坂本和隆×髙橋信一インタビュー|Netflix10周年、躍進の裏には“リスクを許容する”文化とコンテンツ作りへの情熱があった
各ジャンルのベスト・イン・クラス=もっとも優れた作品を生み出し続ける
2025年12月5日 11:30
エンタテインメントに特化した世界最大級の動画配信サービス・Netflixが、2025年9月に日本でのサービス開始から10周年を迎えた。同じく2015年に誕生した映画ナタリーでは現在、10周年企画を展開中。その第6弾として、Netflixコンテンツ部門バイスプレジデントの坂本和隆、Netflixコンテンツ部門ディレクターの髙橋信一にインタビューを実施した。
Netflixはこれまでに「全裸監督」「今際の国のアリス」「地面師たち」「イクサガミ」といった数々のオリジナル作品を世に送り出し、日本のエンタテインメント業界に大きな衝撃と変革をもたらし続けてきた。その躍進の裏には、どのような戦略と情熱があったのか。プロデューサーとしての顔も持つ坂本と髙橋が、これまでの歩みとコンテンツ作りの哲学、そして未来への展望を語る。
取材・
坂本和隆(サカモトカズタカ)プロフィール
1982年9月15日生まれ、東京都出身。2021年6月からNetflixコンテンツ部門バイスプレジデントとして、Netflixの東京オフィスを拠点に、日本発の実写とアニメ作品のコンテンツ制作およびビジネス全般を統括。2015年、日本における最初の作品クリエイティブ担当としてNetflixに入社。「全裸監督」「今際の国のアリス」「First Love -初恋-」「サンクチュアリ -聖域-」「幽☆遊☆白書」といった多くの作品でエグゼクティブプロデューサーを務めた。
髙橋信一(タカハシシンイチ)プロフィール
1979年7月4日生まれ、静岡県出身。現職はNetflixコンテンツ部門ディレクター。2020年、Netflixに入社。以降、日本発の実写コンテンツにおいて企画選定から製作・編成まで広く担当。これまでに「浅草キッド」「シティーハンター」「地面師たち」「極悪女王」などの作品を製作。
Netflix10周年スペシャルムービー「次のエピソードへ」
振り返ると本当にあっという間の10年だった(坂本)
──日本でのサービス開始から10周年、おめでとうございます。奇しくも、Netflixと同じく映画ナタリーも今年で10周年を迎えまして、ぜひこの機会にご一緒できればと思い、このたびのインタビューを企画しました。よろしくお願いします。
坂本和隆 それはおめでとうございます!
髙橋信一 こちらこそ、よろしくお願いします。
──まずは率直に、10周年を迎えられた今のお気持ちからお聞かせいただけますでしょうか。
坂本 僕の入社がちょうど10年前なので、自分自身の歩みがNetflixの道のりとオーバーラップするところも大きくて。振り返ると本当にあっという間の10年だったなというのが率直なところです。これまで全速力で走り続けている一方で、「まだまだこれからだ」という気持ちも強く感じています。
──体感としては「まだ10年」ではなく、「もう10年」なんですね。
坂本 そうですね。「もう10年経ったのか」という感覚です。入社した頃は、そもそもNetflixのようなストリーミングサービスが日本でどのように根付いていくのか、あるいは根付かないのか未知数だったので、「今日が最後の1日かもしれない」という気持ちで生きていたところもあって(笑)。だからこそ「後悔なくやりたい」という気持ちが強かったですし、改めて振り返るとその積み重ねがあっという間の10年になったのかもしれません。
──後悔のない毎日だったんですね。髙橋さんはいかがですか?
髙橋 僕が入社したのは2020年なので、Netflixでのキャリアは坂本の半分になります。僕の場合、入社してすぐに「日本での会員数が500万を突破しました」というニュースが出て。入社したばかりだったのであまり実感は湧かなかったのですが、2024年上半期には「1000万を突破しました」と。その道のりについては、坂本と同じく「あっという間だったな」という感覚もありつつ、一方で、ようやく自分がやってきたことの成果や実感が湧いてきた感じもありましたね。
──約5年間弱で500万から1000万に会員数が増えたというのは、やはりすごいことです。
坂本 正直、中にいるとあまり会員数の増減を気にすることがなくて……。あくまで通過点として「超えたんだな」と感じる部分が大きいです。みんなで「次は1000万を目指すぞ! おー!」みたいな雰囲気で走っているわけではないですから。
──そうなんですね。Netflixはいわゆる外資系企業ですから、実はゴリゴリの企業戦士たちの集まりだったら面白いな、なんて。
坂本 いやいや(笑)。もちろんいろいろなタイプの人がいますし、“結果”に対してシビアな一面もありますけど、でも割と和気あいあいとした職場ですよ。
──なるほど。髙橋さんは会員数の増加についてはどう感じられていますか?
髙橋 僕も坂本と同じで、会員数という数字そのものはそこまで意識していません。それよりは、観ていただいているお客様の声や、コンテンツ業界の声も含めて、それが徐々に大きく、強くなってきているんであればうれしいなと。そうなれるように日々がんばっている感じですね。それでも、まだまだ道半ばという感覚は持っています。
全スタッフ、全キャストが「全裸監督」の話をしていた(髙橋)
──10年前は、Netflixが独自に製作するオリジナル作品に日本で本格的に乗り出す前で、数年の準備期間があったかと思います。その中で、オリジナル作品にチャレンジしようという機運はどのように高まっていったのでしょうか。
坂本 Netflix作品の製作は、平均で2年から3年ぐらいの時間を掛けているんです。なので、日本でサービスが開始したときもすでに仕込んでいる案件はあったのですが、最初の時期はライセンスビジネスが中心でした。パートナーの方と組んで作品を購入させていただく戦略からスタートして、その準備期間を経て、最初に出始めたのが「全裸監督」(シーズン1 / 2019年8月8日配信)という流れになります。当時はまだNetflixは知名度ゼロからのスタートだったので、最初の2、3年は、いろんなパートナーの方とひざを突き合わせながら、我々のやりたいビジョンを伝えることを重視していました。それからオリジナル作品が出始めたことで、ようやく「あ、こういうことをやっていくんだな」という認知が広がっていった感覚です。
──やはり「全裸監督」の登場は大きかったんですね。「これは地上波では絶対に作れない」という、まさにNetflixでしか観られない作品だなと衝撃を受けた記憶があります。この反響は狙っていたのでしょうか?
