1b6Kmi