新文芸坐 外観(提供写真)

映画館で待ってます 第6回 [バックナンバー]

“面白いことをなんでもやる”名画座:東京 新文芸坐 前編

「朝、誰もいない場内に入って座るんです。音しないんですよ? でも、“声”が聞こえるんです」

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観客に作品を楽しんでもらうだけでなく、映画の多様性を守るための場所でもある映画館。子供からシニアまでが集まる地域のコミュニティとしての役割を担う劇場もある。

本コラムでは全国各地の劇場を訪ね、各映画館それぞれの魅力を紹介。今回は東京都にある新文芸坐を取材した。2000年12月に名画座「文芸坐」を引き継ぎ、以来21年にわたり多くの映画人から親しまれてきた劇場だ。映写設備の老朽化に伴い1月31日に休館。約2カ月間の改装工事を経て、4月15日にリニューアルオープンを迎える予定だ。

このたびの取材では、長い歴史に幕を下ろすのではなく、新時代の名画座として「進む」ことを選んだ同劇場のマネージャー・花俟良王と営業部 部長 / 支配人の高原安未にインタビューを実施。前編ではこれまでの歩みを紹介し、4月15日掲載予定の後編ではリニューアルの詳細や将来像について話を聞いた。

取材・文・撮影 / 小宮駿貴

新文芸坐 内観

新文芸坐 内観

“面白いことをなんでもやる”のが新文芸坐のスタンス

──21年の歴史の中で印象深いエピソードを聞かせてください。

花俟良王 挙げればキリがないほどありますが、一番古い思い出はチャン・ツィイーの「初恋のきた道」を上映したとき。お客様がめちゃくちゃ入ったんです! あるときには高峰秀子×成瀬巳喜男のコンビの作品を上映することが(客入りの)鉄板でした。邦画が熱かったのは10年くらい前まで。新文芸坐はシニアの方が多いので、出歩く機会が減るとともに邦画の勢いが徐々に落ちていきました。このフェーズの次に勢い付いたのがイベント上映です。応援上映や活弁がそうですね。古い映画の2本立てをやっていると、期せずして追悼上映になることもあります。高倉健さんが亡くなって、ちょうど「新幹線大爆破」の上映があった際はみんなで「ありがとう健さん」とスクリーンに向かって声を掛けていました。

高原安未 常連のおばあさんはノートに毎日観た映画のことを思い思い書いて帰るんです。小さいボロボロのノートに観る前・観たあとのことを書いていて、それを何年も続けられている。三浦春馬さんの追悼上映を組んだ際はたくさんの女性にご来場いただきました。シネコンではなかなかできなくとも、名画座では臨機応変に機会を提供できるんです。

花俟 もちろん追悼上映をするうえでさまざまな葛藤はあります。反対の声もいただきますが、ファンの方が望んでいるのであれば絶対にやるべきだと思っています。やっぱりみんなスクリーンで観たいんですよ。

──ファンの方々の気持ちに柔軟に応えられるのも名画座のいいところですね。

花俟 そうですね。ミニシアターそれぞれに個性があるものですが、260席のキャパシティは大きいと思っています。旧文芸坐は2つスクリーンがあって、今では1つの大きな箱になった。“面白いことをなんでもやる”のが新文芸坐のスタンスで、ふざけたことも含めて皆さんが受け入れてくださった。怪獣映画からホラー映画、文芸映画と全部ひっくるめて「いい体験をしてください」と提供し続けている。その信頼のおかげでここまでやってこれています。

新文芸坐 内観(提供写真)

新文芸坐 内観(提供写真)

「こんなに面白いんだ!」という発見をしてくれることは日常茶飯事

──花俟さんが思う、映画館で映画を観る魅力とは。

花俟 映画って映画館で観るために作られているんですよね。現代の映画は違うかもしれませんが、私たちが上映する古い映画は間違いなく映画館で観るために作られています。それはテレビやスマートデバイスではわからないことがあるから。例えば、エリック・ロメールの「緑の光線」という映画。ラストに水平線に一瞬“緑の光線”が映るんですが、テレビだとそれが見えない。ほかにも、スタンリー・キューブリックの歴史劇「バリー・リンドン」の室内シーンはロウソクの光で撮っていて、映画館ではロウソクで揺れる光が見える。テレビだと暗く潰れて見にくいんですよね。これらのように映画館で観ないと映画として成立しない作品があるんです。また、テレビやVODで何回か観たことがある古い映画を新文芸坐で観て、「こんなに面白いんだ!」という発見をしてくれることは日常茶飯事で、Twitterなどでそのような感想をいただくことが多いです。

──名画座としてうれしい感想なのでは?

