2025年5月にデビュー5周年を迎えたTani Yuukiの3rdアルバム「航海士」が6月18日にリリースされた。
本作はTaniが自身の原点を振り返りつつ、新たな“航海”に向けての思いを込めた1枚。彼はこのアルバムを携え、9月に全国11カ所を巡るホールツアー「Tani Yuuki Live Tour 2025 "Still Love...this"」をスタートさせ、12月には自身初の日本武道館公演を行う。約半年ぶりとなるこのインタビューでは、アルバムの制作背景とこれまでの足跡、そしてこの先の展望について聞かせてもらった。
取材・文 / 柴那典撮影 / リョウヘイ
5周年に自分は何を歌う?
──アルバム、聴かせていただきました。デビュー前に書いた曲もあれば、2ndアルバム以降に配信リリースされたタイアップ曲もあるし、この先を見据えた新曲もある。Tani Yuukiさんの現在、過去、未来が多層的に重なっているアルバムだと感じました。
おっしゃる通り、現在、過去、未来が重なったアルバムになったと思います。作る中で自然とそうなりましたね。今年はデビュー5周年で、改めて自分の過去や原点を振り返るようなタイミングにもなってる。アルバムに収録されている「everyday」「Dear drops」「自分革命」「最終想者」は学生のときに作った曲ですが、今回は“新曲”として出すんです。そういう意味でも現在と過去が交差している。「kotodama」といった過去のツアーのテーマソングもあるし、一方でアルバム表題曲の「後悔史」のようにこれから先を見据えて、新しいアレンジや曲調を開拓した曲もある。
──アルバムの構想を考え始めたのはいつ頃ですか?
ちゃんと制作に取りかかり始めたのは今年に入ってからです。
──昨年12月のシングル「メニークリスマス」のインタビューのときには、この先の展望として「季節をテーマにした曲を作りたい」「夏ソングの制作に取りかかっている」とおっしゃってましたよね(参照:Tani Yuuki初のXmasソング誕生、俯瞰で描く聖夜のストーリー)。ただ、今作に収録された曲にそういうイメージはない。これは構想や考えが変わったということなんでしょうか?
「メニークリスマス」のお話をさせていただいたときには、まだデビュー5周年を迎える意識がなかったんだと思います。今年になって「アニバーサリーイヤーに自分は何を歌うんだろう?」ということを考えたんです。例えば武道館のワンマンや次のツアーで、来てくれた人に何を持って帰ってもらえばいいんだろうと。そういうことをスタッフともよく話していて。四季の曲を作ることはこの先にやりたいことの1つではあるんですけど、「5周年で自分は何を歌うんだろう」という議題のほうが優先的に僕の目の前に上がってきたというか。
──今、自分が何を歌うべきかということが重要なテーマになったわけですよね。「航海士」にはそれが反映されていると。
そうですね。今回のアルバムで書き下ろしているのが「後悔史」「他人り事」「Survivor」「吾輩は人である」という4曲なんですけど、これはさっき挙げた学生時代に作った4曲とは対照的な曲で。ここには“今の僕”がある。この4曲を聴いて思うのは、どの曲も共通して、ここまでの音楽人生の道のりや5年間の出来事を僕なりに総括して歌っていることなんですよね。これまでを振り返って、何を思い、何を感じて、どういう答えを出したのか。それをもとにどういう未来に進んでいくのか。一貫してそんなことを歌っているんです。
──この4曲はとてもシリアスですよね。「他人り事」の歌詞には「生きる」「死ぬ」といった言葉も登場する。「Survivor」は「生存者」という意味だし、「吾輩は人である」は「人間とは何か」みたいなテーマの曲です。根源的なこと、本質的なことを自分に問いかけるようなモチーフの曲が多いですよね。
多いですね。それだけこの5年間で出会いや別れがあったんです。いろんな人と出会ってきた一方で、離れていってしまった人もいる。その人が今もまだ側にい続けてたら、自分が今見ている景色はまた違ったのかなと思ったりもするし。道を違えたからこそ、自分は今の景色を見られているのかもしれない。同時に、今回は人に向けて歌ってる曲も多いですね。「Survivor」は特にそうだと思います。これは生存者という言葉の意味の通り、今僕の前にいる人たちに向けて書いた曲。「他人り事」と「吾輩は人である」に関しては内面に潜っているというか、自己完結している。自分の中で思うことを教訓のごとく箇条書きにしてつらつらと文字を並べてるような曲ですね。で、「後悔史」は次に向けた明るさやポジティブさもあるんですが、相変わらずかなり内向的な曲ですし。この4曲の中にもグラデーションがありますね。
“矢印の先”にいる人に向けて
──「Survivor」はどういうきっかけから生まれた曲なんでしょうか?
