新作をリリースし、ライブツアーで全国を回る──田村ゆかりは2017年に自身のレーベル・Cana ariaを立ち上げると、そこからコンスタントに新たな楽曲を作り続け、ライブ活動を行っている。
1年ぶりの新作となるミニアルバム「Felice」(フェリーチェ)は、“ミニ”と謳っていながら録り下ろしの新曲9曲入り。タイトルはイタリア語で「幸せ」「幸福」の意味を持つ。そして今作を携え開催される全国ツアーのタイトルは「田村ゆかり LOVE ♡ LIVE 2025 *Wonderful Happiness*」。いつになくポジティブなメッセージを打ち出す田村にインタビューを行い、その真意を聞いた。
取材・文 / 臼杵成晃
ワンダフルでハピネス
──新作を出して、ツアーで全国を回って、また新作を出して……と、前回のインタビューでも話しましたけど、ほとんどバンドマンのようなサイクルですよね。今どきバンドマンでもここまで律儀ではないというくらい。今作もやはり、ツアーに合わせて新作を出そうと?
はい。ツアーをやるにあたって、新しい曲があったほうがいいかなっていう。
──1曲だけの単発配信リリースが多い時代において、アルバムやミニアルバムなど作品単位でこのペースというのも、もはや少し珍しいかもしれません。単曲リリースには興味がないのでしょうか。
生まれが昭和だから、近年の動きがよくわかってないんですよ(笑)。
──僕も昭和の人間なので、アルバム単位の面白さ、アルバムならではの楽曲を楽しみにする感覚が抜けていなくて。アーティストもリスナーも、サブスクネイティブの人はちょっと違う感覚なのかもしれません。
なるほどー。新しい作品を作るのは……ツアーってやっぱり、何度も来てくれるお客さんがいるじゃないですか。しかも私のお客さんはずっと長いこと観てくれている方も多くて。そういう人たちにとって、ツアーごとの思い出に残っている曲たちというのは、やっぱり新しい曲だと思うんです。新しい曲で新しい思い出ができたらなって。
──ファンの立場としてはありがたい話です。ちなみに今年のツアー、タイトルが「田村ゆかり LOVE ♡ LIVE 2025 *Wonderful Happiness*」という、いつになく直球というか王道というか、ワンダフルでハピネスってかなりの大上段ですよね。このタイトルは新曲制作の前に決まっていたんですか?
はい。ツアーのタイトルをまず決めてから作品作りに入ることが多くて、アルバムのタイトルや中身は、わりとそのタイトルに引っ張られて決まることがけっこうあります。ツアーのタイトルもアルバムのタイトルも、以前はなんとなく語感のかわいい言葉を見つけて造語にすることが多かったんですけど、今回は意味から先に考えて付けてみようと思って。それでツアーのタイトルを「*Wonderful Happiness*」に決めて、そこから今度は「アルバムはこのツアータイトルだから……」と考えて「Felice」にしました。
──イタリア語で「幸せ」の意味ですね。にしてもなぜ今ワンダフルとハピネスという、ポジティブの極みみたいなタイトルが出てきたんだろうと。
なんで出てきたんだっけね。忘れちゃったな。WonderfulとHappinessのどっちから先に出てきたのかもちょっと覚えてないですけど……確かに田村ゆかりから出てくる言葉ではない(笑)。私が今すごく幸せかというとそうでもないし、深い意味は本当になくて。まあライブを想像したときに、みんなと一緒にいる空間みたいなものを思い浮かべたら、やっぱり幸福感というか、そういうものだよなあという。
──タイトルに表れているかげりなしの幸福感のようなものは、新作の楽曲からも感じたんですよ。ひねりなく真正面から受け止められる、純粋に楽しいポップス集というか。以前の田村さんのアルバム作品は、ストレートに表現されない、裏側に込められたほの暗い部分も魅力の1つとしてありましたが、近年の作品は全体に明るい傾向にあるなと感じます。
あまり深く考えず、単に好みの曲だとか、今歌いたい曲を集めただけなんですけどね。確かにWonderfulやHappinessというイメージにちょっと引っ張られたところはあります。ただ、みんなが邪推しているようなことはなくて……「もう辞めちゃうのかな?」とか。
──そうなんですよ。これは裏があるんではないか?と勘繰ってしまう直球ぶりなので(笑)。
死期が近付いているからっていうのはちょっとあるかもしれない(笑)。なんだろう、今まで生きてきた49年と、ここから先の人生を考えると、とっくに折り返しに入ってると思うんですよ。だからもしかしたら、広い意味での幸せとか、そういうものを意識するようになったのかなって。
