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佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」 9回目 後編 [バックナンバー]

エビ中の歌を通じて伝えたいものとは?

私立恵比寿中学・柏木ひなた&小林歌穂、えみこ先生とアイドルの歌唱を考える

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「うまいと言われるんじゃなくて、すごいと言われる人になりなさい」

佐々木 10代の頃って成長に伴って、声もどんどん変わっていきますよね。それに伴って指導の仕方も当然変わってくると思うんですけど、エビ中に関しては、いかがでしたか?

えみこ先生 それでいうと昔よりも楽をさせてもらっていて。それぞれのキャラクターがわかっているから、ちょっと違うニュアンスが出ていたら「それは違うんじゃない?」って指摘するくらいなので。逆にいえば技術的な部分を教えるだけいいんです。そういう意味で、今は本来の意味でのボイストレーニングができているので、すごく楽なんです。

南波 柏木さんは10代の頃、歌いにくい時期はありましたか?

柏木 ありましたね。むしろ昔のほうが歌いにくかったです。それこそ難聴になってからのほうが楽しいと思えるようになったというか(2015年12月に突発性難聴を発症)。えみちゃんに言われた「うまいと言われるんじゃなくて、すごいと言われる人になりなさい」という言葉にもすごく背中を押されました。その言葉がきっかけになって歌に対する意識がはっきり変わったので。

佐々木 「歌がうまい」と言われ続けていると、常にうまくなきゃいけないみたいなプレッシャーを背負わされてしまいますよね。

柏木 そうなんですよ。大変ありがたいことに、ずっと歌の部分を評価していただくことが多かったんですけど、それをプレッシャーに感じていた部分もあったんです。(廣田)あいかが抜けた直後のツアーで、プレッシャーのあまり思うように歌えなくなってしまったことがあって。そのツアー中に「イート・ザ・大目玉」という曲のレコーディングがあったんですよ。あの曲には、高い声で張って歌うパートがあって、なかなかうまく歌えなかったんですけど、ある瞬間に自分の中で何かが吹っ切れて、パーンと高音が出たんです。レコーディングが終わったあと、えみちゃんと2人で泣きました。覚えてる?

えみこ先生 もちろん!

柏木 ようやく何かから解放された感覚があって。それ以降、また歌うのが楽しくなりました。

左から柏木ひなた、えみこ先生。

左から柏木ひなた、えみこ先生。

小林歌穂(私立恵比寿中学)

小林歌穂(私立恵比寿中学)

えみこ先生 ひなたは難聴のこともありますし、すごく大変だったと思います。こんなに歌うのが大好きな子なのに。歌穂も同じようにバセドウ病であることを公表していて、みんな大変な中がんばってるなと思います。これはいつも思うんですけど、エビ中の歌って本当に嘘がないんですよ。

佐々木 それは聴く側にも伝わってきます。あの、今日どうしても皆さんにお伝えしたいことがあって。僕がアイドルに本格的に興味を持つようになったのって、エビ中さんの歌がきっかけだったんですよ。

柏木小林 そうだったんですか!

佐々木 僕は大学で教えたりもしてるんですけど、以前「ポピュラー音楽論」という講義を担当していて、40人の学生にそれぞれ「魂の1曲」を挙げてプレゼンしてもらうということをやっていたんです。楽曲との出会いから魅力までを語ってもらってから、全員でミュージックビデオを観たりするっていう。その講義で、ある女子学生が挙げたのがエビ中さんの「大人はわかってくれない」だったんです。そのときは「メンバー全員、まだ中学生なのかな?」くらいの認識しかなかったんだけど(笑)、その学生の話が記憶に残っていて、後日「感情電車」のMVを観たらひどく揺さぶられてしまった。

柏木小林 おー!

佐々木 この人たちの歌には本当に心がこもっているなと思ったんです。それ以来、エビ中さんの動画をたくさん観るようになって、ほかのアイドルもチェックするようになり、気付いてみたらこんな連載を持つまでに至っていたという(笑)。特に「ちゅうおん」は、何度動画を観ても感動してしまう。画面越しでも「歌を歌うのが楽しい、この曲を歌えることがうれしい!」というメンバーの気持ちが伝わってきて。残念ながら、僕はまだ現場に直接足を運んだことがないから、いまいち説得力に欠けるんですけど(笑)。

小林 いえ、うれしいです。

柏木 ありがとうございます。

えみこ先生 ライブではなく、動画を通じてでも彼女たちの歌のよさを感じ取っていただけたわけですから、それはすごくうれしいですよね。

佐々木 だから今でもエビ中を教えてくれた女子学生には感謝してるんです。

人前に出るのはそんなに簡単なことじゃない

えみこ先生 私が歌を通して一番伝えたいのが人間性なんです。歌のうまさって正確な音程で歌ったり、リズムをキープしたりとか、いろんな要素が関係してくるんですけど、人前で歌う人間だったら、最低限それはできて当たり前のことで。私なりに「歌のうまさ」の基準を決めるとしたら、歌っている人の人間性がちゃんと出ているかどうかなんですよね。そういう意味でいうと、エビ中の歌からはメンバーの人間性があふれまくっていて。だからこそ苦しんでいるのを見るとつらいし、なんとかしてやれないかっていうとおこがましいですけど、何かしら力になりたいんですよね。