この曲はアルバムの中で一番現在から過去を振り返ってる曲なんじゃないかと思います。自分もいろいろな思いを抱えながら生きているし、活動しているわけで。ということは、自分以外の周りの人にもそれぞれの思いや考えがある。だから全員が満足することはほぼ現実的にはないと思うんです。そして5年もやっていれば、自分と同じ場所にいる人のより深いところが見えてくるわけで。結局わかり合えない人もいれば、わかり合える人もいる。自分の活動が大きくなってくれば、いろんなことが複雑化して、物事が単純にはいかなくなってきている。1人じゃ何もできないということもある。そういう思いを抱えつつも、ともに歩いていこうぜという気持ちで書いた曲ですね。それが一緒にできなかった人たちは、別れてしまった人たちであるので。この5年で自分のあり方もすごく変わりましたし、書く曲に影響が出るくらい考え方も変化しました。
──「Survivor」には「共に行こう」という歌詞がありますよね。「後悔史」のメッセージにも通じるところがある。ここが今のTani Yuukiが歌うべきことの象徴なんじゃないかなと思ったんですが。
確かに。通じるものがありますね。
──「後悔史」についてはどうでしょうか。これはいつ頃、どんなふうにできた曲ですか?
これは制作の最後のほうに仕上がった曲です。「他人り事」「Survivor」「吾輩は人である」の3曲を経て、「それでも進んでいくのである」という決意表明みたいな曲になりました。自分は原点を忘れず進んでいくのである、という。「後悔史」はアルバムタイトルの「航海士」の当て字なんですけど、人によってはネガティブに捉えられるようなタイトルも僕っぽい。ネガティブなタイトルに込めたポジティブさがちゃんとある。後悔の歴史をもとにこれからを切り開いていくという、僕としては5周年を飾るのにぴったりな曲になったと思っています。アレンジも相まって、かなり祝祭感が出ていますし。
──この曲では新しいアレンジや曲調を開拓したという話でしたが、今までにないアップテンポな曲になっていますよね。サウンドとして狙ってる方向性はありました?
もともとは[Alexandros]の「ワタリドリ」とかキマグレンの「LIFE」みたいな、ちょっと跳ねたビートのアップテンポで明るい、キャッチーなメロディの曲を作りたいなと思っていて。普段はそう思って作り始めると、どうしても“それそのもの”になっちゃうんです。でも、この曲を作るときにはデモ段階から欲しかったピースがうまくハマった感がありました。加えて、新しいジャンルを開拓したいという思いもあったので、宮田'レフティ'リョウさんという新しいアレンジャーの人にいろいろアレンジをしていただきました。
──それによって、「後悔史」はTani Yuukiの音楽性の中での新しい扉を開いた曲になったと思いました。Mumford & Sonsにも通じるおおらかなフォークやカントリーの要素もあるし、武道館のような大きな場所でオーディエンスとひとつになれるであろう大きなエネルギーを持っている。
まさしくMumford & Sonsは「後悔史」を作るうえでのリファレンスの1つにありました。めっちゃカッコいいですよね。レフティさんは前にレフティーモンスターPという名義で「ホシアイ」という曲を書かれていた方で。僕、ボカロ曲をたくさん聴いていた時期があって、その中でも特に「ホシアイ」が好きだったんです。もともと自分のルーツの中にレフティさんの作った曲があった。それでいて、レフティさんは僕がこれから先に開けたい引き出しを持っている人でもありました。レフティさんとの出会いをきっかけに、まだまだ音楽的に新しい扉が開けられると思う。そういう意味でも今後が楽しみですね。
──「後悔史」はメッセージとしても今だからこそ歌えるものだと思いました。そして、聴いてくれる人に呼びかける、心の中に入っていくようなイメージで書かれている気がしました。
学生のときに作った曲の歌詞を今見ると、この5年で“矢印の先”にいる人の数がすごく増えたなと感じるんですよね。1曲目の「everyday」なんて朝起きたときの一人称視点の自分のことでしかないのに、「Survivor」は「共に行こう」、「後悔史」では「離れた手を 遠のく声も諦めたくないよ」と歌っているので。
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26歳の「ぶちかませ」を叫んだ「自分革命」