古舘佑太郎

Travelin' Man & Woman Vol. 9 [バックナンバー]

古舘佑太郎がつづる旅エッセイ

「カトマンズに飛ばされて」に書き切れなかったこと

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5月16日は松尾芭蕉が奥の細道に旅立ったことから“旅の日”に制定されています。多くの人にとって人生における大切な要素である“旅”。5月16日から展開中の本連載では、旅好き / ツアーなどで各地を飛び回るアーティストに、旅をテーマにエッセイをつづってもらいます。と言いつつ、今回登場するのは“旅嫌い”を公言する古舘佑太郎さん。約2カ月かけてアジア各国を放浪した思い出をまとめたエッセイ「カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記」を3月に上梓した古舘さんに、本に書き切れなかったことはありませんか?と打診しました。古舘さんセレクトの“移動中に聴きたい旅プレイリスト”とともにお楽しみください。

/ 古舘佑太郎

もしかしたら、書かなかった中に、大切な気づきがあったかもしれない

今回、「旅の本に書き切れなかったことはありますか?」というテーマで執筆依頼をいただいた。せっかくなので振り返ってみよう。僕は2024年3月1日から2カ月間、一人でリュックサックを背負ってアジアを旅した。「カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記」には、その一部始終が綴られていると言っても過言ではない。道中欠かさずつけた日記のおかげで、その日の出来事をリアルタイムで描写できていたのである。立ち寄った町の名前や正確な到着時刻のみならず、食べ物の盛りつけ方や出会った人の一言まで、記憶ではなく記録に基づいている。カンボジアでリラクゼーションを受けた際、僕の下半身がムクムクと起き上がってしまった話まで記されているのだから、自分でも目を覆いたくなるほどの真実性だ。

しかしながら、厳密に言えば、「旅の一部始終が綴られている」という表現は間違いだ。毎秒、毎分、毎時間をただずらっと文字にしていたら、ノートが何冊あったって収まらない。当然、一日のうちで印象的だった部分のみが切り取られていく。この現地での要約作業がなければ、僕の初の著書は、上・下巻にも及ぶ長編になっていたことだろう。そしてそれは恐ろしくつまらない読み物のはずだ。1冊に簡潔にまとめられたこの本を僕はとても気に入っている。

3月の刊行を皮切りに、最近はミュージシャンのくせに歌うことよりも語ることのほうが多くなってきた。本の宣伝であらゆるメディアに呼んでいただき、旅について語りまくっている。ラジオ出演や雑誌取材、そこに自らが主催する出版記念トークイベントなども合わせれば、大忙しだ。多少疲れることはあっても全然へっちゃら。語る場があり、耳を傾けてくれる人がいる。去年の今頃は一人孤独にアジアを彷徨っていただけに、今年は寂しくない心穏やかな春を過ごしている。

周囲の方々への感謝は募る一方だが、一つ困ったことがある。旅について喋る機会が多すぎて、もうネタに困っているのか? そうではない。ノート2冊にびっしりと書き連ねた日記という名のネタ帳があるので、どんなことを聞かれてもスッと受け答えできる。しかし、一個だけ答えられない質問があることに気づいてしまった。「書き切れなかったエピソードはありますか?」というやつだ。まさに今回の依頼内容そのもの。僕はうろたえる。先ほども述べたように、文章になっていることがすべてではない。書かなくてもいいと判断した日常の風景や心象が山ほどある。なのに、いくら時間をかけても思い出せないのだ。夕暮れまでを綴った日の晩ご飯は? 寝台バスの中でうたた寝しながら見た夢は? 出会った人だって、本に登場する人たちだけじゃない。街中や共同宿で、もっとたくさんの人物にすれ違ってきた。なのに、何一つ思い出せない。激動の日々を文にまとめることばかり気にして、旅の枝葉がごっそりと抜け落ちてしまっているようだ。いつから僕のあの旅は、「カトマンズに飛ばされて」がすべてになってしまったのだろう……。もしかしたら、書かなかった中に、取るに足らないようでいて大切な気づきがあったかもしれない。饒舌に語れば語るほど、大切な何かを見落としているような感覚に襲われる。

そんな一抹の不安を抱えながらも、それでいいんじゃないのか?とも思っている。自分の人生の一部分を作品へと昇華させ、誰かに届けるという行為においては正しい副作用なのかもしれない。むしろ、何を書いて何を書かないかにこそ、作り手のセンスが問われる。その観点から見れば、書いたこと以外を忘れてしまうほどに、僕は書くことに集中していたとも言えるのだ。文章にされることのないまま消えてしまった旅の物語は、一体どこに行ったのだろう? 「カトマンズに飛ばされて」の著者となった今の僕には知る由もない。きっと、アジアを駆け巡っているあの頃旅人だった「僕」だけのものなのだろう。

インドのガンジス川にて。

インドのガンジス川にて。

タイ・サメット島の共同宿。

タイ・サメット島の共同宿。

移動中に聴きたい旅プレイリスト Selected by 古舘佑太郎

01. The Impressions「People Get Ready」
02. ウィズ・カリファ「See You Again(feat. Charlie Puth)」
03. ベンソン・ブーン「Beautiful Things」
04. Hamilton Leithauser, Rostam「In a Black Out」
05. Paul McCartney & Wings「Band On The Run」
06. Peter, Paul and Mary「500 Miles」
07. The Band「The Weight」
08. ポール・ケリー「How to Make Gravy」
09. Miia「Dynasty」

古舘佑太郎

1991年4月5日生まれ、東京都出身。2008年に自身が率いるバンドTHE SALOVERSを結成。2010年にデビュー後、1stアルバム「C'mon Dresden.」などを発表し、2015年より無期限活動停止を決める。同年秋にソロ活動を開始し、舞台、映画、ドラマ等で俳優として活躍。2017年にはNHK連続テレビ小説「ひよっこ」や「ナラタージュ」などに出演したほか、新たなバンド・2をスタートさせる。2022年2月に森夏彦と歌川菜穂が加入してTHE 2に改名するも、2024年2月にバンドは解散。その直後、サカナクションの山口一郎に「カトマンズに行け!」と命じられ、約2カ月をかけてアジア各国を放浪。その様子をまとめたエッセイ「カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記」を2025年3月に上梓した。

古舘佑太郎 (@yutarofurutachi) / X
古舘佑太郎 (@yutaro_furutachi)・Instagram photos and videos

「カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記」書影

「カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記」書影

カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記

古舘佑太郎「カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記」
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音楽ナタリー @natalie_mu

【短期集中連載】Travelin' Man & Woman👜

古舘佑太郎がつづる旅エッセイ🖊️

「もしかしたら、『カトマンズに飛ばされて 旅嫌いな僕のアジア10カ国激闘日記』に書かなかった中に、大切な気づきがあったかもしれない」

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