“ミニアルバム”の意図と意外な盲点
──あと、先ほどから「作品」「新作」と曖昧に話してますけど、今作は「ミニアルバム」と謳われているものの新曲9曲入りで、それはもうフルアルバムですよね(笑)。前作も8曲入りでまったく同じ話をしましたけど、さらに増えてる。
そうなんですよ。ホントにその……近年の事情がわからなくて。発表するうえで、アルバムにするかミニアルバムにするか迷ったんですね。ただ、9曲でアルバムと言い張るには、ちょっと図々しいかなと思っちゃって。自分が過去に出していたアルバムは15曲とか入ってたから。9だとちょっと図々しい。
──この「ミニ」は遠慮なんですね。
はい。「アルバムなのに9曲しかないのかよ」って言われると思ってミニにしたんです。そしたら「ミニなのに9曲も入ってる!」って声のほうが多くて。もしかしたら、今SNSでアクティブに感想を書いてくれているファンの方は、私が想像していたよりも若い世代なのかもしれない。今の感覚だと9曲でも「多い」って感じるのかな。
──なるほど。確かに、アルバムというと12曲くらい入っているのがスタンダードで、CD中心になった1990年代にはCDの容量ギリギリで20曲近く入っているアルバムもありましたからね。ただ、あの時代で考えてもミニアルバムで9曲は「多いな」と思います。
そう。ミニって言わなきゃよかった(笑)。あと値段もちょっと遠慮して、今のアルバムの価格からちょっと抑えて3300円にしたんですけど、ここにもう1つ問題があるんです。通販サイトで3500円から送料無料になるところだと、むしろ高くなっちゃう。
──盲点!(笑)
よっぽどじゃない限り、200円の何かって合わせて買えないですよね。消しゴム4つぐらい買うしかないもんね。遠慮して値段を抑えたら結果「逆に高い」と言われ。
──難しいですね、商売。ともあれ、曲数の話だけではなく聴き応えという意味でも「Felice」は非常に充実度の高い、アルバムのようなミニアルバムだなと感じました。いわゆる「全曲シングルカットしてもおかしくない」タイプのポップな作品で、リード曲はどれなんだろうと……実際リード曲はどれなんですか?
特に決めてないんですよね。発売に先行して3曲はラジオでオンエアするんですけど、それがリードか?と言われると……そもそもリード曲ってなんだろうっていう。
怨念みたいなやつはいらないな
──ちなみにその3曲というのは?
「可愛いは誰のせい?」と「しあわせCode」と「Play!」ですね。この9曲の中でも特にコールが入れやすい曲かなと思ったから、コールを入れるとしたら先にフルサイズで聴いてもらったほうが親切かな?って。それだけなんですよ。「リード曲だからかけます」というよりは「先にちょっと予習しといて」ってだけ。
──1つ珍しい点で言うと、田村さんは以前アルバム作品について「CDの封を開けて、プレイヤーにセットして、最初に耳に飛び込んでくる1曲目はCDを購入してくれるファンの楽しみとして取っておきたい」といったこだわりを話されていました。
あー、そうでしたね。そういえば。
──そうなんです。先ほど挙げていただいたうち「Play!」は本作の1曲目なので、あれっ?と思ったのですが。
なんだろう、先に「Play!」を聴いてたとしてもワクワクできる作品になっているかな?とか、そんなところです。
──「Play!」は近年の田村ゆかり作品に欠かせない川島亮祐×サクマリョウコンビによる楽曲で、川島さんは今作において計3曲の作詞を担当しています。2人の作詞家を軸に、作品全体のトーンとしてはどういうイメージを?
本当にハッピーな感じになればいいなって。あんまりその、怨念みたいなやつはいらないなと最近は思っていて(笑)。いや、重い歌も好きなんですけどね。プリプロの段階では少し重めの曲もあるんですけど、「今じゃなくてもいっかな」みたいな感じで候補から外れちゃう。
──ここ数作はその傾向が続いている感じがありますね。
そうですね。まあ今回は「Felice」「*Wonderful Happiness*」というタイトルが先にあったから、そもそもコンペのときから明るい曲を集めているというのもあると思います。作家さんたちにはオーダーに沿った曲と「あとはご自由に」的な感じで好きに作った曲を送っていただいているので、そっちで引っかかる曲があれば重めの曲も選んだかもしれませんけど。
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“渾身の園田”が続々と