DJ、選曲家としても活躍するライターの青野賢一が毎回1つの映画をセレクトし、映画音楽の観点から作品の魅力を紹介するこの連載。今回は明日6月26日から公開される「
なおこの記事は映画のストーリーに関する記述が含まれているため、まだ観ていない方はネタバレにご注意を。
文
カントリーミュージックの魅力
日本に住んでいるとあまりピンとこないかもしれないが、欧米、とりわけアメリカでのカントリーミュージックの人気には驚くべきものがある。イギリス系、ケルト系の移民がもたらした民謡をベースに、アメリカ南東部の山間地方で興ったとされるカントリーミュージックは、1920年代に入るとラジオとレコードの普及によって多くの人の聴くところとなる。発展の過程でブルースをはじめとするブラックミュージックからの影響も受けながら、50年代にはロカビリー、すなわちロックンロールとカントリーミュージックのかつての呼称であるヒルビリーミュージックが融合した音楽が流行し、エルヴィス・プレスリーなどのスターを生んだのはご存じの通り。60年代以降はほかの音楽ジャンル同様に多様化が進むが、アメリカにおけるカントリーミュージックの人気──支持層の中心は白人である──は今も衰えることがないのである。今回紹介する「ワイルド・ローズ」は、そんなカントリーミュージックの魅力にとり憑かれた女性の物語だ。
ナッシュビルでの成功を夢見て
映画は、部屋を片付け、荷物をまとめている女性の姿を現代的なカントリーミュージックにのせて映し出すシーンで始まる。彼女の名前はローズ=リン・ハーラン(
グラスゴーの自宅に戻った彼女を待っているのは、母のマリオン(
ジェシー・バックリーの歌声
ローズ=リンは「こうと思ったらこう」という感じで、よくいえば実直、悪く言えば周りが見えていない。彼女の言動や行動も同様だし、星条旗柄のTシャツやフリンジ付きのレザージャケットといったファッションもベタでひねりのないものだ。グラスゴーには何もない、ナッシュビルじゃなきゃダメなんだと思い込んでいて、誰かがうっかり「カントリーウエスタン」などと言おうものなら「ただのカントリーだから」と即座にツッコミを入れる(ウエスタンは主にハリウッド映画の西部劇由来であって、ローズ=リンのような人物にとっては邪道なのだろう)。そんなローズ=リンが、紆余曲折を経てたどり着いた、物語の最後に歌う曲の圧倒的な説得力を、ぜひスクリーンで確かめてもらえればと思う。この曲を含めて作中全篇で流れるのは、ローズ=リンを演じるジェシー・バックリーが歌うカントリーミュージックなのだが、ローズ=リンの生き方と、ジェシー・バックリーのまっすぐな歌声が見事な相乗効果を生んでいるのが素晴らしい。適役とはまさにこのことだろう。
時代が下るにつれて洗練されていったとはいえ、カントリーミュージックは元来アメリカの白人労働者の音楽である。そのあたりの出自を、本作ではローズ=リンたちのおかれた境遇──小さな団地に暮らして、水道水を飲むような──と絶妙に重ね合わせている。作中、ローズ=リンがカントリー歌手を志す具体的なきっかけについては触れられていないが、おそらくはそうしたカントリーミュージックの性格、そしてそれらが発するメッセージに共感し、心打たれたからではないだろうか。もう少し深読みすれば、グラスゴーのあるスコットランドからの移民は、アメリカでのカントリーミュージック成立に大きく関わっているので、そんなところも関係しているのかもしれない。
「ワイルド・ローズ」
日本公開:2020年6月26日
監督:トム・ハーパー
脚本:ニコール・テイラー
出演:ジェシー・バックリー / ジュリー・ウォルターズ / ソフィー・オコネドー ほか
配給:ショウゲート
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- 青野賢一
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東京都出身、1968年生まれのライター。1987年よりDJ、選曲家としても活動している。1991年に株式会社ビームスに入社。「ディレクターズルームのクリエイティブディレクター兼<BEAMS RECORDS>ディレクターを務めている。現在雑誌「ミセス」「CREA」などでコラムやエッセイを執筆している。
Kenichi Aono @kenichi_aono
音楽ナタリーの映画音楽連載、新しい記事が公開されました。今回は、明日から公開となる『ワイルド・ローズ』。ジェシー・バックリーのまっすぐな歌声が役柄と見事にシンクロしています。 | 青野賢一のシネマミュージックガイド Vol.10 https://t.co/igGlcdbLjg