ラッパー / プロデューサーのLIBROは1997年、19歳の頃にリリースしたデビューシングル「軌跡」から一貫して、日本語のアクセントや語感を絶妙に生かしたメロディアスなラップや韻、ふくよかなグルーヴで多くの音楽好きを魅了してきた。
そんな彼が、2021年の前作「なおらい」以来、約4年ぶりのアルバム「なかいま」をリリースした。LIBROもすでにベテランの域。年齢を重ねれば、誰しもメンタルヘルスの不調や、家族、友人・知人の死や病気といった人生の課題に向き合う場面が増えてくるのは世の常である。そうした経験の中から、清々しさと鎮魂というテーマを中心に据えた本作には、変わらないLIBRO節のビートとライムの心地よさがある。
ラガ / レゲエ調の曲やシカゴハウスめいたトラックがあり、ジャズやファンクやソウルのエッセンスがちりばめられ、ゲスト参加したDAG FORCEや鎮座DOPENESS、サックス奏者・元晴が重要なアクセントを加える。日本語の表現において矢野顕子の「JAPANESE GIRL」にヒントを得たとも言うLIBROだが、確かに「なかいま」も、そうしたニッポンの音楽の独自性が大きな魅力の1つだ。平坦ではない人生に実直に向き合って、その経験をラップとビートに素直に昇華した「なかいま」は、いろんな人の心に響く日本語ラップ作品に違いない。
音楽ナタリーはLIBROへのインタビューを行い、アルバムの制作経緯について詳しく話を聞いた。
取材・文 / 二木信撮影 / 雨宮透貴
“素直100%”でやり切る方向を探っていった
──近年の活動はどうですか?
前作の「なおらい」でラッパーとしてもしっかりやっていこうという意識になったのは大きな変化でした。それまではラッパーやシンガーのゲストを迎えた曲が多めでしたから。あのアルバムのあと、自分に合う場所やデイイベントのライブにラッパーとして呼んでもらえる機会も増えて、もっと楽しくなってきたんです。こういう環境であれば、自分もやっていけるなと。
──先日のゴールデンウィークには、吉祥寺PARCOで開催されたイベント「Music & Market」にも出演されていました。若いファンも多く集まっていたそうで。
そうですね。去年の10月には「A Ray of Hope」というハードコアのバンドが7組ぐらい出るイベントが初台WALLであって、仙人掌と自分がMCとして呼んでいただいたんですけど、仙人掌が自分の前に出てガッチリかましてくれたおかげで、いい感じでした。そのイベントにはこれまでTHA BLUE HERBとかいろんな人が呼ばれていますね。
──ほお。そんな面白い組み合わせがあったんですか。LIBROさんと仙人掌は「通りの魔法使い」(2016年発表のアルバム「風光る」収録)という曲を一緒に作っていますね。
そんなこんなで、前作からけっこう時間も経ったので、「そろそろアルバムを作らなきゃな」っていう思いがまずありました。「なおらい」あたりから、自分の中で“清々しい”というのが大きなテーマになっていて。そこをまず研究したんです。鎖GROUP代表の小林(政広)さんに運動のやり方を教えてもらって、ジムに通ったり、サウナにも行ったりして。そこで気付いたのが、「体にいいものを入れるよりも、毒を抜く方が早い」ってこと。年齢的にもそういうフェーズなんですよね。「気持ちいい」とか、そういう感覚も一度見直して、ちゃんと精査してみた。前回もそういうところで気付きがあったので、今回もまずはそこから始めました。
──これまでも一貫していますが、サウンドも無駄な部分がそぎ落とされている感じですね。
そうですね。もともと「どうやってカッコつけようかな」とか、そういうのは全然ないタイプなんですけど(笑)、今回はより“素直100%”でやり切る方向を探っていった感じで。3曲目ぐらいまではパッと勢いよく作れました。
──9年前ぐらいにインタビューさせてもらったとき、「(耳に)痛い音を入れない」と話してくれました。そうしたサウンドも健在です。
ミックスや録りはZKA(GRUNTERZ)くん、マスタリングは熊野功雄(PHONON)さんにずっと頼んでいて、こっちの考えや意図もなんとなくわかってくれているんですよね。
心を決めてからスタートを切るのが今回のテーマ
──冒頭の「運命が君に会いに来た」は疾走感があって、De La Soulの「A Roller Skating Jam Named Saturday」みたいな楽しさを感じました。
それは2番目に作った曲ですね。今は、リリックで“葛藤”みたいなことはあまり書かないと決めています。「こう思うけど、いや、こうも考えられる」とかやっていると全然曲が進まないから。そこを経たうえでどうスタートを切るか、というところから作り始めました。
──まさにこの曲は「いけいけいけいけ」っていうリリックから始まりますからね。
そうそうそう(笑)。例えば、玄関を出るときにまだ「でもな……」って迷っていたらもう通勤通学は地獄じゃないですか。だから、心を決めてからスタートを切るのが今回のテーマの1つで。明るいうちから散歩をするようになったけど、晴れているだけでこんなに気持ちいいのかと。それさえずっと知らなかったから。
──夜型でした?
