高橋一生が主演を務め、利重剛が「さよならドビュッシー」以来13年ぶりに監督・脚本を担った「ラプソディ・ラプソディ」が5月1日に公開される。神奈川・横浜を舞台に据えた同作は、主人公・夏野幹夫が知らぬ間に正体不明の女性“繁子”と結婚していた事実を知ることから始まる物語。高橋が幹夫、連続テレビ小説「まんぷく」や映画「夜明けのすべて」の呉城久美が繁子を演じたほか、芹澤興人、大方斐紗子、関口和之、池脇千鶴も出演。利重もキャストとして参加した。音楽は世界的ジャズピアニスト・大西順子が手がけている。
このたび映画ナタリーでは公開を記念し、ライター・折田千鶴子によるレビューをお届け。予期せぬ結婚から始まる斬新な物語設定や、“おかしくて愛おしい”登場人物たちの魅力に迫る。
レビュー / 折田千鶴子
映画「ラプソディ・ラプソディ」予告編公開中
個性豊かなキャラクターはこちら!
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夏野幹夫(演:高橋一生)
物語の主人公。パスポート更新のために訪れた役所で、自らの住民票に知らない妻の名を発見する。真面目で優しく“絶対に怒らない男”であり、勝手に籍を入れた繁子にも一生懸命に寄り添う。鼻をこするのが癖。
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夏野繁子(演:呉城久美)
幹夫と籍を入れた張本人で、小さな花屋で働いていたところを幹夫に見つかる。触れるものをみんな壊してしまう“破天荒すぎる”女性で、周囲を常に翻弄。幹夫と幾度となくぶつかる一方、祖母を大切に思う一面も。花のように根の生えた生活をしたいと願っている。
酸いも甘いもすべて愛しく思えてくる人生・人間賛歌
タイトルの響きから受ける“ポップで可愛い世界観”がそのまま全編を包み込む、軽やかで愛すべきヒューマンコメディだ。いや、予想外にヒリッとしたドラマも入り込むのでヒューマンドラマと括る方が正しいかもしれないし、クスッと頬を緩めてキュンとトキめくからラブコメディと呼びたい気もする。要は「人生、楽勝!」とはまるで真逆のビターな現実を描きながら、「そんな人生でも捨てたもんじゃない」とポッと胸が温かくなるスイート感が絶妙なバランスで共存し、人生の酸いも甘いもすべて愛しく思えてくる人生・人間賛歌なのだ。
主人公は、決して怒らない男・夏野幹夫。パスポート更新のため訪れた区役所で、住民票に身に覚えのない「続柄:妻・繁子」という記載を見て仰天する。職員に尋ねても「普通に受理された。婚姻届の開示は無理」と繰り返すばかり。幹夫は警察の手を借りるでもなく、あてもなく自分で“妻・繁子”を探し始め、偶然にも小さな花屋で働く繁子に遭遇。ところが彼女は、触れるものすべてを壊してしまう破天荒な女性だった!
