ミュージカル「Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)」より。(Photo by Manuel Harlan)

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“一世一代”の大決心で、ミュージカル「太平洋序曲」イギリス公演に臨んだ大野拓朗

“自分を試す”意欲に背中を押されて見えたもの

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地球ゴージャスの音楽劇「クラウディア」や城田優演出のミュージカル「ファントム」、マンガ原作の「『進撃の巨人』-the Musical-」など、エンタテインメント性の高い舞台作品に出演してきた大野拓朗。彼は現在、イギリス・ロンドンのメニエール・チョコレート・ファクトリーで上演中のミュージカル「Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)」に出演している。

同公演は、梅田芸術劇場とメニエール・チョコレート・ファクトリー劇場の共同制作公演。演出を手がけるのはマシュー・ホワイトで、2023年3・4月に日本でも上演された。本作ではペリー来航によって鎖国を解き、西洋化へと歩みを進める日本の歴史の裏で活躍した者たちの人間模様が描かれる。大野は今回、浦賀奉行としてペリーとの交渉に臨んだ香山弥左衛門役をオーディションで射止めた。メニエール・チョコレート・ファクトリーの冬季ミュージカルと言えば、ローレンス・オリヴィエ賞に輝いた「Merrily We Roll Along」「Fiddler on the Roof」など、名プロダクションが生まれることでも知られ、ロンドンの演劇関係者やシアターゴアーらの注目を集める。そんな公演で、2月25日まで「太平洋序曲」に出演する大野が今、実感していることとは。ロンドンにいる大野にオンラインで話を聞いた。

背水の陣で、己の成長に期待

ミュージカル「Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)」より。(Photo by Manuel Harlan)

ミュージカル「Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)」より。(Photo by Manuel Harlan)

──ミュージカル「太平洋序曲」英国キャスト版では、出演者のオーディションが行われました。国外の舞台初出演となる大野さんがキャスティングされたことに驚きました。(参照:大野拓朗、ミュージカル「太平洋序曲」英国キャスト版へ出演決定「夢を与えられるきっかけになれたら」

梅田芸術劇場さんから「オーディションがあるから受けますか?」と連絡があったんです。僕自身、このオーディションを受けることに迷いはありました。というのも、海外で舞台出演するのは、「自分の英語力を伸ばしてから」と考えていたんです。準備不足だと感じている状態で参加することの大変さもわかっていましたし、本格的にアメリカ・ロサンゼルスの住居を探して、1・2年間は修行だと思っていた矢先のお話で。かなり悩みましたが、自分が俳優としてどの位置にいるのかを見定められるチャンスだと考えました。このオーディションに落ちても何かを失うわけでもないし、語学や文化を学びながらフリーに海外で暮らすよりも“全力でやるしかない”という背水の陣で臨むことができる。仕事というはっきりとした目的のもとで活動することは、僕にとっては願ってもない環境でした。つらいだろうけど、一気に成長できるという期待もあり、一大決心したんです。

──オーディションでの手応えはありましたか?

自分では、ありませんでした。英語での自己PRと、セリフや楽曲をいくつか動画に撮って送るビデオオーディションだったのですが、合格の知らせが来たときは、「決まってしまった……しんどい期間が始まるな」という思い半分と、認めてもらえたといううれしさ半分。喜びと不安と恐怖が入り混じったような感覚でした。

言語を研究し、ひたすら努力する日々

ミュージカル「Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)」より。(Photo by Manuel Harlan)

ミュージカル「Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)」より。(Photo by Manuel Harlan)

──大野さんは、「太平洋序曲」の稽古開始直後のインタビューで、「セリフの発音に苦戦している」とおっしゃられていました。現地ではどのように稽古が進められたのでしょうか?

