普段からあまりライブを行わない彼だけに、ディナー形式のチケットは即完売。くつろいだ雰囲気の会場からは、「高野さーん!」と女の子達の声援も。と思えば、彼と同年代30代のカップルも多く、じっくりと聴き入る姿も多く見られた。高野のファンは幅広い。そして熱心だ。この事は、彼の歌・音楽が秘める懐の深さ、そして活動歴をよく物語る。そうしたファンが見守る中、高野はライブにトークに、時に脱線(笑)と、超マイペース。彼の活動を網羅する計20曲を、3人のバンドメンバーや多数のゲストボーカリスト、映像を交えながら、2部構成の盛りだくさんな内容で披露した。
そもそも、今回は10周年記念という以上にスペシャルなものがあった。ヒット曲「さくら」は、確かにその深い癒しとメロディで有名だけれども、それは10年の活動の末に至った一つの大きな成果に過ぎないのだから。
高野健一。またの名をpal@pop。彼はシンガーソングライターである一方、有能なサウンドプロデューサーでもある。10年前、彼はpal@popと名乗り、サウンドプロデューサーとして「空想X」でデビュー。その完成度は、関係者達を驚愕させた。超著名レコード会社は非凡な才を見込んで、彼をレーベルプロデューサーとして迎え入れたほどだ。
今の高野に通じる歌・メロディ感と、渋谷で街頭録音した女子高生達の会話を、イマジネイティヴにサウンドコラージュしたその曲「空想X」は、今も通じる青春期の鬱屈や希望、挫折が入り交じり、深い共感を呼んだ。それは当時20代だった高野自身が抱え込んでいた内面そのままだったはず。そして、すかさず先鋭的なグラフィックデザイン集団、グルーヴィジョンズが生んだ大人気キャラクター“Chappie”のデビュー時の音楽を全面的に担当。その曲「Welcoming Morning」は、テクノ/エレクトロに沸く今を約10年先行した、誰もが驚く程のポップで高完成度な曲だ。なぜ今回のライブがスペシャルだったかは、そんな高野の経緯を包括していたから。
観客の目は、まずスクリーンに映し出された数字を追った。それはライブ開始までのカウントダウンを秒単位で示したもの。と同時に、世界人口と出生数、死亡者数、自殺者数、堕胎児数もオンタイムで表示されている。今、自分達がこの数字の中で生きているという現実を突き付けられるような感覚。高野の歌・音楽が根底にはらむものが、それら数値にメッセージとして表されたかのような演出からスタートし、「will」へ。1曲目終了後、本人曰く「今日はB型一人っ子トークゆえに何を言い出すかわからないので」と、すかさず会場の笑いを取る。人懐っこい高野がすでに全開。そして「音楽に対して肩の力を抜いて取り組めるようになった転換期の曲で、ここから『さくら』へと至った」と言う2曲目「三陸産のウニに涙したい」へ。そして熱唱が終われば、またも終始にこやかな高野。半ばトークショーだ。この流れはライブ最後まで続いた。
この日はpal@popの曲を初めてライブで披露するというファン感涙のトピックもあり。しかもその多くは各曲のオリジナルボーカリスト(戸田和雅子、松谷菜穂、ほか)という豪華さ。中には、当時未発表に終わった「うららかるらら」も。さらには
そして曲ばかりか、ステージの進行や高野の衣装もネタが満載。1部と2部の間には、高野がかつて制作した「遺書」というDVD映像も上映された。これは4500メートル上空からスカイダイブするに当たって、遺書代わりに映像や詞を綴ったものだが、映像からは彼の歌とまったく遜色なく意思や想いが伝わってくる。会場が静かな感動で満たされた。と思いきや直後、派手なヒップホップスタイルに身を包んで現れた高野。これには爆笑。ステージは笑いと涙の振り幅が大きく、まさに高野ミュージックそのままだった。後半は再び高野の歌世界となり、改めて「さくら」も熱唱。アンコールには渋谷の街頭に佇む高野をスローコラージュしたPVに、天井に響くような女性コーラスがクロス。そう、「空想X」。鳥肌もの! さらにダメ押しで、同じくスライド映像を交えての「祝婚歌」。
この日はまさに10周年記念パーティという枠におさまらない、充実のライブだった。高野健一の、音楽に込めた想い。今、彼ほど“人と人との繋がり”を深く、そして笑いを誘いながら想い描くミュージシャンは、そういない。高野ミュージック、その感動の一夜だった。(MMMatsumoto/MARQUEE編集長)
リンク
- 高野健一
- 高野健一/pal@pop
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音楽ナタリー @natalie_mu
高野健一+pal@popデビュー10周年ライブでレア曲続々 http://natalie.mu/news/show/id/11673