イラスト / 徳永明子

映画と働く 第5回 [バックナンバー]

撮影監督:山田康介「作品至上主義、作品がよくなるのならなんでもいい」

木村大作、高倉健から教わった“一流の心得”とは?東宝作品で培われた撮影監督としての姿勢を語る

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助手も一流じゃないと駄目なんだ

──「単騎、千里を走る。」ではどんな失敗が……?

高倉健さんがクランクアップされてセットをバラしたあとに、僕のフォーカスが駄目だったということが判明したんです。「高倉さんをもう1回呼びましょう」となったときは本当に死にたいと思いました。ピントがぼけててもその素材を使うこともあることにはあるんですが、木村さんは許さない。それで僕としては救われたところもあります……。高倉健さんが入られるのを、死ぬ思いでセットの外でずっと待っていました。高倉健さんがいらっしゃって「しょうがないけど、また何度も失敗するのはよくない。大ちゃんにも『怒れ』って言われたからなあ……」と言って、後ろを向いて「ふざけんじゃねーよお前!」とセットの壁をバンと叩いて入っていったんです。

「単騎、千里を走る。」DVDジャケット(税込5280円 / 販売中 / 発売・販売元:東宝)(c)2005 ELITE GROUP(2004)ENTERPRISE INC.

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──場を収めるために怒ったふりをしてくれたんですね。

はい。僕は胸が苦しくなりながらそのあとに入って行って、中にいた人たちも「相当怒られたんだろうな」って感じですごく緊張していて。そのあと高倉健さんは「木村大作は日本を代表する撮影監督だから、助手も一流じゃないと駄目なんだ」とおっしゃって、僕にとってそれがすごく大きかったです。作品に対する責任はカメラマンだけじゃなく助手にとってもすごく重いもので、作品を左右することも大いにある。あの一件でいろんなことを学びましたし、本当に転機になったなと思います。

──いいお話ですね……。そうした経験を経て、山田さんが仕事をするうえで決めていることがあれば教えてください。

作品至上主義というか、作品がよくなるのならなんでもいいと思っています。よくなるんだったらこれは入れたほうがいい、よくならないんだったらやめたほうがいいというふうに常に考えるようにしています。

──監督とは方向性のすり合わせをされると思いますが、どういうふうに話し合われるのでしょうか。

僕らの共通言語は映画です。例えば「シン・ゴジラ」のときだったら、「実相寺昭雄監督の『ウルトラマン』のような感じで撮ってほしい」とか、「前半の会議室は『日本のいちばん長い日』の会議室っぽくしてほしい」とか。イメージを共有しやすいんですよね。

──自分の色が一番出せたと思う作品はありますか?

「連続ドラマW そして、生きる」「劇場版 そして、生きる」ですね。なるべくカットを割らず、観客の視線を誘導しながら物語を進めていく手法を取りました。観客を違和感なく物語の中に引き込むことがこの作品ではできたかなと思っています。 “生っぽく”というか、その場で起きることを瞬間的に閉じ込めるつもりで撮っていこうと月川翔監督と決めていたんです。

「劇場版 そして、生きる」DVDジャケット(税込4180円 / 販売中 / 発売元:カルチュア・パブリッシャーズ 販売元:TCエンタテインメント)(c)2019 WOWOW INC.

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──なるほど。また、三木孝浩さんとは何度もタッグを組んでいらっしゃいますね。

そうですね、ここ何本かはスケジュールがなかなか合わなくて実現していないんですが。最初は「僕等がいた」でご一緒したんです。年齢が近いということもあって、今まで聴いてきた音楽も似ているし、どういうものが欲しいかをよくわかり合える間柄。作品に入る前に音楽のプレイリストを作って、「この作品はこういう雰囲気でやりたい」と最初に渡されるんですよ。俳優さんにも共有されるので、あまり見たことがない演出だなと思います。

──ほかの監督との仕事で印象に残ったエピソードはありますか?

劇団ひとりさんが監督を務めた「青天の霹靂」では、序盤に主人公が「過去にタイムスリップしたんだ」と気付くシーンがあるんです。そのシーンをワンカットにしたいと。主人公を全速力で走らせたいという要望もあったので、ステディカムでぐるっと回り込んで、主演の大泉(洋)さんを映しながら画を引っ張っていって、そのままクレーンに乗ってから広い画角にして……という撮影になりました。何回もリハーサルをして、これはものすごい大変でしたね。

駅のホームから始まったステディカム撮影

──山田さんの撮影はステディカムを使用することが多いそうですね。

「僕等がいた」を撮ったときが最初なんです。駅のホームを人物が走るシーンがあったんですが、JRからは「カメラ用のレールをホームに敷いてはいけない」と言われていました。ホームの幅がものすごく狭かったので、ステディカムを使って自分でやってみようと思ったのが始まりですね。通常であればステディカムをレンタル会社で借りる際にオペレーターも一緒にお願いするんですが、ステディカム撮影の海外研修を受けた東宝の先輩に教えていただいていた経緯もあって、そこから自分でもちょっとずつやっていくようになりました。

山田康介と、自前のステディカム。

山田康介と、自前のステディカム。

ステディカム

ステディカム

──ステディカムを操れるカメラマンはたくさんはいないんでしょうか?

