「ワイルド・ローズ」ポスタービジュアル(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

青野賢一のシネマミュージックガイド Vol.10 [バックナンバー]

ワイルド・ローズ

まっすぐな生き方、まっすぐな歌声

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DJ、選曲家としても活躍するライターの青野賢一が毎回1つの映画をセレクトし、映画音楽の観点から作品の魅力を紹介するこの連載。今回は明日6月26日から公開される「ワイルド・ローズ」を取り上げる。カントリーミュージックに魅了されたシングルマザーの物語を描くこの作品の音楽的な魅力とは。

なおこの記事は映画のストーリーに関する記述が含まれているため、まだ観ていない方はネタバレにご注意を。

/ 青野賢一

カントリーミュージックの魅力

「ワイルド・ローズ」場面写真(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

「ワイルド・ローズ」場面写真(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

日本に住んでいるとあまりピンとこないかもしれないが、欧米、とりわけアメリカでのカントリーミュージックの人気には驚くべきものがある。イギリス系、ケルト系の移民がもたらした民謡をベースに、アメリカ南東部の山間地方で興ったとされるカントリーミュージックは、1920年代に入るとラジオとレコードの普及によって多くの人の聴くところとなる。発展の過程でブルースをはじめとするブラックミュージックからの影響も受けながら、50年代にはロカビリー、すなわちロックンロールとカントリーミュージックのかつての呼称であるヒルビリーミュージックが融合した音楽が流行し、エルヴィス・プレスリーなどのスターを生んだのはご存じの通り。60年代以降はほかの音楽ジャンル同様に多様化が進むが、アメリカにおけるカントリーミュージックの人気──支持層の中心は白人である──は今も衰えることがないのである。今回紹介する「ワイルド・ローズ」は、そんなカントリーミュージックの魅力にとり憑かれた女性の物語だ。

ナッシュビルでの成功を夢見て

映画は、部屋を片付け、荷物をまとめている女性の姿を現代的なカントリーミュージックにのせて映し出すシーンで始まる。彼女の名前はローズ=リン・ハーラン(ジェシー・バックリー)。14歳のときから地元であるスコットランド・グラスゴーのライブハウス「グラスゴーズ・グランド・オール・オープリー」でカントリー歌手として活躍していたが、泥酔し囚人にヘロインの包みを渡そうと柵の中に投げ入れたことで有罪判決を受け、12カ月間刑務所に服役することとなった。先に述べた部屋の片付けシーンは、刑期を終えて出所するところなのだが、そこで流れるのはグラスゴー出身であるPrimal Screamの「Country Girl」がカントリー調にアレンジされたもの。「盗みもしたし罪も犯した この魂は汚れている」「カントリーガール それでも生きてかなきゃ カントリーガール なんとか生きてかなきゃ」という歌詞の曲である。

「ワイルド・ローズ」場面写真(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

「ワイルド・ローズ」場面写真(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

「ワイルド・ローズ」場面写真(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

「ワイルド・ローズ」場面写真(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

グラスゴーの自宅に戻った彼女を待っているのは、母のマリオン(ジュリー・ウォルターズ)と、8歳の娘、そして5歳の息子。ローズ=リンはシングルマザーで、服役中はマリオンが幼い2人の面倒を見ていたのだった。12カ月のブランクで子供たちはすっかりおばあちゃん子になってしまい、「グラスゴーズ・グランド・オール・オープリー」の週末のステージも別の歌手に奪われてしまった。ローズ=リンは少しずつ子供たちとの関係を修復しようと努め、またマリオンの伝手で豪邸に住むスザンナ(ソフィー・オコネドー)一家のハウスキーパーの職を得るのだが、グラスゴーから出て、50年代半ばからカントリーミュージックの中心地として知られているアメリカ・テネシー州ナッシュビルでカントリー歌手として成功するという夢もあきらめきれないでいる。夢と家族のはざまで、不器用に、そして懸命にもがくローズ=リン──。

「ワイルド・ローズ」場面写真(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

「ワイルド・ローズ」場面写真(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

「ワイルド・ローズ」場面写真(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

「ワイルド・ローズ」場面写真(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

ジェシー・バックリーの歌声

「ワイルド・ローズ」場面写真(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

「ワイルド・ローズ」場面写真(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

ローズ=リンは「こうと思ったらこう」という感じで、よくいえば実直、悪く言えば周りが見えていない。彼女の言動や行動も同様だし、星条旗柄のTシャツやフリンジ付きのレザージャケットといったファッションもベタでひねりのないものだ。グラスゴーには何もない、ナッシュビルじゃなきゃダメなんだと思い込んでいて、誰かがうっかり「カントリーウエスタン」などと言おうものなら「ただのカントリーだから」と即座にツッコミを入れる(ウエスタンは主にハリウッド映画の西部劇由来であって、ローズ=リンのような人物にとっては邪道なのだろう)。そんなローズ=リンが、紆余曲折を経てたどり着いた、物語の最後に歌う曲の圧倒的な説得力を、ぜひスクリーンで確かめてもらえればと思う。この曲を含めて作中全篇で流れるのは、ローズ=リンを演じるジェシー・バックリーが歌うカントリーミュージックなのだが、ローズ=リンの生き方と、ジェシー・バックリーのまっすぐな歌声が見事な相乗効果を生んでいるのが素晴らしい。適役とはまさにこのことだろう。

時代が下るにつれて洗練されていったとはいえ、カントリーミュージックは元来アメリカの白人労働者の音楽である。そのあたりの出自を、本作ではローズ=リンたちのおかれた境遇──小さな団地に暮らして、水道水を飲むような──と絶妙に重ね合わせている。作中、ローズ=リンがカントリー歌手を志す具体的なきっかけについては触れられていないが、おそらくはそうしたカントリーミュージックの性格、そしてそれらが発するメッセージに共感し、心打たれたからではないだろうか。もう少し深読みすれば、グラスゴーのあるスコットランドからの移民は、アメリカでのカントリーミュージック成立に大きく関わっているので、そんなところも関係しているのかもしれない。

「ワイルド・ローズ」

「ワイルド・ローズ」ポスタービジュアル(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

「ワイルド・ローズ」ポスタービジュアル(c)Three Chords Production Ltd/The British Film Institute 2018

日本公開:2020年6月26日
監督:トム・ハーパー
脚本:ニコール・テイラー
出演:ジェシー・バックリー / ジュリー・ウォルターズ / ソフィー・オコネドー ほか
配給:ショウゲート

青野賢一

東京都出身、1968年生まれのライター。1987年よりDJ、選曲家としても活動している。1991年に株式会社ビームスに入社。「ディレクターズルームのクリエイティブディレクター兼<BEAMS RECORDS>ディレクターを務めている。現在雑誌「ミセス」「CREA」などでコラムやエッセイを執筆している。

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Kenichi Aono @kenichi_aono

音楽ナタリーの映画音楽連載、新しい記事が公開されました。今回は、明日から公開となる『ワイルド・ローズ』。ジェシー・バックリーのまっすぐな歌声が役柄と見事にシンクロしています。 | 青野賢一のシネマミュージックガイド Vol.10 https://t.co/igGlcdbLjg

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