無音ミュージックガイド (前編) [バックナンバー]
ジョン・レノンやOrbitalが“何も音がしない曲”に込めたメッセージとは
ジョン・ケージ「4'33"」初演から70年、今改めて振り返る“無音の音楽”
2022年9月26日 20:30 35
無音に込められたメッセージ
“無音の曲”は「4'33"」以外にも古今東西に存在している。無音の曲がまだそれほど作られていなかった時代は特に、その無音に込められたアーティストからのメッセージを感じさせるものが多く見られた。
The West Coast Pop Art Experimental Band「Anniversary of World War III」
「4'33"」以前に作られた無音の曲は録音物ではなく、楽譜やその演奏により無音が表現されていた。「曲名の付いた無音の録音物」という意味では、西海岸のソフトサイケバンド・The West Coast Pop Art Experimental Bandが1968年に発表したアルバム「A Child's Guide to Good and Evil」の収録曲「Anniversary of World War III」が最初期のものの1つだろう。この曲名は日本語で「第三次世界大戦記念日」を意味しているので、おそらくバンドは「核戦争によりすべて消滅し何もなくなってしまった世界」を無音で描いているのではないだろうか。藤子・F・不二雄のSF短編に、日常の途中で突然核戦争が勃発し、最後のコマが真っ白になる「ある日……」という作品があるが、無音の使い方にこれと少し共通したものを感じる。
ジョン・レノン「Nutopian International Anthem」 / ジョン・レノン&オノ・ヨーコ「Two Minutes Silence」
この記事で紹介するアーティストの中で、もっとも有名な人物が
ジョンとヨーコは1973年4月1日に、国土も国境もパスポートもない架空の国家ヌートピアの“建国”を宣言。6秒間の無音トラック「Nutopian International Anthem」はこの国の国歌として作られた曲で、再生中に自分の好きな歌を思い浮かべればそれが国歌になるという(※9)。なおヨーコは現在も、毎年4月1日になると「ヌートピア宣言」を発信し続けている。
「Unfinished Music No.2: Life with the Lions」で「Two Minutes Silence」の前に収録されている曲「Baby's Heartbeat」は、妊娠中のヨーコが流産の危機にあったときに、ジョンが赤ちゃんの記録を残すためにお腹にマイクを当てて録音したものと言われている(※10)。「Two Minutes Silence」は黙祷を指して使われている言葉なので、この無音トラックは結局産まれることができなかった赤ちゃんに祈りを捧げている曲なのかもしれない。
Sly & The Family Stone「There's a Riot Goin' On」
1971年にリリースされたSly & The Family Stoneの代表作であるアルバム「There's a Riot Goin' On(邦題:暴動)」の表題曲は、演奏時間0秒の曲だ。もともとアナログ盤にはA面の最後の曲として曲目リストにクレジットされていたが、完全に0秒の音楽を聴くことは物理的にできないため、CDやストリーミングでは代わりに4秒間の無音トラックが収録 / 配信されている。
この曲が収録された理由については長年、1970年7月27日にイリノイ州シカゴで暴動が発生したためだと推測されていた。Sly & The Family Stoneはこの日、シカゴ中心部のグラントパークでフリーライブを開催する予定だったが、ライブを待ちきれない観客たちが落ち着きを失って次第に暴動へと発展。警察を含む100人以上が負傷したため、バンドはこれについて「メンバーが遅刻したからだろう」「演奏を拒否したからだろう」と言われ責任を取らされたのだ。しかし、1997年にウエストロサンゼルスにあるスライ・ストーンの自宅スタジオを訪問したファンが直接本人に聞いた話によると、彼はその噂を否定して「I did it because I felt there should be no riots(暴動はあってはならないことだと思ったからだ)」と、「暴動が起こっている」というタイトルで0秒の曲を作った意図を説明したという(※11)。
ジョン・デンバー「The Ballad of Richard Nixon」
世界中で多くの人々に歌われる名曲「カントリー・ロード」の作者であるジョン・デンバーは、1969年発表のソロデビューアルバム「Rhymes and Reasons」に無音トラック「The Ballad of Richard Nixon(邦題:リチャード・ニクソンの物語)」を収録している。おそらくこの曲が表しているのは、当時のアメリカ合衆国大統領であるリチャード・ニクソンが、歌にできることなど何もない空っぽな存在だという皮肉なのだろう。
なお、同アルバムにはニクソンの大統領就任と同時に副大統領になったスピロ・アグニューの歌「The Ballad of Spiro Agnew(邦題:スピロ・アグニューのバラード)」も収録されている。これはフォークシンガーのトム・パクストンのカバーで、「I'll sing of Spiro Agnew, and all the things he's done(スピロ・アグニューと、彼が成し遂げたすべてのことをこれから歌います)」と歌い始めたところで曲が終わるという、こちらも政権に対する皮肉たっぷりな内容になっている。
Orbital「Are We Here?(Criminal Justice Bill?)」
政治家への無音での抗議は、テクノユニットのOrbitalも行っている。彼らが1994年に発表した「Are We Here?」は表題曲のさまざまなバージョンを集めたシングルだが、5曲目の「Are We Here?(Criminal Justice Bill?)」は4分間の無音トラックだ。
当時イギリスでは、少年による凶悪犯罪が立て続けに発生したことがきっかけとなり「1994年刑事司法及び公共の秩序法(Criminal Justice and Public Order Act 1994)」が可決された。しかしこの法案には「反復するビートを集会で鳴らすこと」についての規制も定められており、事実上レイヴを取り締まり排除する内容になっていた(※12)。これに対して多くの人々が反対を表明。ロンドン市内ではデモ活動が盛んに行われるようになった(※13)。レイヴカルチャーの中心で活動していたOrbitalはそんな中で、この規制に対する抗議の意味を込めて、ビートの反復が一切ない無音の曲をリリースしたのだ。
