サスペンス・ホラー「ロングレッグス」で作家・背筋が見た唯一無二の殺人鬼とは?Jホラーと共通する怖さも語る

マイカ・モンローとニコラス・ケイジが共演したサスペンス・ホラー「ロングレッグス」が3月14日に公開される。

新人FBI捜査官リー・ハーカーが、一家連続殺人事件の真相に迫るさまを描いた「ロングレッグス」。過去30年間にわたって起きた10の事件には「父親は家族を殺害したうえで自殺」「犯行現場に暗号で書かれた“ロングレッグス”からの手紙が残されている」という共通点があり、リーは事件を解決するために奔走する。モンローが並外れた直感力を持つリー、ケイジが正体不明の殺人鬼ロングレッグスに扮した。

映画ナタリーでは小説「近畿地方のある場所について」などで知られる新鋭のホラー作家、背筋にインタビューを実施。ひと足先に本作を観た背筋は、ロングレッグスという殺人鬼をどう解釈したのか? 観客をミスリードするような物語構造を分析し、Jホラーとの共通項も語ってくれた。

取材・文 / 田尻和花撮影 / 間庭裕基

映画「ロングレッグス」予告編公開中

ロングレッグスは“ジョーカー”を先鋭化させた唯一無二の殺人鬼

──まずは率直に本作はいかがでしたか?

楽しく拝見しましたし、「ニコラス・ケイジの映画だな」と感じました。彼が出ている映画「カラー・アウト・オブ・スペース―遭遇―」が好きで、もともとファンだったのですが、「ロングレッグス」もまさにニコラス・ケイジ節が出ている映画で。ご本人がすごくノッていたのかなと(笑)。エグさがほとばしっているときのニコラス・ケイジが見られて興奮しました。

背筋

背筋

──ニコラス・ケイジは今回、陰惨な連続殺人鬼ロングレッグスを演じています。背筋さんは普段からさまざまな映画を観られているそうですが、ロングレッグスはこれまでの殺人鬼と比べてどうでしたか?

“尖りまくったジョーカー”のように感じましたね。特殊メイクをかなりしっかりしているので、実は途中までニコラス・ケイジだと気付いていなかったんです。最初に登場したロングレッグスを見て「この人おじさん、おばさん、どっち?」というところから始まりました(笑)。見た目が衝撃的だと出オチになりがちですが、中身のヤバさが見た目を超えてきました。奇怪な風貌が、常人には理解できない彼なりの思想や哲学に由来しているものだとわかる。ただの怪人にとどまらない奥行きみたいなものを感じさせられます。途中で雑貨店に入って変な動きをしたり、店員とのミスマッチな会話シーンがあったりと、そういったある種世界との“ズレ”も引っくるめて「うわあ、ヤバい」と。今まで見てきた殺人鬼のキャラクターと一緒じゃないからこそ興奮しました。観た心地としては「羊たちの沈黙」や「セブン」に近いようにも思いましたが、その中の殺人鬼とも違いますし。やはり、こういった形のサイコなキャラクターってあまりいなかったような気がしていて。さっき言ったように、ジョーカーを先鋭化させた、唯一無二の人物として受け取りました。

──主人公のFBI捜査官リー・ハーカーを演じたマイカ・モンローは新たなホラーヒロインとして注目されています。

「ロングレッグス」より、マイカ・モンロー演じるリー・ハーカー

「ロングレッグス」より、マイカ・モンロー演じるリー・ハーカー

マイカ・モンローは「イット・フォローズ」のときとけっこう印象が違っていて、今作では少し危うい感じの演技をされていましたね。近年珍しいくらい、感情移入ができないホラーの主人公だなと思いました。リーが何を考えているのかもいまいちわからないし、超能力と言えるほど勘が鋭い役ですし。「リング」の松嶋菜々子のように、陰(いん)の雰囲気があるキャラクターを主人公にするという点では、日本のホラーっぽい感じもありました。アメリカ映画の主人公は、若くて走り回る元気な女性のイメージがあって(笑)。でもリーは過去も説明してくれないし、電話でお母さんとボソボソしゃべっているのを見ても「このお母さんって本当にいる人?」と疑いたくなるほど、なんだか信用できない主人公だなと感じて、だからこそ新鮮な逆張り感があった。映画の構造は「セブン」を意識しているんじゃないでしょうか?