みんながみんなできる、というわけではないかもしれないですね。僕も一度ちゃんと学ぼうと思い、ステディカムの販売代理店Tiffenのワークショップがアメリカで年2回くらいあるのでそれを1回受けました。帰ってきてから機材を買ったんです。

──お持ちの機材は自前なんですか!? ちなみにおいくらほどするんでしょうか……。

めちゃくちゃ高いですよ……。細かい機材も含めると1000万円くらいいきますね。

──高級外車が買えるくらいですね……。ではステディカム以外で、相棒のような道具があればご紹介ください。

まずはアングルファインダー。リングでミリ数を合わせて覗くと、そのレンズの画角がわかる単眼鏡です。レンズ選びに使うほかにも、撮影用のレールを敷いたあとに「もうちょっと寄りたかった」と敷き直すことにならないよう、これでアングルを確認しています。これは(第40回)日本アカデミー賞で最優秀撮影賞を獲ったときに、お祝いでいただいたものです。現場で一番使うのはiPad Proですね。台本も全部ここに入れているので、連ドラでも10冊持ち歩く必要がなくなりました。あとはクラウドに入れてもらったラッシュ(※編集前の映像素材)も毎日確認することができるので。現場ではこれだけ持ち歩いてます。

アングルファインダー

アングルファインダー

アングルファインダーを覗く山田康介。

アングルファインダーを覗く山田康介。

──今日は、カメラマンを目指している人にお薦めしたい1冊も持ってきていただきました。

「マスターズ・オブ・ライト アメリカン・シネマの撮影監督たち」ですね。学生の頃から持っているもので、バイブルです。撮影部でこの本を持っていない人はいないんじゃないかな。学生時代と今読むのでは受け取り方が全然違います。本で撮影監督が話していることが今になってよくわかるというのが多々ありますね。今もたまに開いて読んでいます。

「マスターズ・オブ・ライト アメリカン・シネマの撮影監督たち」表紙

「マスターズ・オブ・ライト アメリカン・シネマの撮影監督たち」表紙

──尊敬する映画人には、撮影監督のロジャー・ディーキンスを挙げていただいていますね。

昔から好きなんです。彼が撮影監督をよく務めているコーエン兄弟の映画も好きで、作品ごとに自分の色がありますよね。一番いいルックになるよう変換していくことができる人だなと思うんです。「1917 命をかけた伝令」は長回しで撮られていますが、僕は普段ステディカムで撮っているので、あれがどれだけすごいことかというのもすごくわかるんですよ。複雑で長いワークですし、エキストラもいっぱいいますしね。例えば、フランス人の女性が赤ちゃんと一緒に隠れて暮らしている部屋に主人公が入ってくるシーン。彼が女性と会話している間にカメラが背中側から主人公の顔に回り込むんですが、キーライトになっている暖炉の火の前を横断しているのに影が出ないんです。どうやっているのかわかんないんですよ(笑)。照明弾のライティングもすごく計算されていて、1個1個のことがすごいです。

それってフェアじゃない

──今回のコロナ禍で映画業界も大きな打撃を受けました。文化支援要請の声も上がりましたが、これから日本で映画を撮っていくうえで、もっとこうなってほしいという点はありますか?

もし国にお願いしたいことがあるとすれば、もっとロケがしやすい状況にしてほしいということですね。この場所でロケをしたいと思っても、許可が下りないことがめちゃくちゃいっぱいあるんです。韓国で高速道路での撮影をしたいとなったら、国が支援して高速道路の交通止めをしてくれるんですね。でも日本では高速道路で撮影するなんてまず許可が下りない。もちろん迷惑をかけてしまうこともわかってるんですけど、そうやって最初からこれはできませんよとなってくると……。本当はこの場所がよかったけど、違うどこかでという工夫って、結局代案でしかないのでやっぱりイコールにはならないんですよね。もう少し理解が欲しいなというのはあります。行政がいいと言っても、警察には駄目だと言われたりもしますから。

──あちこちに許可申請が必要なんですね。

そうなんですよ。許可をもらうにしても、申請先がいくつもあったりするので、その連携がうまく取れてロケをしやすい状況になればいいなと思います。東京都内は本当に厳しいので。

──ここで撮りたいという場所はありますか?

渋谷ですかね。撮影監督で参加した「サイレント・トーキョー」では相当な予算をかけて(栃木県の)足利にスクランブル交差点のセットが作られたんです。でも、もし渋谷でできたらいろいろともう少し楽だったとは思います。渋谷ではまったく撮れないので、予算がある作品だったらこういう形でできますが、予算がない作品だとできないってなってきちゃいますよね。それってフェアじゃないというか、もう少しいろんな作品に可能性ができればいいのになとは思っています。

山田康介(右)

山田康介(右)

──では最後に若い方へメッセージがあればいただけますか?

スマホでも映像が簡単に撮れるようになりましたし、昔よりは撮影のハードルは下がりましたよね。手軽に撮れるとはいえ、フィルム時代のRGBしか動かせないような時代のノウハウから学べば、今のツールがより使えるようになりますし、もっと楽しくなると思いますよ。

山田康介(ヤマダコウスケ)

山田康介

山田康介

1976年5月21日生まれ、福岡県出身。日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、東宝映画に入社。「単騎、千里を走る。」「劔岳 点の記」などの撮影助手を経て、「神様のカルテ」で撮影監督デビューを果たす。「シン・ゴジラ」で第40回日本アカデミー賞の最優秀撮影賞を受賞した。そのほかの参加作品に「僕等がいた」前後編、「羊と鋼の森」「フォルトゥナの瞳」などがあり、2020年12月4日に「サイレント・トーキョー」が封切られる。現在はフリーとして活動中。

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西村大樹(いつまでも武井紗良ちゃん神推し!) @taiki_nishimura

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