佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」 6回目 後編 [バックナンバー]
作家・朝井リョウとアイドルシーンの多様性を考える
みんなが思う“普通”は、誰かにとっての“普通”じゃない
2021年9月24日 19:00 2
構成
その子の人生が買えるわけじゃない
南波一海 朝井さんの「正欲」(3月に発表された作家生活10周年記念の長編小説)も読ませていただいたんですが、今日お話を聞かせていただいて、すごく複雑に人の存在や在り方を考えていらっしゃるから、こういう作品ができあがるんだなと感じました。自分が理解できない人って世の中には確実に存在していて、そういう人たち自身もどこかで誰かとつながりたいと思っている。でもそうは思っても、「自分は誰にも理解もされないだろう」とあきらめているような部分もある。そういう複雑な状況を含めて、あらゆることが存在しているんだということを改めて考えさせられた気がします。
佐々木敦 昔のアイドルヲタクもそうですもんね。みんな孤独で、「俺の趣味なんて誰もわかってくれない」と思っていたのが、ネットが普及して他者とつながれるようになった。
南波 そうですね。で、自分と同じ感覚の人たちとつながることで、かえって自分の考えとは違う、いろいろな人がいるんだということにも気付く。それを本当の意味で理解していくと、マジで何も言えなくなっていくという。
朝井リョウ 読んでいただきありがとうございます。「ここにチューニングしなきゃ」という絶対的な対象がなくなることによって、心地よさと不安、どちらも同時に訪れることになるんだろうなと思います。
佐々木 僕は普段、朝井さんとなんちゃんが卒業した大学の院で授業をしているんですが、先日「正欲」の書評を「文學界」という文芸誌で書かせてもらったこともあって、「正欲」を課題にして学生と一緒に読んでみたんです。そうしたら授業がものすごく盛り上がって。
朝井 本当ですか? 怖さとうれしさが半々です。
佐々木 最近は多様性という言葉をみんな口にしていますが、それって結局はさっきも言ったように「俺の多様性」でしかないから、ある人の考える多様性の定義は、本当の多様性の部分集合でしかない。じゃあどこまでが多様性として認められるのかと学生たちと考えていました。で、これはネタバレになってしまうけど、「正欲」の話に登場する人物は、自分の特殊な性癖を隠すために、別の性癖を持っていると偽るんですよね。僕らは最初、カムフラージュするために装った性欲のほうが社会的にはキツいんじゃないかと思ったんですが、最後まで読んでみたらそうじゃなかった。大多数の人が思う“普通”は、少数派の人にとっては“普通”じゃないし、その逆もまた同じなのに、自分が生まれながらにマーキングされている価値観が正しいと思い込んでいることに気付けないんですよね。そのことと、今日お伺いしたアイドルに対する朝井さんの考え方はつながっていると思うんです。結局は自分で自分のことを決めたいんだけど、そうさせてくれない社会があったり、自分で選べない生まれ持っての特性や本能があったりして、それらの間でたくさん悩まなければならないという。
朝井 馬の交尾の映像とか調べると、その激しさに圧倒されると同時に、でも人間も馬と同じ動物なわけで、これぐらいの衝動を抱えながら人間社会で生きていくってマジで難易度高いじゃんと思います。今は次作のために、人間と動物の共通点と相違点を勉強したりしています。「正欲」という小説には、当事者たちが自身の欲望と主体的に向き合うという展開が後半にならないと出てこないんですが、今はあらゆる形で欲望を抱えている人に対して具体的なサービスがたくさんある。そういう様子を見ていると、自分の外側にある多数派や社会にチューニングを合わせなければいけない理由はどんどんなくなってくるだろうなと感じています。ただアイドルの話に戻すと、1つのグループを存続させていくには資金が必要で、資金を稼ぐためには自分の外側にあるものへのチューニングをまったくしないわけにもいかないんだろうなとも感じます。
佐々木 アイドルに一種の処女性みたいなものを求めてしまう人はどうしてもいるし、そういう気持ちを責め切れないから難しいというか。とあるアイドルが葛藤の末、「自分は誰々と付き合っています」と公表した途端、いろいろなものを失うかもしれない。でもそれでもついて来てくれる人がいたら、その中で活動していくという世界が実現するといいなと思います。その理想形の1つとして「武道館」の結論はあったのかなと。
朝井 「武道館」の結論は、自分の外側、つまり社会のほうがガラッと変わっていますからね。ただ、どんな社会に変わっていったとしても、資本主義の世界である限り、結局はその時点での多数派の欲望から叶えられていくんですよね。いろいろ好き勝手言っていますが、結局グループを存続させるには資金が必要で、私のような人間はCDを10枚とか買うわけではない。それに後ろめたさを感じる反面、CDを10枚買う人ばかりをあてにし続けていいのかという問題も根深いですよね。
南波 それはよく言われますね。「外野はいろいろ言うくせに結局お金出してないじゃないか」って。
朝井 1人の外野として、本当にその通りだなと思ってしまいます。
南波 そうなんですよね。でも、お金を出したらそのアイドルの人生を買っていいのかというと、それも違うとやっぱり思うわけで。
朝井 私もそうです。というか、何に関しても、お金を出した人とお金を受け取る人の関係性がはっきりと見える状況は怖いです。例えば車を買うとして、自分が払ったお金が自動車メーカーの誰にどれくらい入ってるかとかわからないじゃないですか。だからこそ安心というか、誰の税金で作られたかわからないからこそ公共施設を気兼ねなく使えるみたいなところがあると思うんです。お金を出した人とお金を受け取る人の間の道筋が見えづらいというか、お金の匿名性が高い状態でグループが運営されていてほしいという気持ちがあります。
佐々木 アイドルの現場はどんどんその間をなくしていく方向に向かってますよね。握手やチェキにいくらとか、投げ銭システムとか、リアルでダイレクトな資本主義というか。コロナ禍でそれが無理矢理止まったことで、逆にみんな冷静になれるというのはあるかもしれないけど。
南波 でも、コロナ以降も形を変えながら続いているという印象です。やっぱり強固なシステムだなと。
朝井 それでこう、お互いがそれで納得して成り立っているのであれば、こちらは何も言う権利ないですけど……ってまた黙ってしまう。
南波 結局何も言えない(笑)。
佐々木 何も言えないという結論になりがちですね。
南波 そうなんです。この連載を始めて、強い意見を言えば言うほどその分強い反発もあるじゃないですか。俺はSNSで感想を見るので、それなりにダメージを負ったりもしますし(笑)、そうしながらも「そういう考えも確かにあるよな」と納得することもあるんですよね。
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…過去ログを検索したら、9月に中編まで読んでいた。