──監督のオズグッド・パーキンスは、影響を受けた作品に「セブン」も挙げているようです。

なるほど。「セブン」は儀式殺人で、ミステリーのほうに落としていく感じですよね。ただ今作をそういった手触りを想像しながら観ていくと、オカルトのほうに転んでいく。別に対抗しているわけではないと思うんですが、意識はされているんだろうなという印象を受けました。

アメリカのホラー映画としては斬新!奇妙な不穏さ、Jホラーのような雰囲気

──この作品は北米公開時、「この10年でいちばんこわい映画」とも評されています。劇中で一番ゾッとした部分はどこですか?

リーは森の中のログハウスのようなところに住んでいるんですが、まずそこが意味がわからなくて怖い(笑)。どうしてあんなところに1人で住んでるの?と。私はリー・ワネル監督の「透明人間」という映画が大好きなんですが、その登場人物は全面ガラス張りの家に住んでいて、ここも「どういう家なの?」という違和感があるんです。そういった不穏さがあのログハウスにも醸し出されている気がしています。明かりもあまりついていなくて暗い。そこでお母さんと電話するシーンでは、扉をノックする音が突然聞こえるじゃないですか。

──かなり緊張感のあるシーンでしたね。

アメリカ映画的な文法でいくと、そこでワッと何かが出て来るわけですが、この作品はそうじゃない。そこにもJホラーのような雰囲気を感じたんですよね。「ロングレッグス」が持っている奇妙な不安さ、不穏さがあのシーンにぎゅっと凝縮されているような気がします。静かだけど怖い、でも何かいるじゃないですか? 主人公の後ろにも。

──実はそのシーンを含め、劇中には何体もの“あるもの”が出てきているんですが、気付かれたんですね。

一応気付きました(笑)。ああいった映し方も含めて、なんだか“黒沢清節”を感じるというか……。結局はっきり出てこないところも込みでアメリカ映画としては斬新に感じて、だからこそ怖い。ニコラス・ケイジの派手な演技と相まって、そのギャップが恐ろしいのかなと感じました。

前半のミスリードが巧み、実はしっかり計算して撮られたホラー

──物語では暗号で書かれた手紙も大きなエッセンスになっていて、誕生日を迎える女の子の一家が事件に巻き込まれていくというルールもあります。そういったミステリー要素はどう見ましたか?

今おっしゃったように暗号や何かしらの法則性があると、物語的にはミステリー寄りになるわけです。作品の前半は意図的にミステリーっぽく見せていると思います。でも暗号を解く様子を我々にはあまり見せてくれないし、「次はあそこへ行くぞ」という目的地を決めるまでのスピードがかなり速い。目的地までの過程をすっ飛ばして、着いたらその場所での出来事をめちゃくちゃねっとりと撮っています。例えば玄関のドアを開けて廊下を歩くといった、普通なら1、2分で済むようなところを長く見せている。それってすごくホラー的な撮り方なので、「ミステリー調ですよ」という前半の見せ方、構造が上手にミスリードとして使われているんじゃないかと。やはり、しっかりホラー的な撮り方をしている作品だと思いますね。むしろミステリーに重きを置いていないからこそ、このダイヤルをひねれば解ける!みたいな謎解きシーンは見せる必要はないと考えているんじゃないでしょうか。

「ロングレッグス」より、暗号を分析するリー・ハーカー

「ロングレッグス」より、暗号を分析するリー・ハーカー

──謎解きに関しては、懇切丁寧というわけではないですよね。でもそれが逆に関心を引いたようで、アメリカの観客はめちゃくちゃ考察を繰り広げているらしいんです。

なるほど。

──現場に残されたロングレックスの暗号の手紙は1枚1枚内容が違っていて、劇中にあるヒントを見ながら皆さん解いているようです。

とすると、やっぱり隠されたメッセージみたいなものがきちんとあると理解していいものなんですか?

──ちゃんと作られているようですよ。公式では発表していないですが、映画のファンたちが暗号も独自に解読しているようなので、手紙の内容も調べたらわかるんじゃないかと思います。

へえー。実は私あんまり考察とか得意じゃないんですよ。

背筋

背筋

──意外ですね。それこそ背筋さんの作品を読者はすごく考察していると思うんですが(笑)。

そうですよね(笑)。そういった作品を書いてはいますが、私はわりかし観たものをそのまま観て、面白い!と楽しむタイプなんですよね。自分が理解できる範囲でこうなのかな?とは考えますが、熱心に答え合わせもしないタイプですね。友達と映画を観ていても、今のどういうこと?って聞きすぎて、「ちょっと黙ってて」と言われることが多いです(笑)。なので今回もわりかしピュアに「うわ! 怖!」と思いながら観ていました。