Arche(アーキ)は、2022年に活動を開始したR&Bシンガーソングライター。ヒップホップ、ネオソウルをベースにしたボーカルスタイルと、揺れ動く心模様を深く掘り下げた日本語詞が特徴だ。またTikTokでデモ音源の制作過程を公開する手法が話題となり、早耳のリスナーから支持を得ている。
音楽ナタリーでは、Archeが6月18日に1stフルアルバム「sublimated」をリリースすること、7月6日に東京・WWWで初のワンマンライブを開催することを記念して、本人にインタビュー。Archeの音楽的バックグラウンドや、素顔を公開しない理由、1stアルバムに込めた思いについて話を聞いた。
取材・文 / 秦野邦彦撮影 / 大橋祐希
言われるがままに臨んだオーディション
──デモ音源がTikTokで大きな反響を呼んだ「SIDE-B」「言い訳」に続いて、ついに1stフルアルバム「sublimated」が完成しましたね。Archeさんの力強い歌声とリリックに圧倒されまして、従来のR&Bファンのみならず、たくさんの人に聴いていただきたい作品だと感じました。
うれしいです。ありがとうございます。
──ナタリー初登場ということで、まずは音楽との出会いなどバックグラウンドについて聞かせてください。
カラオケにも行ったことがないほど歌と縁のない生活だったのですが、中学生のとき、友達の付き添いで受けたオーディションに合格して、音楽と関わるようになりました。その友達も自分もあまり学校に行ってなくて、一緒にダンスをやってたんです。その友達が「歌手になりたい」と言っていたら、ダンス部の顧問がオーディションの話を持ってきて。「あなたもついでにやれば?」と言われて受けることになりました。
──自発的ではなく、促されたんですね。
そうです。中学生に何がわかるんだって感じですが、それまでずっと特に目標がなくて。オーディションの志望動機にも「なんのために生きているかわからない」と書いたんです。遊び半分で受けたものの、初めて人に認められたのがうれしくて、そこから音楽がすごく好きになりました。
音楽活動を続ける理由は「許されるから」
──最初に影響を受けたアーティストはどなたですか?
ローリン・ヒルです。さっき言ったダンス部の顧問が、ミュージカルとは別に「ゴスペルをやろう」と話を持ってきて。そのときに参考用に映画「天使にラブ・ソングを2」を見せてもらったんです。とにかくローリン・ヒルのカッコよさに衝撃を受けました。
──ローリン・ヒルはヒップホップグループ・The Fugeesでの音楽的成功を経て、1998年に発表したソロデビューアルバム「ミスエデュケーション(The Miseducation of Lauryn Hill)」が全世界で累計1500万枚以上のセールスを記録し、同年度のグラミー賞ではラッパーとして史上初の最優秀アルバム賞を筆頭に計5部門を受賞しました。「天使にラブソングを2」では学校教育が与えてきた固定観念に縛られず、自分自身の道を見つけ出すまでの物語が描かれました。
今は英語を勉強したので歌詞の意味もわかるようになったんですけど、その頃は音のカッコよさだけで聴いてましたね。
──カバーもしていたんですか?
ローリン・ヒルに関しては好きすぎるあまり、カバーしたくないんです。歌うと凹むので(笑)。本格的にライブを始めたのが15歳ぐらいで、最初は洋楽、邦楽両方のカバー曲を歌ってました。邦楽だったらJ-R&B、洋楽だと1990~2000年代のR&Bが多かったですね。その頃はまだサブスクもなかったからガイドブックを読んだりとか、あとはCDショップでバイトしてたので端末で調べたりしながら、メアリー・J・ブライジとか、ジル・スコットとか、その時代の人の作品を片っ端から聴いてた感じです。
──Archeさんの楽曲からは90年代後半~00年代前半のR&Bの影響を強く感じます。どういうところがしっくりきたんでしょう?
音的なことで言うと、上品なR&BよりもヒップホップとR&Bが融合したヒップホップソウルのほうにハマったので、その時代のものばかり聴いてました。ミッシー・エリエットやリル・キムも好きです。
──年代的にかなり前の音楽ですが、身近でほかに聴いている人はいたんですか?
誰も聴いてなかったので、まったく話が合わなかったです(笑)。
──ではいつ頃からオリジナルの楽曲を作るように?
16、7歳ぐらいから歌詞を書き始めました。作曲を始めたのはもう少しあとで、東京に出てきてからです。
──ライブ活動を始めてから、自分には音楽の才能があるな、向いていたなと感じる瞬間はありましたか?
それはなかったですね。才能があるからとか、好きだからやってるっていうより、自分にはこれしかできることがなかった。それまではどこに行ってもなじめなくて社会からはみ出てる人だったので、そういう自分でも音楽をやれば許されるから続けているって感じですね。才能があるからやってるんじゃなく、やらないとただの変な人になるだろうから。
Arche=分析心理学の“元型”
──Archeというアーティストネームは、スイスの心理学者ユングが提唱した分析心理学における「archetype(元型)」から名付けたそうですね。元型には例えば、母性、愛、死など、文化や時代を越えて共通する普遍的なイメージが挙げられます。どういうきっかけで心理学に興味を持つようになったんですか?
子供の頃は自分がなぜ生きづらい感情になるかがわからなかったので、ただ落ち込んだりするだけで。でも心理学の本を読んで、やっと自分の生きづらさの理由みたいなものがわかった気がして、それで衝撃を受けたって感じです。
──分析心理学を最初に日本に紹介した河合隼雄さんの著作とか?
まさにそうです。いろいろ読みました。
──自分が悩んでいたことは先人も同じように悩んでいたんだ、と楽になる感覚もあったんですね。
でも、本当に落ち込んだときは、そういうものを読む気力もなかったですし、本当に何もしたくなくて、音楽すらやめようとしていました。
──やめようとした時期もあるんですか?
何回もあります。ボイストレーナーをしていた時期もあるんですけど、人に教えるのが向いてないと思うようになって、どうしよう、もう音楽やめようかなって。心理学の本を読み出したのはそんな時期のだいぶあとで、そういう本を読む気力が出てきてからです。
──歌詞のテーマは心理学の本を読んでから大きく変わりましたか?
基本は変わっていません。心理学の本を読む前から人間の心に興味があったので、そういう部分をえぐるような歌詞は昔から書いていました。なので、書きたいテーマは昔からぶれてないかもしれないです。
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TikTokに音源をアップしたら