ゼミ生が感じる細野晴臣の歌声の“近さ”
──こうして50年経ってみて振り返ると、細野さんのキャリアの中で「トロピカル・ダンディー」はどういった位置付けの作品になっていると感じますか?
細野 そういうこと、自分ではわからないんだよね、この作品があったから次の「泰安洋行」ができて、その後移籍して「はらいそ」が生まれたというのはあるけれど。そこらへんから時代が変わっちゃった。音楽環境が変わったっていうのかな。「はらいそ」のあたりから、シンセサイザーも使われ始めて。
ハマ 興味がまた違う方向に。それで言うと、前回のコンソールの話、すごく面白かったです。卓の録り音を生かすアプローチで「泰安洋行」を作ったという。録り音がインスピレーションの1つだったんだなと思いました。
細野 当時はTridentに対する認識がそれほどなかったんだけど、「はらいそ」を作ってるときに、「ずいぶん変わっちゃうんだな」って。Tridentの特長がわかったというか。「はらいそ」は自分としてはすごく好きだったんだけど、山下達郎くんが「『はらいそ』よりも『泰安洋行』の音のほうが好きだった」って……そういう意見には強烈なインパクトがあるよね(笑)。
安部 曲どうこうじゃない(笑)。
細野 Tridentは最初から音が歪んでるんだよね。エンジニアと初対面で、緊張しながらやるわけだけど、当時のミュージシャンは絶対にコンソールを触らなかった。エンジニアは専門家として、卓をコントロールしてる。もちろん、こちらも要望は言うけどね。で、最初の歌入れでエコーをすごくいっぱいかけてくれた。当時のクラウンはフォークが強い会社だったから、エコーを多用していたんだよね。だから僕の声にもエコーを目一杯かけた。それにすごく違和感があって、「エコーを切ってくれ」って頼んだんだ。そのとき、初めてTridentのよさが出てきた。エコーがあるとあまりよさがわからないのかも。それに、僕の声にもエコーが合わない。
ハマ ドライというか、近い感じがするよね。細野さんの歌声のイメージ。
安部 そうそう。あの“近さ”がいいんだよ。だから僕も真似しちゃって、これぐらい(口がくっつきそうになるくらいのところに手を当てて)近付けてます。
細野 いや、マイクの近さじゃないよ(笑)。
ハマ 音像の話だから(笑)。
安部 そうだったんですね……エンジニアさんにいつも「近すぎるよ」って言われて、「いや、でも細野さんが近いって言ってたんで」って(笑)。
細野 それでいくと、口の中にマイクを入れないといけなくなるよ(笑)。
ハマ 四コママンガみたいなやりとり(笑)。
安部 ……ミックスのやり方だったんですね、遠い、近いは。今日話してよかった。参考になりました(笑)。
細野さんの歌声は自然の音に近い
ハマ 細野さんの独特のミックスはそういうところから生まれたんですね。ちょっとジャズボーカリストっぽいし、フォーキーなニュアンスも残ってる感じがします。
細野 だって、聴いてる音楽がだいたいそんな感じだったからね、みんな。
ハマ 細野さんのダブル(同じメロディラインを重ねる手法)は唯一無二だと思いますよ。
安部 気持ちいいよね。ズワズワズワ……って感じで気持ちいい。
ハマ “ズワズワズワ”って、聞いたことないオノマトペ(笑)。
安部 聴いてて疲れる歌ってあるじゃないですか。でも細野さんの歌声って、風とかそういう自然の音に近いというか。ずっと聴いてても全然疲れない。ふわっと耳に入ってくるんですよね。
ハマ 赤ちゃんが泣き止んだりしないのかな?
細野 ははは。
安部 「細野ゼミ」で、細野さんのボーカルミックス講座とか開いてほしい。どういうふうに細野さんがボーカルを処理してるのか知りたい。
細野 いやいや、それは個性だから。みんなそれぞれ合わせなきゃ、自分にね。
ハマ やんわり取材拒否(笑)。
安部 今、自分の浅はかさを感じています(笑)。
当時“トロピカル”な音楽をやっていた男がもう1人いた
──「トロピカル・ダンディー」の中で、あえて細野さんご自身のお気に入りの曲を挙げるとしたら、どの曲になりますか。
細野 「北京ダック」は思い出があるという意味では気に入っているよね。今もライブで演奏してる。それに、最近ライブでやりたいと思っているのは「熱帯夜」。でも、どうやって作ったのか覚えてないっていう(笑)。
──以前ゼミで、「『熱帯夜』はエアコンが壊れて暑い中で歌詞を書いた」というエピソードをお話ししてくださいましたね。
細野 うん、エアコンが効かない熱帯夜に四畳半の部屋で作った(笑)。
安部 でも曲になると、見える景色が変わるから面白いですよね。
ハマ 四畳半の景色ではない。
安部 「三時の子守唄」ってインストバージョンもあるじゃないですか。あれは歌が入っているバージョンが先で、そのあとにインストも面白そうだから録ってみたんですか?
