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エリザベス宮地

映像で音楽を奏でる人々 第13回 バックナンバー

エリザベス宮地の映像に、なぜ人はリアルを感じるのか

1本のアダルトビデオから始まった物語

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アーティストのドキュメンタリーを作ること

ドキュメンタリーを撮るうえで、僕はアーティストだけでなくいろんな人にインタビューをします。MOROHAのドキュメンタリー「劇場版 其ノ灯、暮ラシ」(2017年公開)は、そこが顕著に現れていると思います。MOROHAの密着撮影と並行してライブを観に来ていた一般のお客さんにも声をかけ、その人の家に泊めてもらった様子も作品に収めました。MOROHAを好きな人は普段どんな暮らしを送っているのか、彼らの音楽が日々の生活の中でどのような支えになっているのか知りたかった。お客さん同様に、自分の家族や人生もMOROHAの楽曲と照らし合わせました。多角的に捉えることで、今まで見えてこなかったMOROHAの魅力を伝えられると思ったんです。

「其ノ灯、暮ラシ」を作った年にはBiSHのドキュメンタリー作品「ALL YOU NEED is PUNK and LOVE」も作りました。作品を撮ることになった発端は、「アイドルキャノンボール2017」に参加したときに僕がBiSHのメンバーのアイナ(・ジ・エンド)ちゃんに恋をしまして。本当は映像の中で告白をして、映像作家として形に残さなければいけなかったのに、フラれるのが怖くて何もできなかったんです。そのときのケジメをつけるために、渡辺(淳之介 / WACK代表)さんにプレゼンをしてドキュメンタリーを撮るチャンスをもらいました。一番大事にしたのは「BiSHのために自分ができることは何か」。ファンだったら特典会に参加したり、いろんなライブに足を運ぶことで彼女たちに貢献できる。じゃあ自分ができることは何かを考えたら、彼女たちのまだ伝わり切れてない映像を撮ることでした。……なんですけど、いざカメラを回したら「結局、アイナを撮りたいんでしょ?」と一度失ったメンバーの信頼を取り戻すのに苦労しました。「BiSHのため」と思いつつ、いつの間にか「自分のため」「映画のため」にカメラを回していたことに気付いて。セルフドキュメンタリーは、自分も含めすべての出来事が物語になり得るのですが、それが過剰になりすぎたせいで、最初の目的を見失ってしまいました。その後に作ったドキュメンタリー「SHAPE OF LOVE」で、やっと目的を果たせたと思っています。

MOROHAとみゆちゃんが作らせてくれた「バラ色の日々」のMV

僕は、自分が撮った作品はほとんど見返すことがありません。プライベートで撮った写真や映像なら、なおさらです。だけどMOROHAの「バラ色の日々」を聴いたときに、ふと昔の彼女・みゆちゃんと付き合っていた頃に撮った写真のことを思い出しました。普段はそんなことをしないんですけど、なぜか見返してみようと思ったんです。そしてサムネイルになった写真を見て、「バラ色の日々」と合うんじゃないかと閃きました。MOROHAには「ノーギャラでいいから作らせてください」と頼んで、みゆちゃんにも2年ぶりに連絡を取ってMVにする許可をもらいました。ただ……いざ自分の手で1枚1枚昔の写真をスキャンしてみたら、それが精神的にすごくキツくて「今日は編集するぞ」と思ってはできないの繰り返しだったんです。編集するときに決めていたのは、彼女への手紙にするつもりで作ること。かつテロップでは「愛してる」という言葉は絶対に使わない、という決まりを自分に課しました。それは「愛してる」という言葉を使わずに、映像でその気持ちを表現できなければ意味がないと思ったんです。だけど最終的に思いついたテロップは「みゆちゃん、あなたと過ごした日々を、愛してます。」でした。何度も、何十回も、何千時間以上も向き合った結果「愛してます。」しか出てこなかった。結局、完成にさせるまでに半年がかかりました。正直に言えば、諦めようと思ったことは何回もありました。だけどMVにすることを了承してくれたみゆちゃん、僕を信じてくれたMOROHAが原動力になっていたんです。

たまに「作品にするつもりで写真を撮っていたんですか?」と聞かれることがありますけど、そんなわけなくて。僕は会話の代わりに写真を撮っていたんです。それがみゆちゃんと交わす、コミュニケーションの1つだったんです。彼女と別れてから2年後に、音楽と写真と映像が僕に「バラ色の日々」のMVを作らせてくれた。恋愛が終わっても続く苦しさはあったけど、その先にある人生の美しさがあの作品に凝縮されている。きっと映像作家としての愛は、一般の愛とは違うと思うんです。1組の男女としては悲しい映像だったと思いますけど、何を伝えたいのかと聞かれたら“MOROHAとみゆちゃんへの感謝”なんですよ。本当に手紙のようなものだったんです。