セリフについては、ダイアレクトコーチの方が来てくださって、セリフを指導してもらう機会が何度かありました。また、現場に入ってから、演出のマット(マシュー・ホワイト)がセリフを読んで録音してくれたり、対面でセリフの発音を直してくれたり。僕は、言われたことを全部、メモを取って、家でも外でもブツブツ言いながら練習して。毎日幾度となくセリフを言っていると口が慣れてくるんです。そこから感情の込め方など、1つひとつステップアップしていきました。最初は、稽古の進行が場当たり的なものが多かったので、「セリフを正しく発音すること」に集中できていました。でも、発音が良くなったところで、それは日本語でハキハキと「オハヨウゴザイマス」と言う練習をしていた、みたいなもので、稽古が進み気持ちを乗せてセリフを言おうとしてみると、また聞き取りづらくなってしまう。そしてまた基本に戻って発音を意識してやってみると、今度は感情が入っていないように感じてしまって。次から次へと新たな壁が立ちはだかりました。例えば、今回の作品では日本人の役を演じていますが、日本人と外国の方とでは感情表現の仕方や間の取り方が違います。日本語なら低い声でボソボソとつぶやくように発したいと思うようなセリフでも、英語の場合は音を前に飛ばすように発音するので、自分の中で違和感が生まれるんです。だったらそのときの感情の流れを、声を飛ばす方向に持っていくことはできないか……などと試行錯誤しながら、言語から研究していくような日々でした。

──稽古場で大野さんが衝撃を受けたことは何でしたか?

劇場に稽古場があり、舞台面すらも稽古で使うことができたことです。日本ではなかなかないことだと思います。メニエール・チョコレート・ファクトリーでは、稽古場として使えるスペースが少ないこともあって、僕たちは稽古で舞台上を使わせてもらっていたんです。この劇場は建て替え式で、作品に合わせて客席の位置などをガラッと変えられるのですが、上演されている作品の舞台装置の中で稽古をするのは新鮮で、不思議な気分でした(笑)。でも、劇場に通い慣れることもできたし、俳優として空間を把握することができ、その“場”に対する緊張も和らいだので、特に緊張に弱いタイプの僕としては今までで一番、リラックスした状態で本番に臨めたと思います。

──環境の違いに戸惑われたこともあったかと思います。今回の稽古場で良かったと感じた点はどこでしたか?

コロナ以降、日本の舞台でも稽古場に大人数が集まらないような工夫されていますが、これまでと比べると、今回の作品では稽古場での拘束時間が特に短く、このスタイルは自分に合うなと感じました。“自分の出番がないシーンだけど稽古場にいなければならない”という時間がないんです。その時間を使って、自分の歌やセリフの練習ができましたし、皆が集まる場ではパパパッと必要最低限のことを短い稽古時間で済ませて、あとはおのおのが持ち帰って練習したり、リフレッシュしたりする環境は、すごく良いと思いましたね。

もっとできるようになってから海外で“デビュー”と言いたい

ミュージカル「Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)」より。(Photo by Manuel Harlan)

ミュージカル「Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)」より。(Photo by Manuel Harlan)

──「太平洋序曲」は昨年11月25日にプレビューを開始し、12月4日に開幕、今年2月25日まで公演が続きます。開幕後、香山弥左衛門役を演じる時間を重ねる中で、役に対する印象や演じ方で変化した部分はありますか?

香山という役への理解の深さという部分で、変わってきたところはあると思います。演技の方向性が劇的に変わったという意味ではなく、1つひとつの役のディテールや解像度が上がったのかなと。また、英語を話す筋力が口について、英語のセリフにも慣れてきたからか、より細かい表現に目が向くようになって、そういう内面での変化は自分でも感じます。

──“一大決心”でオーディションに臨まれ、国外での俳優活動を目指していた大野さんの夢が早くもかなったような状況ですが、夢の実現という意味での、心境の変化はありましたか?

意外と……ないんですよね、これが(笑)。目標のための第一歩を踏み出したことには変わりないですし、公演が始まってすぐはみんなが「おめでとう」と盛り上げてくれて、感慨に浸った部分もありました。でも、自分の性格として「セリフをもっとこうしたい」「歌はこんなふうに歌いたい」と、開幕直後も“自分を伸ばすこと”に焦点を当てていたので、ウエストエンドデビューをした感覚がなくて。もっとちゃんとできるようになってから“デビュー”と言いたいです(笑)。

──とても謙虚でいらっしゃいますが、開幕後の劇評では大野さんの演技に「心打たれる」という記述があり、現地の観客にも大野さんの表現がきちんと届いている様子をお見受けしました。

うれしかったですし、一安心しました。イギリスの観客に自分の表現したいことが伝わって、こんなにも褒めてもらえて良かった。でももっと伸びなければいけないことはわかっているので、ご褒美感覚で受け止めています。

──日本の開国を題材にしたミュージカルだからこそ、大野さんがカンパニーメンバーに“渡せたもの”もあったのではないですか?