南波 長い間、苦楽を共にしてきたわけですもんね。

えみこ先生 やっぱり人前に出ることって、そんなに簡単なことじゃないと最近改めて思うんです。今は星の数ほどアイドルグループがいますけど、バイト感覚で始めて、すぐ辞めちゃう子も多いじゃないですか。以前に比べて簡単にアイドルになれる半面、厳しい状況に直面して傷付いてしまう子も多いと思うんです。人前に出るのって一見華々しいように見えるけど、つらいことも多いので。

佐々木 ヘビーな部分もありますよね。

えみこ先生 でも人前に出るのが好きだからこういう仕事をやるわけで、やっぱり多くの人に認知されたら何にも代えがたい喜びもあって。ただ、ある程度の枠を超える人数から認知されるのは精神的にやっぱりしんどいですよね。私自身、メジャーレーベルに所属して活動していた頃は、そうしたつらさを味わいました。エビ中ほど売れていなかった私でさえそういう悩みを抱えていたわけですから、彼女たちには同じような苦労をなるべく味わわせたくないなと思うんです。それはエビ中に限らず、自分が携わったすべてのアーティストに思うことなんですけど。

左から柏木ひなた、えみこ先生、小林歌穂。

左から柏木ひなた、えみこ先生、小林歌穂。

南波 今日のお話を聞いて、エビ中はつくづく素晴らしい先生に巡り合えたんだなということがよくわかりました。

えみこ先生 すごい! これぞプロのまとめ方ですね(笑)。

南波 ははは。

柏木 でも実際、私たちの歌に対する意識を変えてくれたのはえみちゃんなので。えみちゃんに出会わなかったら、歌うことやステージに立つことを続けられていなかったかもしれないし。

えみこ先生 ひなたも最後にそういうこと言ってくれるんだ! すごいね!

柏木 すごいとかやめてほしい(笑)。本当のことじゃん。

佐々木 新メンバーも入ったことだし、えみこ先生には、今後もメンバーともどもエビ中の新たな歴史を作り上げていってほしいですね。

えみこ先生 はい。体力が続く限り(笑)。

柏木 まだ大丈夫ですよ。

小林 私と同期だし(笑)。

佐々木 今のエビ中にとって、かけがえのない存在ですもんね。

左から佐々木敦、柏木ひなた、えみこ先生、小林歌穂、南波一海。

左から佐々木敦、柏木ひなた、えみこ先生、小林歌穂、南波一海。

私立恵比寿中学

2009年夏に結成された、スターダストプロモーションのアイドルセクション・スターダストプラネットに所属するアイドルグループ。2012年5月にシングル「仮契約のシンデレラ」でメジャーデビュー。“転校”(脱退)と“転入”(加入)を繰り返し、2018年1月に真山りか、安本彩花、星名美怜、柏木ひなた、小林歌穂、中山莉子の6人体制となる。“開校”10周年を迎えた2019年は、3月に5枚目のアルバム「MUSiC」、6月にメジャー通算13枚目のシングル「トレンディガール」、12月には6枚目のアルバム「playlist」をリリースした。2020年10月より安本が悪性リンパ腫の治療のため休養するが、翌2021年4月に寛解を発表し活動を再開。また同年1月からは7年ぶりの新メンバーを募集するオーディションが行われ、5月に桜木心菜、小久保柚乃、風見和香が新メンバーとして転入。9人体制での活動をスタートさせた。同年8月、9人体制初のオリジナル楽曲「イヤフォン・ライオット」を含むニューアルバム「FAMIEN'21 L.P.」を発表。2022年3月には通算7枚目となるオリジナルアルバム「私立恵比寿中学」をリリースし、4月より全国ツアー「私立恵比寿中学10th Anniversary Tour 2022~drawer~」を行う。

西山恵美子

3歳からピアノを習い始め、小学生で新聞社主催の作曲コンクールに優勝。小学生でピアノ講師の資格を取得する。高校在学中にボーカリストとしてバンド活動を始め、卒業後本格的に歌のレッスンを受ける。19歳で桑原茂一プロデュースによるコンピレーションアルバムにてボーカルリストとしてCDデビュー。1997年にアーバンソウルをコンセプトとしたボーカル、ベース、トランペット編成による3人組ユニットwild flowerのボーカリストとしてFUN HOUSEよりメジャーデビューを果たす。ソロ活動以降さまざまなアーティストのレコーディング、ツアー、ライブに参加。現在はボイストレーナーとしても精力的に活動している。

佐々木敦

1964年生まれの作家 / 音楽レーベル・HEADZ主宰。文学、音楽、演劇、映画ほか、さまざまなジャンルについて批評活動を行う。「ニッポンの音楽」「未知との遭遇」「アートートロジー」「私は小説である」「この映画を視ているのは誰か?」など著書多数。2020年4月に創刊された文学ムック「ことばと」の編集長を務める。2020年3月に「新潮 2020年4月号」にて初の小説「半睡」を発表。同年8月に78編の批評文を収録した「批評王 終わりなき思考のレッスン」(工作舎)、11月に文芸誌「群像」での連載を書籍化した「それを小説と呼ぶ」(講談社)が刊行された。

南波一海

1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行い、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「南波一海のアイドル三十六房」でナビゲーターを務めるほか、さまざまなメディアで活躍している。「ハロー!プロジェクトの全曲から集めちゃいました! Vol.1 アイドル三十六房編」や「JAPAN IDOL FILE」シリーズなど、コンピレーションCDも監修。

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