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高良健吾が中島貞夫の“ちゃんばら”時代劇で主演!共演に多部未華子や木村了

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「多十郎殉愛記」制作発表会見の様子。左から木村了、高良健吾、中島貞夫、多部未華子。

「多十郎殉愛記」制作発表会見の様子。左から木村了、高良健吾、中島貞夫、多部未華子。

高良健吾中島貞夫の最新作「多十郎殉愛記」で主演を務めることが明らかに。本日8月21日に東京・ホテル インターコンチネンタル 東京ベイで制作発表会見が行われ、高良と中島のほか多部未華子木村了が出席した。

中島が「極道の妻(おんな)たち 決着(けじめ)」以来20年ぶりに劇映画の監督を務めた本作。“殺陣の魅力を存分に見てもらうこと”をコンセプトに、時代劇映画における殺陣の魅力の根源を探り、生身の人間が見せる極限のパフォーマンスや、1本の日本刀に込められた男の情念を描く。監督補として熊切和嘉も参加した。

1959年から東映に所属し、京都の撮影所を中心に映画制作を行ってきた中島は、本作の経緯を振り返る。「京都の映画というのに非常にこだわりがありまして。私の師匠筋である牧野省三さんが日本映画を始めたとき、“ちゃんばら”を非常に重視していた。活動写真の“活動”は動き回ることだと。歌舞伎の立ち回りを映画的にするにはどうしたらいいか。昔の人は相当な苦労をして、ちゃんばらを映画のパフォーマンスにしていったんです。それが今、消えようとしている。どうにかしたいという気持ちがずっとあった」と映画制作の原動力となった積年の思いを吐露。

それがドキュメンタリーとして結実したのが、中島が監督、出演した2015年公開作「時代劇は死なず ちゃんばら美学考」だ。中島は「多十郎殉愛記」について「ちゃんばらをあらゆる角度から見つめてみる。それを斬るか斬られるかのドラマとして実現したかった。キザな言い方ですが立ち回り1つひとつにドラマや愛があるはず。ようやく今日にこぎつけました」と続ける。さらに本作で描かれる殺陣に関しては「着付けが乱れない、きれいなままの殺陣がいいという時代もありました。でも生きるか死ぬかなんだから、今回は『ふんどし丸出しで立ち回りをやろうや』と。若さを発散しないと本当に面白い時代劇は作れない。激しさ、カッコよさとはなんなのだろうか。そういう挑戦をやりたかった」と熱弁した。

物語の舞台は長州や薩摩の脱藩志士が、新撰組や見廻組と血で血を洗う抗争を繰り広げる幕末の京都。主人公はかつて尊皇攘夷の夢を持って長州を脱藩した下級武士の清川多十郎だ。藩中屈指の剣の達人でありながら、今では日々の糧を得るのが精一杯という生活を送っている多十郎役の高良は、中島の監督作や京都・太秦の時代劇の鑑賞、殺陣の稽古などを経て撮影に臨んだ。「殺陣というのは相手に怪我をさせては駄目ですし、自分が怪我をしてもいけない。それは思いやり、信頼がないとできないんです」と撮影を通した学びを振り返る。

また中島との初仕事を「監督の現場での居方、立ち姿に学ぶ部分がたくさんありました。スタッフ1人ひとりが“監督のために”と考えて動く。そう思わせてくれるお人柄、魅力のある方です」とコメント。現場では中島から「高良ちゃん」と呼ばれていたそうで、この日もその名で呼ばれると、高良がうれしそうに笑う一幕も。クランクアップ後には、その思い入れからひと月もの間“多十郎ロス”に陥っていたという。本作に関しては「今この時代に生きている自分たちが肉体の限界に挑戦した時代劇になっていると思います。一太刀の重みだったり、なぜ刀を抜いたのか、抜かなかったのか。1つひとつにこだわりぬいて作っています。時代劇が初めての人は感覚的に、時代劇が好きな人は細かいところまで楽しめる作品です」とアピールした。

居酒屋・満つやを切り盛りし、同じ長屋の住人である多十郎に思いを寄せるおとよを演じた多部は撮影を「監督のためにがんばりたいという気持ちになるんです。監督が愛情を与えてくれる分、こっちも愛情を返さないとと思う不思議な感覚でした。現場でも高良くんと『これは一種の恋だよね』と話してて」と笑顔で回想。横の中島も優しくほほえむ。また、多十郎の腹違いの弟で、母の死後兄を頼って上洛する数馬役を演じた木村は「現代人だからか、当時の武士の気持ちや心構えを処理しきれなかったんです。でも監督から『そんなことは考えなくていい。数馬の気持ちは普遍なんだ』とおっしゃっていただきました」と述懐した。

「多十郎殉愛記」は2019年春に公開予定。なお本作は10月11日から14日にかけて開催される京都国際映画祭2018で、ワールドプレミアが行われる。

(c)『多十郎殉愛記』製作委員会

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