夢のマイホームへと引っ越した一家が、家に棲みつく少女の霊によって次々と不審な死を遂げていくホラー映画「サユリ」。絶望的な状況の最中、認知症だったおばあちゃんが覚醒する……! 思いがけない展開で映画ファンの心をつかんだ本作のBlu-ray / DVDが3月19日に発売された。
押切蓮介による同名マンガを実写化したのは、「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!」シリーズや「貞子vs伽椰子」などでJホラーの常識を覆し、今年は映画「近畿地方のある場所について」の公開も控える白石晃士だ。映画ナタリーではソフトの発売を記念し、オーディオコメンタリー収録直後の白石にインタビュー。恐ろしいだけのホラーにはとどまらない、観ると元気になるエネルギッシュな「サユリ」の見どころを語ってもらった。映画を観た人は絶対に忘れられない“あの問題のセリフ”の由来とそこに込めた思いも明らかに。ネタバレ全開のため、鑑賞後に読むのがお勧め!
取材・文 / 奥富敏晴撮影 / 間庭裕基
ホラー映画「サユリ」Blu-ray / DVD予告編公開中
あの“問題のセリフ”の由来は…?
──今回、Blu-rayの特典として白石監督、脚本の安里麻里さん、プロデューサーの田坂公章さんによるオーディオコメンタリーが入ります。先ほど収録を終えたばかりとのことですが、いかがでしたか?
本編を流しながら、思い付くままに話してました(笑)。この作品の中に、映画オリジナルの“問題のセリフ”があるんですけど、それがどこから由来したものなのか、とか。それぞれの役者さんの現場での印象や、「実はこのシーンの裏でこんな苦労がありました」みたいな話もしてますね。
──そのセリフの由来の部分だけ、ぜひこの場でも教えていただきたいです。目の前にサユリがいる状態でおばあちゃんに「なんか言え」と言われた則雄(南出凌嘉)がとっさに言う強烈な言葉でした。
私の体験として……小学生の高学年のときに校庭で遊んでたら、友達の女の子が近付いてきて「ねえねえ白石くん」ってニヤニヤしながら「“元気ハツラツ××××まんまん”ってどういう意味?」って聞いてきたんですよ。滑り台の中にいた私は「いやあ、知らんけどぉ」って誤魔化したんですけど(笑)。たぶん私の困った顔を見たくて、そういうふうに言ってきたんだと思います。
──実際に現実で言われたことのある言葉なんですね。
その言葉は本当に強烈で、ずっと心に残っていて。高校生のときは生徒会に入ってたんですけど、同級生から「最近、金縛りにあって怖いっちゃんねー」と相談を受けたんですね。それを聞いたときにピーンときまして、「じゃあ今度金縛りにあったら、元気ハツラツ××××まんまんと言ってみて。言えなかったらせめて心の中で唱えてみて。そしたら絶対金縛り解けると思う」と伝えて。そしたら、その人は二度と金縛りに遭わなかったらしい。小学生以来、口に出したのは高校生のときが初めてでした(笑)。
──本当に何かに効いた実体験もあるとは驚きです。
脚本を書いているとき、その言葉を思い出したんです。要は幽霊を怖い存在として受け入れるのって、こっちの精神状態もシリアスじゃないと、受け入れられない。だから、そのシリアスなルールに乗っからなければいいとは、昔から思ってました。もう戦わずして勝つと言うか。そうそう気軽に口にしてはいけない言葉だと思うんですけど、「これだったらサユリに効くんじゃないか」と中学生の則雄が、直感で出した言葉としてはすごくいいんじゃないかと思ってます。
──ちょうど訃報が報じられたばかりの谷川俊太郎さんが「なんでもおまんこ」という詩を書かれてるんですが、それに通じるような生命力の強さを感じました(取材は2024年11月19日に実施)。
おちんちんの詩もありますよね(笑)。もちろんこういった俗語は侮蔑的な意味合いが強いと思うんですけど、同時に相反する生命力の豊かさも込められていると感じるんです。あの言葉にはそういうカオスな力があると思います。動物である人間として、法律や人権的な規範に縛られないような、そういうところから外れた力強さみたいなものが、あの言葉に乗っけられるんじゃないかと思ってました。
──おそらく、この言葉があることで怒る人、この映画が嫌いになる人もいますよね。
それは思いました。怒った人はいると思います。でも、すべての人に愛される映画は作れない。それはもうしょうがないというか、当然のこととして思っています。性的なことに関しても、映画ではかたや性虐待を描いていて、かたや思春期の男女の性的な思いがある。邪悪なものと、健全な性への興味。それが1つの作品の中で、ある意味ぶつかり合うというか、一緒に存在している。割り切れない部分もあるんですけど、割り切れないからこそ、1つの映画の中で描きたかった思いがあります。
幽霊には「勝ちたい」
──そもそも白石監督が押切蓮介さんによるマンガ「サユリ」を映画化したいと思った理由はなんだったんですか?
