何かを“ダメ”としない世界
南波 和田さんはアイドルというある種クローズドな世界で活動を続けながら、美術を通して外側と内側からアイドルを見るという視点を獲得していったのが、本当に面白いなと思うんです。
佐々木 僕も和田さんがエドゥアール・マネについて語っている動画を観ました。マネとの出会いは和田さんがスマイレージとしてデビューした15歳のときで、仕事でたまたま空いた時間にマネの展示を見たことがきっかけで興味を持ったんですよね?
和田 はい、そうです。
佐々木 和田さんは今、ご自身の楽曲の歌詞をすべて自分で書かれていますよね。どの歌詞からも和田さんの意志を強く感じるんですが、特に「あなたが選んだもの、あなたが選ぶもの」という曲が印象的で。「当たり前とされているものだとしても、これって何かがおかしいんじゃないか?」という“疑い”をちゃんと持っている方なんだと感じました。そういう考えって、美術に触れてきたことと関係しているんでしょうか?
和田 そうかもしれないですね。美術は自分が思った通りに見て楽しめるから、どんな解釈をしてもいいし、どんな意見を持ってもすべてがあり得るというか。美術に触れるようになって、何かを“ダメ”としないという世界があると知りました。あと、私はもともと根性論で育ってきたところもあるんですけど、グループにはそうじゃない世代の後輩もいて。アイドルの世界の中で、その子たちがつらい思いをしているのを見たときに、自分は間違っていたのかもしれないと衝撃を受けました。それがきっかけで、「誰かを何かの基準で評価しちゃいけない」「自分も変わらないといけない」「それには美術に対する考え方を用いたほうがいい」と気付いて、変わりました。これはほんの2、3年前の、すごく最近の話です。
佐々木 その変化は、卒業を決心したことにもつながっているんですか?
和田 そうだと思います。自分の心に素直に従って自分のために何かをすることが、今の時代の流れ的にすごく意味のあることだと感じたし、じゃあ自分がやりたいことはなんだろうと考えたら、自然と卒業という道にたどり着きましたね。
佐々木 和田さんは
和田 なかったですね。グループ自体はすごく仲良しだし、後輩たちと一緒にいると本当に楽しいので、この空間がなくなるのは寂しいなという気持ちはもちろんありましたよ。でも、進路に関しての迷いは一切なかったです。
佐々木 むしろさわやかに卒業できたんですね。
和田 はい。
妹たちに同じことをさせちゃいけない
佐々木 アンジュルムは、ほかのハロプロのユニットとはずいぶん違う独特なポジティブさや明るさを持っていると思うんですが、あの空気感はどんなふうにできあがっていったんでしょう? いろいろなタイプのメンバーがいるのに、全体としてはわちゃわちゃしてまとまっているような。
和田 いやあ、わからないです(笑)。
南波 俺は絶対和田さんの影響だと思うけどなあ。
和田 そうなんですかね。
佐々木 和田さんの卒業公演の映像を観たんですけど、終盤で次々とメンバーが泣き出しちゃうシーンなんか「どんだけ慕われてたんだよ!」という(笑)。単にリーダーだった人が辞めるというのとは違う、1人の人間として、みんながすごく和田さんのことを好きなんだということが伝わってきました。
和田 ああー……それで言うと、私としてはメンバーには姉妹愛みたいなものを持っているかもしれないです。仕事仲間とは違う感覚で、みんなのことを自分の妹だと思って面倒見てました。みんな今でも私の家に遊びに来たりするんですけど、泊まりのときは私が後輩たちの布団を全部敷いて、みんなが脱ぎ散らかした服を全部片付けて……。
佐々木 お姉さんというか、お母さんですね(笑)。
和田 そうですね。グループにいた頃からずっとやってたことなんですけど、しっちゃかめっちゃかでもあえてそうさせていたというか。
南波 やっぱりそこだと思いますよ。常日頃から和田さんが言っている、1人ひとりを尊重するということが、それぞれをより自由に解放していったんじゃないかな。「自分のままでいいんだよ」という思いをちょっとずつにじませた結果が、今も受け継がれているということだと思うんですよね。
佐々木 この企画でも前に話しましたが、まさに「赤いリップ事件」はその話につながりますよね。大人っぽくなりたくて赤いリップを塗った後輩の笠原桃奈さん(アンジュルム)が「赤いリップは似合わない」という一部のファンからの言葉に傷付いてしまったことに対して、和田さんは「周りの目を気にせず、自分の好きなリップを使ったらいいと思う」とお客さんの前で発言していました。あのときはやっぱり、これは言わなきゃダメだと思ったんですか?
