イラスト / 徳永明子

映画と働く 第16回 [バックナンバー]

映画館Stranger代表:岡村忠征 / 45歳を過ぎたときに表現者になりたいと思った

デザイン会社設立を経て、“映画へのリベンジ”としてStrangerを開業

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1本の映画が作られ、観客のもとに届けられる過程には、監督やキャストだけでなくさまざまな業種のプロフェッショナルが関わっている。連載コラム「映画と働く」では、映画業界で働く人に話を聞き、その仕事に懸ける思いやこだわりを紐解いていく。

第16回では、映画館・Strangerの代表である岡村忠征にインタビューを実施した。18歳でジャン=リュック・ゴダールに衝撃を受け映画監督を目指すも挫折し、その後はデザイン会社の社長として活躍していた岡村。しかし“映画へのリベンジ”として2022年9月、東京・菊川にStrangerをオープンさせる。映画館の開業にはどのような思いがあったのか?

取材・/ 小澤康平 題字イラスト / 徳永明子

岡村忠征の履歴書。

岡村忠征の履歴書。

45歳を過ぎたときに表現者になりたいと思った

──岡村さんは2022年9月に東京・菊川に開業した映画館・Strangerの代表を務めています。また2011年にはデザイン会社のアートアンドサイエンスを設立し、その代表取締役でもいらっしゃいます。ミニシアターは一般的にものすごくもうかる事業ではないと思いますし、ビジネスとしては、いばらの道の可能性も想定されたと思うのですが。

そうですね、一発当てて大金稼ぐぞ!みたいなことではないです(笑)。飯田橋のギャラリー・Rollを立ち上げた藤木洋介という友達がいるんですけど、そういった自分のクリエイションに打ち込む仲間を見ていて感化されたんですよね。僕は表現者ではなくデザイン会社の経営者という感じで、ビジネスパーソン寄りでした。でも45歳を過ぎたときに表現者になりたいと思ったんです。

岡村忠征(右)とStrangerのスタッフ。

岡村忠征(右)とStrangerのスタッフ。

──そこで映画館という事業を選んだのは、映画への情熱があるからですか?

約30年前、18歳のときに(ジャン=リュック・)ゴダールの映画を観て、鮮烈な印象を受けました。そのときに「これだ!」と思って映画監督になる意志を固めたんですが、どうやってなったらいいのかがわからなくて。ジム・ジャームッシュの「ストレンジャー・ザン・パラダイス」を観て「こんな撮り方もあるのか」と思い、8mm映画を撮っている先輩を手伝ったりはしていましたが、自分と映画をどうつなげばいいのかは見えていませんでした。当時はゴダールのリバイバル上映やジャン・ルノワールの回顧展が東京でやっていて、上京しないと観られない映画もたくさんあったので、20歳のときに東京に行ったんです。渋谷にあった映画館シネマライズでもぎりをしたり、東京国際映画祭の事務職をやったりしながら、1期生として映画美学校に入学しました。その後は黒沢清監督の「ニンゲン合格」「カリスマ」やテレビドラマ、Vシネなどの現場スタッフとして20代後半までを過ごしていたのですが、非常に忙しくて映画を観る暇も本を読む暇もなく、仮に「映画を撮っていいよ」と言われても自分らしい作品は撮れないなと思ったんですよね。何か別の形で映画に関われないかと考えている中、ちょうどデスクトップパブリッシングという言葉が出始めて、Macがあれば自分で書籍や雑誌が作れるようになった。最初は映画雑誌を作るつもりでデザインを勉強し始めたんですが、そのうちデザイン自体にハマっていって。34歳のときに会社を作って、それからはずっとハードワークだったので、正直その間は映画をあまり観ていませんでした。

──ここ数年の間に、また映画に関わりたいと思ったきっかけがあった?

小さい試写室に映画を観に行ったことがあったんです。30席くらいだったんですが、これくらいの規模だったら自分にも作れるかもしれないと思って。若い頃は映画を作りたいと思っていたけどうまくいかず、現場で大変な思いをしたこともあります。ある意味、映画で1回挫折してるんですよ。そういう自分の人生経験を踏まえたときに、映画にリベンジしたいと思いました。自分のオリジンである映画とブランディングを組み合わせて、現代的にアップデートされた映画館を作れば、何かブレイクスルーを起こせるんじゃないかと考えたのが始まりです。

Stranger内観

Stranger内観

人の数に対して便器の数が決められてる

──映画館を作ろうと考え始めたのはいつ頃ですか?