Soulfly「9-11-01」
元Sepulturaのマックス・カヴァレラ率いるへヴィメタルバンド、Soulflyが2002年にリリースしたアルバム「3」の9曲目「9-11-01」は、1分間の無音トラック。戦争や社会問題などをテーマに怒りと悲しみを曲にしてきた彼らはこの無音で、曲タイトルの通り前年に発生したアメリカ同時多発テロの犠牲者に哀悼を捧げる1分間の黙祷を表現している。
アフリカ・バンバータ「Beware(The Funk Is Everywhere)」
アフリカ・バンバータが1986年にリリースしたアルバム「Beware(The Funk Is Everywhere)」のラストに収録された表題曲も20秒間の無音だ。和訳すると「気を付けろ(ファンクはどこにでもある)」というタイトルの通り、このアルバムでバンバータはエレクトロファンクのサウンドを土台にしつつ、ラップではなくメロディアスな歌心あふれる曲や、MC5「Kick Out the Jams」のカバーなど歪んだギターを取り入れた曲、Queenの「We Will Rock You」をモチーフにした「Funk You」などさまざまなタイプの曲に挑戦。まるで「どんな曲にもファンクはある」と言わんばかりの1枚を完成させた。もしラストの無音トラック「Beware(The Funk Is Everywhere)」でバンバータが「無音ですらファンクだ」と主張しているのだとしたら、これはある意味ジョン・ケージの「無音も音楽である」というイズムを継承した作品だと言えるかもしれない。
なおアルバム「Beware(The Funk Is Everywhere)」は、ストリーミングでは無音トラックを抜いた8曲のみが配信されている。
Crass「The Sound Of Free Speech」
メンバーが意図していない形で無音トラックが作られてしまった例もある。アナーコパンクの代名詞的な存在であるCrassが1978年にリリースした1stアルバム「The Feeding Of The 5000」には、厳かなスポークンワードとノイズからなる「Reality Asylum」という曲が収録される予定だったが、イエス・キリストをひたすらこき下ろす歌詞だったため、レコードプレス工場の職員が作業を拒否し、やむを得ず代わりに2分間の無音トラック「The Sound Of Free Speech」が収められることになった(※14)。
Mr.Children「I LOVE CD shops!」
この無音について公式からアナウンスされていないので実際にこれが曲名なのかは不明だが、このタイトルにはCDを手に取ってくれた人へのメッセージが込められているのではないかと考えられる。というのも、このシングルが発売される前年に桜井和寿は「配信が主流の時代になってもCDを手に取る喜びやお店に足を運ぶワクワク感を感じてもらいたいから」と、ライブで訪れた街のCDショップを訪問してCD購入者にプレゼントするためのサイン入りステッカーを置いていく「I 🖤 CD shops!」というプロジェクトを始動していたのだ(※15)。このプロジェクトは2018年いっぱいまで行われており、「ヒカリノアトリエ」「himawari」が発売された時期と合致する。どちらのシングルも7曲目以降の音源はCDでしか聴くことのできないシークレットトラックとなっており、おそらくミスチルはこれらの無音トラックおよびシークレットトラックで「CDを聴く面白さ」や「CDショップへのリスペクト」を表現したのではないだろうか。
「ヒカリノアトリエ」「himawari」のように、本編終了後にしばしの無音を経てシークレットトラックが始まるというのは、特にCDの全盛期に流行した構成だ。後編ではこのような、CD時代ならではの無音トラック、ストリーミング時代ならではの無音トラックの例についても言及していく。
<後編に続く>
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- Three Pieces of Classical Music That Are Just Silence : Interlude
- File:Marche funèbre composée pour les funérailles d'un grand homme sourd - Alphonse Allais.jpeg - Wikimedia Commons
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- A Chance Operation—The John Cage Tribute - Globalia
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- Cage's "4'33"" Going for UK Xmas Number One | Pitchfork
- BBC NEWS | Entertainment | Silent music dispute resolved
- ジョン・レノン「Nutopian International Anthem [2010 Digital Remaster]」【Music Store】powered by レコチョク
- 2009年12月25日(金)放送 TBS系「中居正広の金曜日のスマたちへ 波瀾万丈スペシャル」
- MY WEEKEND WITH SLY STONE(※2008年1月7日のWebArchive)
- Criminal Justice and Public Order Act 1994
- ‘A lost freedom’: When new age travellers found acid house – in pictures | Photography | The Guardian
- Crass – The Feeding Of The Five Thousand | 阿木 譲 a perfect day
- 桜井和寿がCDショップへ感謝を届ける新プロジェクト開始 - 音楽ナタリー
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増田聡 @smasuda
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