和田 はい。だって妹が学校で嫌なことがあったって言ったら、「じゃあ私がその子に言ってあげるよ!」ってなりますよね? それと一緒です。それに、過去に自分がそうできなくて悔しい思いをしたから、同じことをさせちゃいけないと感じて。
南波 あれはすごく素晴らしいことだと思うんですが、一部のファンの方々と対立するリスクもあったかもしれないのに、よく言えたなと。すごく勇気が要ることだから。
和田 幸い私たちには応援してくれるファンがすごくいたんです。アンジュルムとしての姿勢や、ああいう発言をするということも「いいよ」と受け止めてくれる方々が。それが一番強いと思います。今の私もそうですけど、やっぱりメンバー自身も励みになりますよね。
佐々木 ほかの映像でも、和田さんがファンに向かって「自分たちが自分たちでいいと思ったことをやるのは、誰にとってもいいことだ」みたいなことを話しているのを観たんですが、ファンの前でハッキリと口にするというのは、なかなかないことですよね。
和田 でも口にしないと何も変わらないじゃないですか。
南波 啓蒙的だし、すごくタフだなと思います。
昭和や平成の中に埋没しちゃえ!
南波 でも世の中にはどうしてもわかり合えないというか、そういうことに対してさらに強いバッシングをしてくる人たちもいるじゃないですか。これはアイドルとファンの関係に限りませんが、考えを言葉にすることで攻撃を受けたりとか、そういう目にあったりしないのか心配です。
和田 全然大丈夫です。
佐々木 強いなあ(笑)。
和田 そういう行為をする人たちに対しては、「昭和や平成の中に埋没しちゃえ!」と思ってます。ときにはそういう悪い考え方も必要ですよね(笑)。
佐々木 ははは(笑)。
南波 いや、本当にそう。
和田 でもここ1年でずいぶん変わったように思います。前は私がそういう発言をするたびに、いろいろ言う人もいたんですけど、まったくいなくなりました。
佐々木 言い続けた効果ですかね?
和田 それもあるし、この1年で空気が変わったというか。SNSでの誹謗中傷についてだとか、何が人を傷付けるのか、みんながすごく考えたじゃないですか。そういう時代の変化も関係していると思います。
佐々木 確かにそうですね。でもネットでの誹謗中傷や差別的な発言ってやっぱり完全にはなくならない。この世の中の構造にあるゆがみみたいなものを直すにはどうしたらいいのか、僕もよく考えるんですけど、希望を持つことをあきらめない、つまり発言し続けることが大事なのかなと。
南波 和田さんがより自由に発言するようになったから、自分も毎回楽しく話を聞いて記事にしているんですけど、1回だけSNSで「南波さんが書くあやちょのインタビューはもう読まない」という意見を目にしてしまって(笑)。そのときはさすがに悲しい気持ちになったんですけど、あんまり気にしてちゃ始まらないってことですよね。
和田 そうじゃない人たちに、ちゃんと届いているから大丈夫です。
南波 そう思いたい(笑)。
<次回に続く>
和田彩花
1994年8月1日生まれのアイドル。2009年にスマイレージ(現アンジュルム)の初代メンバーに選出されリーダーを務める。2010年に1stシングル「夢見る 15歳」でメジャーデビュー。2019年にアンジュルムおよびハロー!プロジェクトを卒業し、以降は音楽活動の傍らトークイベントや執筆活動などを行う。趣味は美術に触れること。特に好きな画家はエドゥアール・マネで、好きな作品は「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」。2月28日に東京・新代田FEVERにて単独公演「かなでめぐる Playing around Shindaita」を開催する。
佐々木敦
1964年生まれの作家 / 音楽レーベル・HEADZ主宰。文学、音楽、演劇、映画ほか、さまざまなジャンルについて批評活動を行う。「ニッポンの音楽」「未知との遭遇」「アートートロジー」「私は小説である」「この映画を視ているのは誰か?」など著書多数。2020年4月に創刊された文学ムック「ことばと」の編集長を務める。2020年3月に「新潮 2020年4月号」にて初の小説「半睡」を発表。8月に78編の批評文を収録した「批評王 終わりなき思考のレッスン」(工作舎)、11月に文芸誌「群像」での連載を書籍化した「それを小説と呼ぶ」(講談社)が刊行された。
南波一海
1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行ない、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「
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水道橋博士 @s_hakase
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