“渡せたもの”ですか。どうなんでしょう。ファイトキャプテンをやったり、侍としての考え方や歩き方、動作などの指導はさせて頂きました。しかし、“日本人の気質”というものは、僕たちにしかない文化なんだなと改めて感じるようになりました。同じアジア系の俳優だとしても、ちょっとした仕草をはじめ、役を深める方向性が変わってきてしまうと、「当時の日本人はそうじゃないんだ」ともどかしさを感じるようになって。日本には日本の、世界に誇るべき素晴らしい文化があって、自分のルーツを改めて考える良い機会になりました。

“変わらない”感覚と“通用するかも”という希望

ミュージカル「Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)」より。(Photo by Manuel Harlan)

ミュージカル「Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)」より。(Photo by Manuel Harlan)

──過去のインタビューで、大野さんが海外に拠点を移し、ご自身の人脈から「海外進出をサポートしたい」とおっしゃっていたのが印象的でしたが(参照:ブロードウェイの総決算!「第75回トニー賞授賞式」大野拓朗×甲斐翔真 / 井上芳雄 / 宮澤エマ)、まさかご自身が先頭を切ってウエストエンドデビューをなさるとは。

ですよね(笑)。自分がウエストエンドでミュージカルに出演するなんて思ってもみなかったことでした。僕としてはやはり映像がやりたかったので悩んだ、という経緯もあります。ミュージカルはより専門的な技術が必要だと思いますし、そうなると国外で自分が通用するとは思えなかったんです。そこに関しては、僕は“斡旋おじさん”として「みんながんばれ!」という思いでしたね(笑)。

──新たな一歩を踏み出した大野さんの今後の展望をお聞かせください。

イギリスに来て、自分が足を踏み入れられる世界では到底ないと思っていたミュージカルに、第一歩目として挑ませていただきました。すると、日本とあまり変わらないんだなという感覚と、意外と通用しないわけでもないぞという希望があって。今回の「Pacific Overtures」は日本人の自分にとってアドバンテージが大きい作品でしたが、じゃあこれが違う作品だったり、アジア系の俳優がいない作品だったりしたらどうなんだろう?とこの先の展開も考えられるようになりました。「ミュージカルだから無理」ではなく、いろいろと経験する中で、「こうだったんだ!」という気付きを得ながら、自分の経験値を増やして、人生をどういう方向に持っていくか見定めていきたいなと思っています。僕に期待してくれて、応援してくれて、支えてくれる人たちのご厚意に対する恩返しをしながら、僕を通していろいろな夢を見ていただければうれしいです。

ミュージカル「Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)」より。(Photo by Manuel Harlan)

ミュージカル「Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)」より。(Photo by Manuel Harlan)

プロフィール

大野拓朗

1988年、東京都生まれ。2010年、映画「インシテミル 7日間のデス・ゲーム」で俳優デビュー。NHK連続テレビ小説「わろてんか」のキース役で話題を呼んだ。2019年からは日米に拠点を置き、ロックダウンされたアメリカ・ニューヨークでの生活も経験。その後、アメリカ・ロサンゼルスと日本の2拠点で活動する。近年の主な出演作に、ミュージカル「ファントム」(2023年)、「『進撃の巨人』-the Musical-」(2023年)、「Daiwa House Special 音楽劇『クラウディア』Produced by 地球ゴージャス」(2022年 / 主演)など。現在出演しているミュージカル「Pacific Overtures(邦題:太平洋序曲)」は2月25日まで。

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梅田芸術劇場 @umegei_jp

2月25日(日)まで上演中のミュージカル『Pacific Overtures( #太平洋序曲)』イギリス公演🇬🇧🎭
出演中の #大野拓朗 さんインタビューが掲載されました✒! https://t.co/URN8EUQoyz

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