2021年の10月頃です。

──そこから1年と経たずしてStrangerをオープンさせたんですね。楽しいことも苦しいこともあったと思うのですが、映画館を作るのはどんな体験でしたか?

正直苦しいことのほうが多かったですね(笑)。まず物件がなかなか見つからない。興行場法で厳しく規制されているので、いい物件があったからといってそこを映画館にできるわけではないんです。

──どんな規制があるんですか?

住宅地域、商業地域、工業地域という用途地域の区分があって、住宅地域には作れないんです。例えば代官山って商業的なエリアに見えますが、用途地域において駅前はほとんど住宅地域なんですよ。だから映画館は作れない。あとは文教地区には作れないので、学校が近いとNGだったり。

──そこまで厳しい規制があるんですね。

映画館って1950、60年代はすごく不衛生で治安も悪い場所だったんです。劇場の端っこで小便をしている人がいたり。不衛生かつ人が多くて、病気が蔓延しやすい場所だったので今でも規制が強い。やたら便器の多いシネコンってあると思うんですけど、あれって入る人の数に対して便器の数が決められてるんですよ。今は昔のように不衛生ではないし、入れ替わりで使用するのであんなに必要ないかもしれないんですけどね。あとは避難するときに倒れると危ないから椅子は固定されていないといけなかったり、通路足元の光のルクス(照度)まで決められていたり。まれに「Strangerは足元の光が明るい」とクレームがあるんですが、法律で決められているので変えられないんです。

──当たり前かもしれませんが、法律をきっちり守ってStrangerを運営されているということですね。

「岡村さんは正攻法だよね、真面目だよね」とよく言われるんです。それがいいのか悪いのかはわからないですが(笑)。でも自分のブランドとして、東京の映画館としてしっかり認められたいと思ったときに、ちゃんとすべきところをしていなかったら恥ずかしいじゃないですか。なので週5勤務の人は全員正社員として雇っていますし、ブラックな労働環境にもしたくない。「正々堂々やってます」と自分なりの自信を持っていたい気持ちはあります。

Stranger外観

Stranger外観

理想の上映ラインナップを考えたとしても……

──2022年9月のオープンから半年以上が経ちましたが、今の率直な心境を教えてください。

もう少し映画館ビジネスについて学んでおけばよかったというのが、正直なところです。

──そう思わされた出来事があったんですか?

映画業界って人脈の世界なんですよ。オープンしたときは配給会社とのつながりがまったくなくて、あの作品を上映したいと思ってもつてがない。配給会社の担当者にやっとたどり着いてメールを送っても、なかなか返信が来ないこともありました。49席という規模のStrangerでかけさせてもらえる映画とかけさせてもらえない映画があるということを、わかっていなかったんです。今はわりといろいろな映画を上映できるようになりましたが、最初は作品の調達に本当に苦労しましたね。

Stranger内観

Stranger内観

──配給会社の希望額を払えば上映できる、という単純な話ではないということですよね?

はい。まずは映画館として信頼してもらわないといけません。調達の仕方で言うと歩率とフラットという2種類あって、歩率は配給会社と映画館で収益を割るパーセンテージを決めておき、上映終了後に興行収入を分配するやり方。フラットは1週間何万円みたいに、配給会社に支払う金額を決めて仕入れる方法です。基本的には歩率のほうが配給会社に入るお金は多いので、例えばうちが「フラットでこの作品を上映させてほしい」と言っても、「数カ月先までは無理です」ということがあったりします。あとはエリアがかぶっているミニシアターで同じ作品を同時期に上映することは少なくて、劇場が配給会社に「うちで上映が終わるまではほかでかけないでほしい」と伝えることもある。そのようにいろいろな事情があるので、頭の中で理想の上映ラインナップを考えたとしてもその通りにはいかないですね。誰が悪いとかではなく、配給会社としては多くの人に観てもらえるシネコンで上映したいのは当然だし、ミニシアターのスタッフが自分のところで作品を観てほしいと思うのも普通のこと。その中でStrangerをどうブランディングしていくかというのが僕の課題です。

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今あるパイをどう分けるかではなく、広げたい

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磯田勉 @isopie_

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