「さよならドビュッシー」以来、なんと13年ぶりの監督作となる利重剛自身によるオリジナル脚本は、まず観る前から興味を引かれずにいられない“掴みの上手さ”が光る。だって、「身に覚えがないのに、いつの間にか結婚していた」だなんて、何がどうなって、そうなった!? しかも、見知らぬ女性に勝手に籍を入れられたのが“高橋一生”というキャスティングも絶妙すぎる。「そんなことが可能なら、私だって結婚したい!」と、ついよこしまな願望から「観なきゃ!」となるファンも多いだろうし、一生さんなら怒り狂わずに話を聞いてくれそう……なんて勝手な妄想も広がる。果たして主人公の幹夫は、まんまその通り、“絶対に怒らない”のだが、ここからの展開が我々観客の予想を軽く超えていく。“掴みはOK”のみならず、好奇心や興味を掻き立て続け、コトの成り行きに目を釘付けにさせるのだ。
不可解な繁子の言動から新たな疑問や謎が…
何しろ穏やかで波風を立てないように生きている幹夫と、不愛想かつ衝動的で行動原理がまったく読めない繁子。まるで正反対の2人が口を開けば、責める方と責められる方の立場がなぜか逆転している。その掛け合いの妙が可笑しい。幹夫も我々も、まず聞きたいのはただ一つ、「なぜ勝手に籍を入れた?」。それに対する、かなり身勝手な繁子の論理を百歩譲って理解すると(その時点で、我々も既に繁子に魅せられている!)、次は「なぜ幹夫だったのか?」と疑問が浮かぶ。そうして不可解な繁子の言動から、「何で?」「どういうこと?」と新たな疑問や謎が生み出されていく。そんな仕掛けにまんまと乗せられて、2人の関係や気持ちの変化をハラハラと見つめているうちに、少しずつ2人のこれまでの人生や過去が明らかになっていき、遂に決定的な瞬間が訪れる──。
詳細は伏せるが、山場シーンはもう胸がジンジン痛くて、思わず落涙を免れない。その決定的瞬間から「2人の関係はきっと……」と予想するが、またも裏切られる。それを難なく可能にするのは、繁子の“予測不能”なキャラの賜物だろう。笑っちゃうくらい不器用で面倒くさくて、でも真っ直ぐな繁子が、可愛くて愛しくてたまらなくなってくる。そんな繁子だからこそ、幹夫がこれまで死守してきた分厚い心のガードをぶち破れたのだろうし、それを幹夫は恐れながらも心の奥底で望んでいたに違いない。
ひりひりした物語をユーモアで包み込み、頭より先に感情を動かしてくれる
一見、正反対に見える幹夫と繁子は、互いに必要としていた“片割れ”だったのではないか。実は出会うべくして出会えた運命の2人ではないか。そう思わずにいられなくなってくる。省エネモードで心穏やかに生きるのも一つの幸せの形だが、それでは変化や成長は訪れない。対して誰かと深く関係することは、面倒で不快で疲れることも多々あるが、知らなかった自分、知らなかった幸せや楽しさ、思いも寄らぬ可能性を呼び寄せる。舞台・横浜を吹き抜ける海風のように、おじけづかずに踏み出す勇気を本作はサラッと呼び込んでくれる。
実は脚本自体は10年以上前に完成していたというが、「時代の空気感に引っ張られて、各キャラクターや脚本を解釈し直す作業をした」と利重監督は語る。加えて「煩悩めいた表現欲が以前より希薄になり、どんな映画になるのか見守っている感じがした」と制作を振り返ってもいて、だからこそ本作の最大の魅力である“軽やかさ”を獲得し得たのではないか。今、作られるべくして生まれた本作は、利重監督の過去作と比べても間口が広く、風通しもよく、ひりひりした物語をユーモアで包み込んで、頭より先に感情を動かしてくれる。
最後に付け加えたいのは、個性豊かなサブキャラと演じる役者たちの上手さ、味わい深さ。幹夫の叔父を演じるのは利重監督自身で、“飄々とした風情”が幹夫と血の繋がりも感じさせつつ、ホッと息をつかせてくれる語り部兼オアシス的な存在だ。繁子の同僚ゲイチを演じる芹澤興人の明るさや裏表のなさも人間を信じたくさせる。また“最強”な存在は何といっても、毒島りずむに扮する池脇千鶴だ。幹夫に密かに思いを寄せる会社の同僚役だが、バッチリメイクもはにかみ笑顔も、いきなりの号泣も、すべてが絶妙すぎる! スピンオフドラマを期待したくなるほどの、魅惑のキャラを作り上げた。念押しに……高橋一生は言うまでもないが、繁子を演じた呉城久美なくしては、繁子がこんな愛されキャラにはなり得なかっただろう。彼女を見るだけでも本作は“めっけもの”だと思わせる、見事なハマり役である。