点と点をつなげて物語を作っている

映像の仕事を始めて10年以上が経ちました。撮り続けて思うのは「人は感動なしでは生きていけない」ということです。だからこそ、みんな日常で起こった出来事の点と点をつなぎ合わせて物語を作って、そこに感動している。僕自身、それを強く求めているからこそ、現実を捉えるドキュメンタリーに強く惹かれるんだと思います。人生こそが物語そのものなんです。だけど、自分自身の物語ってよくわからないじゃないですか。自分の歩んできた人生は、物語と言えるほどの価値なんてないんじゃないか、とすら思う。僕だって、自分の人生はすごく不確かなんですよ。でも……だからこそ、僕は“あなたと出会わなければ見ることができなかった物語がある”というのを映像や写真で提示していきたいと思っています。MOROHAの「バラ色の日々」にしたって、みゆちゃんの写真を並べて、そこに曲が乗っかるだけで人は物語を感じたわけじゃないですか。「この写真は、こういう背景があったんじゃないか」って。みんな無意識に物語を考えるし、求めていると思うんですよ。星座にしても、星と星が並んでいるだけなのに「アレはさそりに見えるから、さそり座だ」と決めて神話が生まれた。同じように、僕はみんなが忘れてしまいそうなことをカメラで記録して「あなたの物語はコレなんだよ」と伝えたいです。

母・ジュンコがついた「世界で一番優しい嘘」

最後にジュンコさんとの話をしてもいいですか? 忘れられない思い出がありまして、世界で一番優しい嘘を付いてくれたことがあるんです。僕が5歳のとき、ひいばあちゃんが亡くなったんですけど、当時は死がどういうものかわからなかったんですよ。それからしばらくして、“この世で一番怖いこと”を考えたときに「地獄かな?」みたいに思い浮かべて。でも地獄に閻魔大王とか鬼がいたら、もしかしたらいい鬼がいて友達になれるかもしれない。天国には神様や天使がいて、きっと友達になれる。“この世で一番怖いこと”を考えて行き着いたのは、自分以外誰もいない世界。真っ暗な宇宙を、1人乗りの人工衛星で永遠にさまようことだろうなと。星もないから、進んでいるのかも止まっているのかも分からない。死んだらそこに行くって考えると、今でも怖いくらい。その妄想に取り憑かれちゃって、毎晩泣いていました。2段ベッドの上でお兄ちゃんが寝てたから、声を漏らさずに。通っていた小学校がすぐ近くにあるので、窓から真っ暗な校庭を眺めて、昼間遊んでいたこととかを思い出して、気持ちを落ち着かせてから寝る日々を2年くらい繰り返していて。そんなある日、家族が出かけていた日曜の夕方、家に誰もいなかったときに居間で真っ暗な宇宙のことを考えてまた泣いていたら、ジュンコさんが帰って来て見つかっちゃったんです。

「慶どうした? なんで泣きゆう?」って、見つかっちゃったから正直に「死ぬのが怖い」と打ち明けたら、ジュンコさんは「大丈夫、慶は死なんよ」「私も死なん、誰っちゃあ死なんき」と言って慰めてくれました。「死なない」というのは嘘だってわかったのに、ジュンコさんがそう言ったら本当に死なない気がして。真っ暗な宇宙に、小さな光が差したような安心感があって、その嘘を信じてみたくなりました。母の横でドラマを観ていた幼少期を振り返っても、一番影響を受けたのはジュンコさんかもしれませんね。

エリザベス宮地が影響を受けた映像作品

森田童子「ぼくたちの失敗」(1976年)

音楽にハマるきっかけになった森田童子の唯一のミュージックビデオ。映像はMV用に撮影されたものではなく、黒色テント劇場「夜行」を追ったドキュメンタリーを紡いだものです。途中にある、森田童子がフィルムカメラで写真を撮る姿は、何度観ても美しい。1度でいいから、彼女の歌声を生で聴いてみたかったです。

映像で音楽を奏でる人々

エリザベス宮地

1985年高知県生まれの映像作家。電気通信大学人間コミュニケーション学科卒業。学生時代の仲間であるJ小川、ガンダーラ北村と共に映画「みんな夢でありました」を制作し、監督および主演を務めた。これまでにMOROHA、BiSH、クリープハイプ、乍東十四雄、SEBASTIAN X、シャムキャッツ、あっこゴリラといったアーティストのミュージックビデオを担当。「劇場版 其ノ灯、暮ラシ」や「ALL YOU NEED is PUNK and LOVE」「SHAPE OF LOVE」など、アーティストのドキュメンタリーを制作している。

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