坂本 そうですね。特に日本という国は、ドラマや映画などのコンテンツをテレビで無料で観ることができて、それが当たり前の世界なので、有料でサービスを楽しんでいただく皆さまにはやはり「ここでしか観られないもの」という付加価値を提供する必要がある。Netflixだからこそ作れる物語はどこにあるのか、日本の視聴者の皆さまにまだ伝えられていない物語は?という視点で探っていったのが「全裸監督」でした。
──当時、映画業界にいらっしゃった髙橋さんから見ても「全裸監督」のインパクトは大きかったですか?
髙橋 大きかったですね。「全裸監督」が配信された時期、僕はちょうど映画の撮影をしていたんです。全スタッフ、全キャストが撮影の合間に必ず「全裸監督」の話をしているような状況でした。どれだけ映画がヒットしたとしても、そこまでの現象ってなかなか経験がなかったので、そのインパクトは今でもすごく覚えています。振り返ってみると、アメリカの「ハウス・オブ・カード 野望の階段」や「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」のような作品が出てきた衝撃と、「全裸監督」が日本で誕生した衝撃が点と点でつながっていく感じがして、業界的なインパクトとしてものすごく大きかったんだろうなと思います。
坂本 髙橋もまさに「全裸監督」があったからこそ、うちに来てくれたわけで……。
──「全裸監督」がきっかけで入社されたのですね。
髙橋 直接のきっかけはそうでした。ただ、坂本とは一度撮影現場で会ったことがあって、そのとき受けたポジティブな印象も大きかったんです。
坂本 そうそう。僕が「今際の国のアリス」(シーズン1 / 2020年12月10日配信)を撮影していたとき、髙橋が
髙橋 坂本からいろいろと話を聞いて、「制作環境もいいなあ」と(笑)。
──なるほど。
坂本 髙橋は企画を引っさげて来てくれたのですが、それは
──ちなみに、髙橋さんが「全裸監督」を観て感じた可能性や魅力というと、どんなところでしたか?
髙橋 正直、全部ですね。僕は映画畑でやってきた人間なので、エッジーなテーマを扱うこと自体は可能ですし、経験もある。ただ、エッジーな作品であればあるほどニッチに、小さく作らなきゃいけないという感覚が僕の中にはありました。それをちゃんと大きなエンタテインメントとして、制作環境も含めてしっかりと作られている「全裸監督」のようなケースは、僕はこれまで出会ったことがなかった。もちろん美術や衣装などの作り込みもそうですし、名だたる俳優たちがしっかり向き合っていることにも衝撃を受けました。
Netflixには“リスクを許容するカルチャー(文化)”がある(坂本)
──坂本さんにお伺いしたいのですが、なぜ「全裸監督」にあれだけの予算を投じる振り切った挑戦ができたのでしょうか。
坂本 いろんな要素が重なった結果ですが、やはりNetflixに“リスクを許容するカルチャー(文化)”があったことは大きいです。もちろん当時は「本当に成果を出せるのか?」という懐疑的な見解もありましたが、僕たちがやりたいことは既存の統計学では弾き出せないところもあって……。その新しい基準を作っていく作業でもありました。なので、最終的に会社が「そんなに言うなら、やってみよう」とリスクを許容してくれたのは本当に大きかった。それが、この10年間におけるNetflix最大の強みだと思います。
──素朴な疑問ですが、Netflixのプロデューサーというのは、例えば劇場映画のプロデューサーと比べて役割に違いはあるのですか?
髙橋 少し似ているものの、似て非なるものですかね。劇場映画の場合、お客様に劇場まで足を運んでもらうハードルがあるのに比べて、僕たちは月額サービスとして“会員であり続けていただく”というハードルがある。だからこそ「Netflixでしか観られない作品ってなんだろう」ということを、より突き詰めて企画を考えています。
──リアリティへのこだわりも、Netflixオリジナル作品の大きな特徴の1つだと思います。髙橋さんの「浅草キッド」でもそれが顕著でした。
髙橋 そうなんです。劇団ひとりさんが以前に撮られた「青天の霹靂」(2014年5月24日)という映画も、実は「浅草キッド」と同じ時代の浅草を描いていますが、アプローチはまったく違う。「浅草キッド」では、可能な限り当時の浅草を再現しています。僕がこれまでやってきたアプローチは「青天の霹靂」のようなやり方だったので、それは驚きましたね。坂本から「作品にとって本質的に必要だったら、やればいい」と言われたのをすごく覚えていて……。「え? 浅草のセットを作ってもいいんですか!?」と。ただ僕は貧乏性なので、「五叉路だけにしておきましょう」みたいな話をしたのを覚えています(笑)。
──(笑)。
髙橋 これには劇団ひとりさんも「本当に作っていいんですか?」とびっくりしていました。そうやって挑戦することでクリエイターも面白みを感じてくれる。まあ、裏を返せば「その代わり、ちゃんと結果出してね」ということでもあるんですけど(笑)。でもそれはすごくうれしいことですよね。
関連する特集・インタビュー
関連記事
岡田准一のほかの記事
リンク