夜型も夜型だったし、思い返すと本当に心配事ばかりで、「寝ていいのか?」みたいな感じだった。昔は、ポジティブになれる薬があれば、それを飲んでやっていけばいいと考えていたぐらいで。でもそれは毒に決まっているから。
──反動が必ずありますからね、酒だってなんだって。お酒好きだそうですけど、お酒は?
お酒は今も飲みますけど、次の日に残ると「失敗したな」って。それで水をたくさん飲むようにはしていて。
──でも水を飲んじゃうと、酔うために逆に酒の量が増えるスパイラルもありませんか(笑)。
あります(笑)。でも、水を飲んでいると、次の日の影響がまだマシかなと。
──どんな健康そうな人でも、僕らぐらいの年齢になると、何をやるにしてもまず心身を整えることに労力と時間を使う必要がありますから。重要なテーマですよね。
そうですね。だから自分はただ清々しくなる生活を実際にやってみた。運動して、寒いときは食べ物に気を付けて。そうしたら、本当によく眠れるようになりました。これで自分がそのときの全力を発揮して、音楽を作ることができれば、それだけでもう成功だなって。
友人の死、何も言えなかった自分
──確かにそれはもう何も言うことない人生ですね。
ところがそんなときに、友人、知り合いが2人ほど亡くなってしまって。自分だけすごく気持ちよくなって生活して音楽を作っていたけど、亡くなる直前の友人に会ったときに、自分はただ「うん」って頷くだけで、何も言えなかったんです。言いたいことがあるみたいに自分はいつもラップしているのに、「こんな一番大事なときに何も言えないのか」とショックを受けて。さらに周りの人間が2人くらい病気になって大変だったんですけど、その2人は戻ってきてくれて本当によかった。
──1人はMC漢ですね?
そう、漢 a.k.a. GAMI。元気そうではあるけど。そうした経験が作品と向き合う際のちょっとした恐れにつながって、けっこう長引いてしまった。そういう感情のせいにして創作を止めていることにも自分でまたドキッとして。「これはよくない」と思って、そうした経験をちゃんと認めたうえで「何か言えることはないか」と考えて続きを書き始めたんです。
──飲み込むところは飲み込んでちゃんと創作に集中しようと。
そうです。だから今回は、“清々しさ”ともう1つの大きなテーマが“鎮魂”でした。「息吹」という曲はまさに“鎮魂”がテーマで、そのことをDAG FORCEくんに伝えて、彼がそのテーマに寄せてくれたのは大きかったと思います。
──「息吹 feat. DAG FORCE」はジャジーな曲ですね。
以前、DAG FORCEくんとはDJ KRUTCHくんの「ひとつひとつ」という曲で一緒にやりました。その曲のリミックス「ひとつひとつ Pt.2」では句潤と鎮さん(鎮座DOPENESS)にも書いてもらった。そのときのKRUTCHくんとのやり取りで、DAG FORCEくんが「俺はこうしたい」とハッキリ意見を言っていたし、いい曲をたくさん作っているのは知っていたから、ちゃんと一緒に作れるだろうなって。
──今回、DAG FORCEにヴァースはなくて、フックのボーカルはもはやソウルシンガーですね。
ビブラートもすごいですよね。最初にちょっとヴァースも書いてもらっていたんですけど、自分のほかの曲のヴァースと被ってしまう感じだったので、フックだけに絞ってもらいました。
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過去や未来への執着を手放さないと清々しさは手に入らない