少女マンガをめっちゃ読んでいた

──1st EP「ALIENS EP」（2021年12月発売）はクラブという場、あるいは状況にフォーカスして、そこに集まる多様で正体不明な不特定多数の人たちを「ALIENS」にたとえていました（参照：TAKU INOUEがMori Calliope、星街すいせい、ONJUICYと描く一夜の物語）。それに対して2nd EPは「FUTARI EP」ということで、人数がめっちゃ減りましたね。

あ、本当ですね。今初めて気付きました。

──それもあってか、まさに2人の関係性にフォーカスした、より内省的な作品になっている印象があります。

それも全然意識していなかったんですけど、当然、前回と違う雰囲気にしたいとは思っていて。その結果できたものに前作との対比を感じてもらえたなら、自分としては「よし！」という感じです。

──「ALIENS EP」は、INOUEさんのデビュー曲でもあるクラブ讃歌「3時12分」に至る物語という側面がありましたが、今回も既発曲である「ライツオフ（feat. なとり）」もしくは「ハートビートボックス（feat. 春野 & SARUKANI）」が軸になっていたりするんですか？

収録曲の中で最初に作ったのが「ハートビートボックス」で、確か2022年の暮れだったんですけど、そのとき「よし、ラブソングをやろう」と思ったんですよ（参照：TAKU INOUEインタビュー｜ひさびさソロ作品「ハートビートボックス」のテーマは恋愛）。そのコンセプトの延長でこうなりました。

──INOUEさんがラブソングを書くのは珍しいですよね。

そう。人に提供する曲でもあんまり取り扱ってこなかったテーマなんですけど、だからこそやってみようかなと。自分のソロワークスでは、やったことのないことをやりたいんですよ。

──「やったことのないこと」の1つがたまたまラブソングで、ラブソングを書きたいという願望があったわけでは……。

まったくないです（笑）。昔から惚れた腫れたみたいなことを表現したいと思ったこともなかったんですけど、「ハートビートボックス」の制作と前後して、たまたま少女マンガとか恋愛をテーマにしたマンガをめっちゃ読んでいて、そういうモードになったのかもしれないですね。もう42歳になりますけど、世の中に対して何かを訴えてやろうという気持ちが自分の中から湧き出ることはあんまりなくて。それよりはわりとダイレクトに、そのときに好きなものを曲に反映させてしまいがちです。自分のオリジナル曲の制作では特に。

なとりくんの声が一番カッコよく聞こえるように

──1曲目の「ライツオフ」は2024年12月に配信リリースされた楽曲で、ボーカリストになとりさんを迎えていますが、なぜなとりさんを？

なとりくんは、めちゃくちゃバズった「Overdose」を聴いて「これ最高だ！」と思ったんですよ。声質も素晴らしいし、曲も彼自身が書いているというのを知って、すごい才能だなと。いつか一緒に仕事ができたらいいなといろんなネットワークをたどってみたら、彼と近しい人が関係者にいたのでコンタクトを取ってもらったという流れですね。

──トラックとしては、ジャズとテクノとJ-POPのクロスオーバーといいますか。

まさにそういうコンセプトです。僕はなとりくんの声がとにかく好きだったので、彼の声が一番カッコよく聞こえて、なおかつ彼自身のプロジェクトではあまり見せていないような一面も見せられたらいいなと、フィーチャリングが決まったときに考えていて。そこから「ジャズを基盤に、サビでいきなりテクノっぽくしたい」みたいな感じで作り始めましたね。

──「ライツオフ」では永山ひろなおさんのピアノもフィーチャーされていて、デリック・メイがRhythim Is Rhythim名義でリリースした「Strings Of Life」がよぎりました。

うんうん。ああいう質感というか、わりとシンプルな音数にするというのは、当初から狙っていたことですね。

──あるいは「Yona Yona Journey / TAKU INOUE & Mori Calliope」（「ALIENS EP」リード曲）には武嶋聡さんのソプラノサックスが入っていましたが、こちらはGalaxy 2 Galaxyの「Hi-Tech Jazz」あたりを連想しまして。テクノという無機質な音楽に生楽器で身体性を加えるような試みって、面白いですよね。

まさにテクノってスクエアな音楽ですけど、そこに揺らぎが乗るみたいな感触は昔から好きだし、そのへんからの影響はあると思いますね。今回のEPは、前作にも増して人力の楽器演奏が重要な要素になっているんじゃないかな。