さっきの話にも通じますが、原作が幽霊に対して生命力で対抗する、命の力強さを描いた作品でした。前半は、ただただ人間がやられ続けるJホラー路線の作風。後半はおばあちゃんが覚醒して幽霊に復讐していく物語になる。私が監督した「カルト」「貞子vs伽椰子」にも似ている気がして、もう「自分がやるしかないな」と。日本で私より面白く映画化できる人は絶対にいないという自信がありました(笑)。
──押切さんは原作のあとがきの中で「邦画のホラー映画はいつもいつも負け戦でスッキリしないことが多い」「人間側がオバケに対して一矢報いる邦画のホラーは出ないものか」と書かれてますね。
私も、むしろ気持ちは同じ。もともとJホラー的なものが、正直、好きじゃないんですよね。怖さは認識できるんですけど、感覚的に自分の好みではなかった。もちろん、その表現が考え抜かれたものだから世界に派生したし、リスペクトはあります。ただ、押切さんも書かれているように「ただただ人間がやられて、ハイ、おしまい」みたいなものには、あまり納得がいかなくて。
──映画化に際して白石監督も「停滞しているJホラーをぶち壊す。新時代のホラーを目指しました」とコメントされてます。
ホラーに対する世間一般の認識って、なんだかジメッとしていて、人間が最後にやられてしまうというのが強いでしょ? 「いやいや、そうじゃないホラーもありますよ!」と。自分が観てきたハリウッドや海外のホラーには、必ず対決があった。みんなが楽しめるような「霊的な存在と対決するホラー」も受け入れてほしい気持ちがあって。そして基本的には勝ちたい(笑)。対決したうえで人間がやられたとしても、やっぱりギリギリまで抵抗する、命の力強さみたいなものをしっかり見せつけるのが自分は好きなんです。
──根岸季衣さんのおばあちゃんを見ていると、オバケに一矢報いる人間として「コワすぎ!」シリーズの名物ディレクターである工藤も連想しました。
重なる部分はすごく多いと思います。もともと自分がホラーではなく、バイオレンス映画を作りたいと思っていた人間なので。ホラーも暴力の不条理さのメタファーと言うか、そういう表現としてならホラーも作れると思ってやってきました。根っこには暴力、フィジカルのぶつかり合いがあるので、それを描くことに興味がある。
──ただ、フィジカルの暴力は幽霊のホラーで表現するのは難しいですよね。こちらの攻撃は当たらないと言いますか、効かない気がしますし、相手からの攻撃も心理的なものに思えてしまう。
そうなんですよ。ただ、見え方として暴力的にすることはできる。今回の「サユリ」では前半の恐怖シーンで、サユリがバールを使って人を殴り倒すところがあります。実際に殴られた痕はないんだけど、殴られた人は心臓麻痺で死んでしまう。そういう描き方はできると思って。おそらく原作よりも暴力的な雰囲気は強くなってるんじゃないかなと思います。
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