本作は、15年前に起きたある事件がきっかけで別々の人生を歩んでいた稲村家の母と3兄妹が再会し、崩壊した絆を取り戻そうとするヒューマンドラマ。フリーライターとして働く次男・雄二を
桑原裕子率いる劇団KAKUTAの舞台をもとにした本作。舞台を観劇したROBOTの長谷川晴彦が白石に話をもちかけ、約4年前に映画化企画が始動した。白石は、2019年公開作「凪待ち」よりも前に着手していた本作について「僕自身、家族の話はどこかでやらないといけないだろうなという思いはあって。僕の実家も若干こじれたところがあるので、この物語とシンクロできるんじゃないかなと思いました。自分自身を客観的に見られるようになったからこそ、取り組めるようになった」と思いを述べる。さらに白石は「『凶悪』とか『孤狼の血』とか、エンタテインメントとしてヤクザや人殺しを撮っているほうがすごく楽(笑)。作品作りって、どこか振り子みたいなもの。『凶悪』を作ったらその反対を描きたくなるんです」と笑った。
脚本は「凶悪」の高橋泉が担当。「日本で一番悪い奴ら」「牝猫たち」「サニー/32」も手がけた本作のプロデューサー・高橋信一は、初稿を受け取った際の心境を振り返り「『日本で一番悪い奴ら』や『牝猫たち』からも、弱い者が肩を寄せ合って生きていく疑似家族のようなものを感じていました。今回は本当に家族を描こうとしている脚本をもらったので、白石さんの作家性が一番出る作品になるのではないかと思った。豪華キャストの皆さんにも集まっていただけて、白石監督の最高傑作になるのでは」と話す。
本作は5月1日にクランクイン。同月下旬のこの日は茨城県内にて、稲村家の実家兼タクシー営業所のシーンを撮影した。どこか昭和の香り漂うこのタクシー営業所は、実際に40年前から営業しているものを借りたそうで、ロケハンにも苦労した白石は「稲丸タクシーは、15年前の事件から時間が止まっているようにしたかった。40年間営業しているこの場所は当時の匂いがそのまま残っているし、国道沿いなので日本のどこにでもある田舎の風景に見える。この物語のもう1つの主人公はこのタクシー会社なんです」とこだわりを語る。
この日はまず、物語の終盤、中庭でこはるが空を見上げて涙を1粒流すシーンを撮影。狭い中庭では照明の準備や木漏れ日の調節のため、通常の白石組では例を見ないほど時間が要されることとなった。このシーンについて白石は「中庭は狭いので、営業所の中で撮るか悩んでいたんです。でも昨日の夜に裕子さんが『空を見上げたい、風を感じたいんです』とおっしゃった。裕子さんが僕の背中を押してくれて、腹が決まりました」と解説。本番では、田中の無言の芝居にスタッフも息をのみ、一発OKとなった。田中のキャスティングは白石が熱望したもので、彼女のスケジュールが空くまで約2年待ったほど。すでに撮影の3分の2が終わっていることから白石は「台本をめくりながら(終わっていく)寂しさが何より大きい」と明かし、「裕子さんが物語の背骨として家族を導いてくれている」とその演技を絶賛した。
続いてはそんなこはるを、勝手口から3兄妹がのぞくシーンを撮影。佐藤は初めて自ら無精ひげを生やし、髪はオールバックというやさぐれた風貌で現場へ。そして鈴木はこの役のために吃音を学び、松岡はブリーチ混じりの髪に薄い化粧という生活感の濃い出で立ちで撮影に挑んだ。同シーンでは、こはるを最初に見つける大樹、こはるに駆け寄る園子、そして最後に顔を出す雄二といったように、それぞれの振る舞いが母との距離感を表している。白石は彼らについて「演出していてとにかく楽。……という言い方は失礼かもしれませんが(笑)。皆さん上手だし、見せ方も知っているし、映画のこともわかっている。僕が見えていないところで本人同士で話し合ってくれていることもあります。僕は兄妹の話を撮るのが初めてなんですが、『兄妹って、久々に会ったらこういう気まずい空気になるよな』といった部分も自然に見せてくれるので、3人に助けられました」と明かした。
そして取材終盤、彼らが家族写真を撮るシーンを撮影。松岡は佐藤の頭に指でツノを作るなど、自由な演技を見せていた。また映画のラストシーンの撮影では、それまで粘ったこともあって、偶然日没のマジックアワーの時間帯に。この撮影を終えた白石は「今日は欲しい画が撮り切れました! 健くんもこの映画のクライマックスとして素晴らしい表情をしてくれたので、まさにこの映画のラストにふさわしいものになった」と満足げに述べる。本作について白石は、改めて「もちろんどの作品も自己最高傑作になるつもりで作っています。でも今回は特に、毎シーン発見や感動があって、本当にいい手応えを感じています」と自信をのぞかせた。
「ひとよ」は11月8日より全国でロードショー。
※高橋泉の高は、はしごだかが正式表記
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