──「ライツオフ」の歌詞に「革命はこれから、君とふたりなら」とありますが、それが「FUTARI EP」というタイトルにつながっている？

そう。「ライツオフ」を作ったときはまだEPの具体的な構想はなかったんですけど、そこから着想を得ています。この歌詞はなとりくんと2人で書いていて、「君とふたりなら」というフレーズは彼の発案です。もともと歌詞は、気持ち的には全部なとりくんにお任せしてもよかったんですよ。でも一応、まず僕が仮の歌詞を書いて、恋愛がテーマであることと、譜割というか「こんな感じで言葉を当ててほしいっす」みたいなリクエストと一緒に投げたところ、僕の意図をしっかり汲んでくれて。だからワンラリーで「あ、めっちゃいいっすね。これでいきましょう」という感じで終わりましたね。

──なとりさんのボーカルもスピード感があって、気持ちよくトラックに乗っていますね。

なとりくんはもともと本当に歌が上手な人だし、楽曲を理解する能力にも長けていて。個人的に、彼の声はビロードみたいな手触りだと思っていて、それがすごく心地いいんですよね。レコーディングでも、僕はほぼ「カッコいい、カッコいい」と言い続けていただけでした。ただ、曲の真ん中に「イエー」という彼の声が入っているんですが、それだけは最後に「入れて？」とお願いして録ってもらったんですよ。そこに何か1つフックが欲しいなと、その場で思いついて。本人はちょっと恥ずかしがっていたんですけど、やってもらってよかったなと思っています。

恋愛をテーマにするんだったら体の話もしなきゃいけないだろう

──2曲目は「トラフ（feat. にんじん from ロクデナシ）」という曲ですが、「トラフ」は南海トラフ地震などのトラフですか？

いや、僕も「トラフ」といったら南海トラフしか知らなかったんですけど、「気圧の谷」という意味もあるみたいで。歌詞の中に「気圧の谷」というワードが出てくるので、それをタイトルにしました。このタイトルは、まさに今みたいに南海トラフを連想させるだろうから納品ギリギリまで迷ったんですよ。でも、仮タイトルを「トラフ」にしていたらほかに思い浮かばなくなっちゃって。Spotifyとかで検索しても、意外と「トラフ」という曲はなかったので、これにしてしまえと。

──この曲、けっこう無茶していますよね。ドリームポップ的なギターロックなのに、サビでジャージークラブになるという。

そうそう、いきなりね。曲ができたときに「変な曲になったな」と思ったんですけど、気持ちよさはあるからいいかなって。「トラフ」はこのEPの中で最後にできた曲で、この間のライブ（3月に開催された「TAKU INOUE EXHIBITION MATCH」）でEPリリースの告知をしたときは影も形もなかったんですよ。まだボーカリストすら決まっていない状況で、そこから1カ月弱で作らなきゃいけなかったこともあり、制作に妙な勢いがありました。

──こういう言い方は不適切かもしれませんが、若い人が作った曲みたいだなって。

いや、その感想はすごくうれしいです。ロックと別の何かを混ぜつつ、かつてドリームポップと呼ばれていたような雰囲気の音楽を現代的なものにしたいという目論見がありました。

──「トラフ」の歌詞は、例えば「3時12分」のような情景が浮かびやすい歌詞と比べると、だいぶ抽象度が高いように思いました。

僕の頭の中には最初から明確な景色があって、要は「恋愛をテーマにするんだったら体の話もしなきゃいけないだろう」と思って歌詞を書き始めたんですよ。ただ、体の話であるがゆえにすけべな感じにしたくなかったし、誰もが自分事として受け取れるように抽象度を高めて表現したつもりで。今の感想を聞く限り、けっこういい塩梅にできたのかな？

──体の接触を匂わせるワードもありますが、いやらしさはまったく感じません。

ならよかった。

──先ほど「ボーカリストすら決まっていない状況」だったとおっしゃいましたが、にんじんさんを起用した理由は？

曲のデモができて「よし、誰にお願いしようか？」とスタッフと相談していたときに、「にんじんさん、よくないですか？」と提案されて「確かに！ でも、やってくれるかな？」とダメもとでお願いしたら、快諾してくださいました。以前から素敵な歌声だと思っていましたけど、この曲にめちゃくちゃフィットした、最高のテイクをいただきました。

──にんじんさんのボーカルには、ある種の危うさがありますよね。技術的に拙いという意味では決してなく、ムードとして。

その感じ、すごくわかります。独特の憂いもあるし、にんじんさんが歌うことによって、けっこう無理をしている曲の切り替わりとかもうまくつながったので、奇跡が起こったなと。もし彼女の声じゃなかったら違和感が残ったかもしれないし、彼女の声の特徴に引っ張ってもらった部分は大きいです。レコーディングも僕にとっては印象的で、彼女はそんなに言葉数が多いほうではないんですけど、マイクを通して楽しそうなのが伝わってきて。本当にお願いしてよかったし、もう声の質感が好きすぎて、ミックスでついボーカルのボリュームを上げちゃいました。