細野 いや、あれは映画のために作った曲なんだ。神代辰巳監督の「宵待草」という作品のテーマソングとしてインストを作った。「HOSONO HOUSE」の頃に作った曲だよ。そういう意味でB面は“あり合わせ”っていうか(笑)、「トロピカル・ダンディー」の1年前くらい前の時期の曲が多いね。
ハマ きちんとA面とB面でコンセプトというか、内容の差別化があるんですね。
細野 レコードのよさは、そこなんだよ。A面とB面で違う世界を味わえる。
安部 「三時の子守唄」、いいよね。アルペジオもカッコいいしさ。当時A面から聴いてて、こんな怪しいおじさんが最後こんなに温かい、陽だまりのような曲を歌って。「三時の子守唄」のインストが入ってる理由、ずっと気になっていたから聞けてうれしかったです。
ハマ 確かにバンドマンからソロになっての2作目だから、そういう意味ではまだバンドの名残りもある作品。しかし周りのミュージシャンたちも、細野さんが作る音楽は楽しみだったろうし、一緒にやってて面白いなと思っただろうね。「こういう曲を作ってくる細野くんって、やっぱり面白いよな」って。そういう気持ちにそりゃなるよな。
安部 周りのミュージシャンの方々の当時のリアルな気持ちを聞いてみたいね。A面、B面の話も面白かったです。
──今回はアナログレコードが再発されますので、レコードを購入される方は気にしながら聴いていただきたいですね。
細野 蛇足だけど、当時“トロピカル”な音楽をやっていた男がもう1人いたんだよ。高中正義くん。
安部 高中さん! 最高ですよね。
細野 アメリカのマイアミ系のトロピカルっていうか(笑)。
ハマ 高中さん、先日アメリカでライブをやっていましたね。「アイム・オールド」ってMCしてました(笑)。でも、そっか当時の高中さんのサウンド、確かにトロピカルですね。
安部 大人気でチケットもすぐソールドアウトしたみたいです。高中さんとは親交があったんですか?
細野 彼はサディスティック・ミカ・バンドにいたから、うっすら近いとこにいたんだよね。でもあまり接点はなかった。つまり場所が違うトロピカルだな、と(笑)。
ハマ 「トロピカル・ダンディー」の話をして、まさか高中さんのお名前が出てくるとは思わなかったのでびっくりしました(笑)。「トロピカルをやってた男がもう1人いる」っていうのは、すごくワクワクする言葉。
安部 「男がいる」(笑)。
ハマ うん。いい言葉だよね(笑)。
<終わり>
プロフィール
細野晴臣
1947年生まれ、東京出身の音楽家。エイプリル・フールのベーシストとしてデビューし、1970年に大瀧詠一、松本隆、鈴木茂とはっぴいえんどを結成する。1973年よりソロ活動を開始。同時に林立夫、松任谷正隆らとティン・パン・アレーを始動させ、荒井由実などさまざまなアーティストのプロデュースも行う。1978年に高橋幸宏、坂本龍一とYellow Magic Orchestra(YMO)を結成した一方、松田聖子、山下久美子らへの楽曲提供も数多く、プロデューサー / レーベル主宰者としても活躍する。YMO“散開”後は、ワールドミュージック、アンビエントミュージックを探求しつつ、作曲・プロデュースなど多岐にわたり活動。2018年には是枝裕和監督の映画「万引き家族」の劇伴を手がけ、同作で「第42回日本アカデミー賞」最優秀音楽賞を受賞した。2019年3月に1stソロアルバム「HOSONO HOUSE」を自ら再構築したアルバム「HOCHONO HOUSE」を発表。この年、音楽活動50周年を迎えた。2023年5月に1stソロアルバム「HOSONO HOUSE」が発売50周年を迎え、アナログ盤が再発された。2024年より活動55周年プロジェクトを展開中。2025年6月に2ndソロアルバム「トロピカル・ダンディー」のアナログ盤が再発された。
安部勇磨
1990年東京生まれ。2014年に結成された
ハマ・オカモト
1991年東京生まれ。ロックバンド
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