
Travelin' Man & Woman Vol. 8 [バックナンバー]
伊藤大地がつづる旅エッセイ
「15歳の頃、初の一人旅は、青春18きっぷで瀬戸大橋を目指すというものだった」
2025年5月16日 18:00 14
5月16日は松尾芭蕉が奥の細道に旅立ったことから“旅の日”に制定されています。多くの人にとって人生における大切な要素である“旅”。この連載では、旅好き / ツアーなどで各地を飛び回るアーティストに、旅をテーマにエッセイをつづってもらいます。
今回登場するのは、EGO-WRAPPIN'、ハナレグミ、レキシなど、さまざまなアーティストのライブやレコーディングでも活躍する伊藤大地(
文
旅が好き。
ずっと旅してたい。
ずっと旅してたことは無いけど。
日々の風景に、いつでも旅を感じてる。
いつのまにか、鉄道の旅が人生最大の趣味となり、趣味であったドラムは仕事になった。
ドラムを叩き、鉄道に乗り移動して最高の風景に出会えるという人生は今、とても楽しい───。
「旅の日」を機会に、30年間楽しみ続けている「自分だけの旅」のことを少しだけ記そうと思う。
僕はなぜこんなに旅が好きなのだろう。なぜこんなに楽しめているんだろう。
僕の育った伊藤家は旅好きの家族で(特に母は一人旅が好きだった)、さらに父の仕事の関係で1986~1989年の期間ジャカルタに家族4人で住んでいたことがある。
その3年ちょっとの間に何度か日本に一時帰国するタイミングがあり、旅好きの両親はそれを利用してシンガポール、タイ、マレーシア、イタリア、ニュージーランドなどを旅した。もちろん僕と妹も一緒に。
少し休日があればバリ島にも行ったし、プラウスリブ(インドネシア語で「1000の島々」を意味する)というビーチリゾートや、その辺のシティホテルなどジャカルタ近郊の国内旅行も定期的に楽しんだ。妹はまだ幼かったのでほぼ記憶にないと思うが、僕はその頃小学生、その旅の記憶達は「非日常の快感」として今も色濃く頭の中に残っている。
この両親から授かった小学生時代の幾度の経験値は「非日常」の濃度を薄めていき、僕の中の日常と旅の距離を縮めた。
そして、15歳の頃、僕は一人で旅をするようになった。
初の一人旅は、たまたま母と妹と計画した長野旅行をきっかけに、途中から青春18きっぷを使い1人で瀬戸大橋を目指すというものだったが、それは“海外で過ごすうちにいつの間にかリセットされていた「鉄道好き」の細胞”を、ムキムキと目覚めさせ、「乗り鉄」という鉄ヲタ界の扉を開く最初の旅でもあった。
それからというもの、季節の度に行きたい土地を探し、後はおおよその計画のみ、鈍行列車でひたすら目的地を目指すというのが僕の旅の定番となった。
高校を卒業してからはドラムを上達させるべく、バンドを10個近く掛け持ちしていたり、アルバイトをしていたのもあって、とても忙しかったのだが、意地でも鉄道旅行には時間を割いた。
というのも、僕の中の「鉄道好き」の細胞は相変わらず成長を続けていたわけで、その細胞達がとても好むローカル線鈍行の旅はなかなか道中のトラブルも多く、逆にまたそれが18歳には刺激多彩で、すっかり「乗り鉄旅」の魅力に取り憑かれてしまっていたのだ。
トラブルというには些細なものだが、強風で電車がストップしてしまって次の列車への乗り継ぎが間に合わなく、慌てて秋田の豪雪地帯の駅で列車を飛び降りて2駅分走って移動したり、宿泊予定だった山形のユースホステルがなぜか閉まっていて野宿することになったり、岡山の鷲羽山で野犬に追いかけられたり、、。
中でも列車の運行トラブルで計画を立て直さなければならない事態は頻繁に起きた。僕は鉄道旅を続ける中で雪景色の車窓や雪国の温泉に浸かることに惹かれ、真冬にわざわざ東北や北海道を旅することが多かった。
北国の鉄道は少しの雪や風ですぐに運転を見合わせてしまう。
そうなると、その日計画していた分刻みの鉄道移動計画は崩れる恐れがあり、早急に時刻表を見直して計画を練り直さなければならない。ただでさえ本数の少ない地方鉄道において、その場瞬時に時刻表を読み解き、この先の心躍るルートを見出して再提示できるかどうか(1人旅なので自分に対して)は腕の見せ所なのだ(1人なので自分に対して。。)。
国内旅行とはいえ、当時は携帯電話など持ってないし、インターネットも普及していなかったので、トラブルに見舞われた時に頼れるものといえば、自分自身の「勘」くらいしかない。。
その先にどんな楽しいことが待っているのか嗅ぎつける力、これがとても重要だった。
鍛え上げたわけでもなく、育て上げたわけでもないけど、これまで30年間、27000kmの鉄道旅で自然と身についたこの勘とワクワクを嗅ぎつける力は、いつも僕に最高の景色を見せてくれた。
どんな旅でも、どんな事態が起きようとも、その旅のハイライトを創り出し、僕自身を楽しませてくれた。
そう、それは「旅の勘」「旅の嗅覚」、、、
これこそが、自分の中で一番誇れる能力、スキルと言えるのではないか、と最近気がついた。
ドラムも口笛も得意なのはもちろんだが、きっとそれ以上、一人旅で発揮される魔法のような旅の能力。
そんな心強い自分の能力に感謝してる。
日々の旅を楽しめているのは、自分自身からのプレゼントでもあり、鉄道のお陰でもあるのだ。
移動中に聴きたい旅プレイリスト Selected by 伊藤大地
01. エンヤ「Orinoco Flow」
02. モノ・フォンタナ「Persistente cancion de la memoria」
03. ベック「Morning」
04. リッキー・リー・ジョーンズ「Wild Girl」
05. Marc Johnson「Summer Running」
06. John Scofield「After The Fact」
07. Iron & Wine「The Desert Babbler」
08. yukaD「君はDancingQueen」
09. Wilco「One Sunday Morning (Song for Jane Smiley's Boyfriend)」
伊藤大地
1980年3月8日生まれ。東京都保谷市出身。高校入学と同時にドラムを始め、2000年に星野源や野村卓史らとともにSAKEROCKを結成する。その後、Killing FloorやGood Dog Happy Menなどでの活動を経て、現在はグッドラックヘイワやハシケントリオ、奥田民生と岸田繁との3ピースバンド・サンフジンズのメンバーとして活躍中。細野晴臣、真心ブラザーズ、星野源、レキシ、EGO-WRAPPIN'、フジファブリック、LOVE PSYCHEDELICO、安藤裕子ら多数のアーティストのライブサポートも行っている。日本の全鉄道路線完乗を目標に2025年現在99%の路線を走破している。
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