花俟 そうなんです。映画館で映画を観る素晴らしさを今の若い世代に伝えるのが使命だと思っています。スマートデバイスで映画を観ることもいいんですが、本来の映画の醍醐味を味わえていないはず。

みんなで笑って泣く、それが映画体験

──映像や音のよさはもちろん、上映後に拍手をしたりしてみんなで娯楽を共有できるのも映画館の醍醐味ですよね。

花俟 みんなで笑って泣く、それが映画体験です。「映画大好きポンポさん」はクラウドファンディングで35mmフィルムを焼いていて、出資者向けに試写室で上映されて以来、ずっと眠ったままでした。そのフィルムを「うちで上映しませんか?」と。せっかくの機会だったので、私がフィルムの缶を持って上映前に前説をしたところ、若い方々がすごい興味を持ってくださったんですよ。質問がある方もいるかなと思い、「上映後にロビーで待ってますから」と言うと、ずらっと列ができていろんなことを話しました。こういうことができるのも名画座ならではです。

高原 35mmフィルムの存在は知っているかもしれないけど、その仕組みを伝える機会ってめったにないですよ。

新文芸坐 内観

新文芸坐 内観

──まだまだ面白いエピソードがたくさんありそうですね(笑)。

花俟 コロナ前は応援上映がいろいろな劇場で開催されていたと思います。「ラ・ラ・ランド」の応援上映をしたとき、「発声可能ですよ」というただの前説ではなく、みんなで踊ってクラッカーをバンバン鳴らすフラッシュモブをしたことがありました(笑)。オールナイト上映では、お節介かもしれませんが私が壇上に出て上映作品を紹介することもあります。

“人の世を坐る(まもる)”名画座として進み続ける

──本当にいろんな思い出が詰まった場所なんですね。

花俟 朝、誰もいない場内に入って座るんです。音しないんですよ? でも、“声”が聞こえるんです。オカルトでもロマンチックなことでもなくて、ここで長く働いていると染み付いた声が聞こえる。この話は別のメディアでしたことがあって、それを読んだ地方の劇場の方から「私も聞こえます」と反響がありました。そういう染み付いたものを大事にしていきたいし、文芸坐を作り上げた先人の思いを受け継いでいきたい。上映後に泣きながら出てくる方を見ると「やったぜ!」と思うんです。誰かの人生が変わった瞬間、その場所に立ち会える喜びは何ものにも代えがたいですね。

文芸坐 外観(提供写真)

文芸坐 外観(提供写真)

高原 歴史を振り返ると、1948年の人世坐からスタートしています。“人の世を坐る(まもる)”と書いて人世坐。お客さまに楽しんでいただける、人の世を坐る名画座としてこれからも進んでいきたいです。人世坐時代は大島渚監督が来てくれていました。

花俟 当時、大島さんの「日本の夜と霧」という映画が、政治的な内容すぎて封切り4日で上映中止になった話があります。人世坐の支配人・三角寛が「じゃあうちでかけよう」と、大島さんの「日本の夜と霧」と「青春残酷物語」を上映したんです。それをずっと恩義に感じている大島さんは、新文芸坐がオープンした際にコメントをくれました。

高原 時代は変われどスピリットは変わらない。受け継いできたものを存在意義としていますが、当時失敗したことは繰り返さないようにしていきたいですね。

花俟 この場所にどんな思いや涙、笑いが染み付いているのか。考えるだけでドラマチックです。

──素敵なお話をありがとうございます。

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新文芸坐 @shin_bungeiza

ナタリーさんに取材をしていただきました!
前半です!

※写真は休館前のものです

https://t.co/vSMrHYkk7N

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