
映画館で待ってます 第14回 [バックナンバー]
大宮でミニシアターを作る意義とは、共鳴した各分野のプロが手がける劇場:埼玉 OttO編
単にお店を始めることと、映画館を作ることの持つ意味がものすごく違う
2025年8月28日 10:30 4
観客に作品を楽しんでもらうだけでなく、映画の多様性を守るための場所でもある映画館。子供からシニアまでが集まる地域のコミュニティとしての役割を担う劇場もある。
本コラムでは全国各地の劇場を訪ね、各映画館それぞれの魅力を紹介。今回は埼玉・大宮駅から徒歩5分の住宅街にあるOttO(オット)を取材した。カフェ・シェアハウスを併設する映画館を作った経緯や、東京・109シネマズ プレミアム新宿を手がけたXEBEXとイースタンサウンドファクトリーが設計・施工した音響設備、常設館ではおそらく世界初となる塗布スクリーンの採用など、これまでにない環境を作り上げた同館。「こだわりを持った人との出会いの中でこうなった」と語る、代表・今井健太氏と各分野のプロによる“冒険”に迫る。
取材・
ミニシアターが大変だということを始めて知りました
──まずは映画館の成り立ちから教えてください。大宮駅西口から徒歩約5分ととても便利ですが、さいたま市は人口100万人以上の大都市では唯一ミニシアターがなかった場所ですよね。
今井 ここはもともと僕の妻の祖父母が暮らしていた土地です。国鉄で働いていた義祖父が、住んでいた家を3階建ての賃貸アパートに建て替え、それを義理の父が引き継ぎました。30年前ぐらいに大宮の駅前から区画整理と道路整備が始まり、10数年前にそろそろここも取り壊しだという話になったんですが、行政スケジュールがどんどん延びて、義父も高齢になったので、僕に「何かできないか」と相談してきたんです。駅から近いから駐車場でもいいなと思っていたんですが、それだと意味がない。というのも、大宮駅って乗り換えを含めて1日に約60万人が利用すると言われているんです。北関東と東京をつなぐ中継地点なのに、ただの乗り換え駅のままではもったいないので、何か装置があったほうがいいと考えました。また、区画整理で新しい建物が建ち始めていたのですが、いわゆるデベロッパーやハウスメーカーが作った単身向けの賃貸など、同じような建物が並んでいる印象を受けていたんです。作って売り抜けて終わり、という短期的な収益を見込んだ街作りだと、10年、20年経ったときに“ただの古い町”になってしまう。そんな2018年のある日、歩いていたときにふと「映画館があったらどうかな?」と思ったことからスタートした計画です。
──なぜ映画館だったのでしょうか。
今井 映画館って、時間を巻き戻すじゃないですか。過去の作品でも初めて観る人にとっては新作になるし、新しく作品が上映されることで新陳代謝が起こり、いろんな人が劇場に来てくれる。あとは、当時小学2年生だった僕の子供が「ただいま!」と帰ってくる場所が映画館だったらなんかいいな、とも思って。映画のことも映画館のこともまったく詳しくないし、どうやって作ったらいいのかもわからなかったけど、いろいろ調べていく中で、埼玉・深谷シネマの館長・竹石(研二)さんの存在を知りました。竹石さんは、50歳のときに映画館を作ろうと思ったそうなのですが、僕がそのプロフィールを読んだのが50歳のときで、しかも竹石さんのもとの仕事が水道工事屋、僕は設備工事屋なんです。さらに深谷シネマは、銀行跡地を借りて、区画整理事業で今の場所に移ったというストーリーもあった。共通点の多さに「これは会いに行くしかない!」と思って訪ねたら、竹石さんが「いつかこんな人が来るんじゃないかと思ってた」と泣いて喜んでくれたんです。当時はまだ何も決まっていない中で、映画館というものがなんなのかを知りたくて話を聞きに行ったのですが、そこでミニシアターが大変だということを初めて知りました。
──大変というのは経営状況やシネコンとの競争などに関してでしょうか。
今井 竹石さんの紹介で2019年に川口のSKIPシティ 彩の国 ビジュアルプラザで開催された全国コミュニティシネマ会議に参加して、韓国が行っている映画産業の支援の仕組みや、日本の映画館のDCP入れ替え問題(注:デジタルシネマパッケージのフォーマット変更や機器の更新のための設備投資が大きな負担となっていること)を聞き、なんとかしないといけないと思い始めたんです。そこから上映機器の流通収益などを調べて、会社を訪ね歩いたり、話を聞かせてくださいと連絡したり……。僕が送ったメールには、ミニシアターの現状が構造的に厳しくなってきている中で、機器・配給・映画館で新しい構造を作り出さないと残っていけないんじゃないかということ、ミニシアターでしか上映されていない映画が4割近くある=ミニシアターがなくなることは文化的損失に直結すること、それに歯止めをかけるような仕組みを作りたいと思っているということを書きました。何人か会ってくれる人もいて、お話しする中でさまざまな問題点がわかってきたんです。それから建築家と一緒に、そもそも映画館は必要なのか、といったことから話し合いを始めました。大宮がどんな街で、ここに作るならどんな映画館がいいのか、映画館単体で成り立たないのであればどうしたらいいのか。
──さきほどからお話を聞く限り、どんなことも原点や本質から知ろうとされる方なんだなという印象を受けました。
今井 もちろん義理の父親の資産を任されたプレッシャーもあったのですが(笑)、新しいものを作るなら確固とした理由や必然性がないと嘘になってしまうと思っています。最終的には、シェアハウスとカフェを併設し、魅力や収益を補完し合う関係ができれば、映画館は残っていくんじゃないかという結論に達したんです。
──周辺住民の方の反応はいかがでしたか?
今井 建てる前に説明に回ったとき、どんな反応をされるかなと思っていたら、喜んでくれる方が多くて。最近では「映画館を作ってくれてありがとう」とお礼まで言われるようになってびっくりしています。きっと、単にお店を始めることと、映画館を作ることの持つ意味がものすごく違うんだと思います。皆さん、昔自分の家族と映画を観たことや、亡くなったお父さんに映画館に連れて行ってもらったことなどを話してくれて、肉体的な記憶が映画館とつながっていることを実感しましたし、だから応援してくださる方が増えたんだと納得しました。
編成のこだわりは「あまり色が付かないように」
──編成に関しては、担当の柴田笙さんに完全に任せているとのことですが、柴田さんとはどういう出会いだったのでしょうか。
今井 彼はもともと、東京・CINEMA Chupki TABATAのスタッフでした。代表である平塚(千穂子)さんと初めて会ったとき、すごく波長が合うというか、わかり合えた感覚があって。ここが竣工する数カ月前に平塚さんから電話があり、「Chupkiで3年働いている柴田くんという主力の子がいて、すごく有能なんだけど、彼にとって新しい環境が必要だと思うからOttOさんでどうでしょうか」と言われたんです。柴田さんにも意思を聞いたところ興味があるとのことで、来てもらうことになりました。
──ちなみに柴田さんはChupki時代も編成のお仕事をされていたんですか?
今井 そうです。編成も、予告編の編集もやっていました。なんでもできて天才だなと思っています。
──柴田さんにも伺いたいのですが、OttOではどういった基準で上映作品を選定されていますか?
柴田 住宅街であり、いろんな層の方がいる土地なので、ミニシアター系やアートハウス系と言われるような映画を望んでいる方もいらっしゃいますし、家族連れ向けの映画も求められています。そこのバランスを一番大事にしていますし、あまり色が付かないように考えていますね。アート系ばかり上映するかっこいい劇場になって「私とは違うな」とは思われないようにしたいんです。街の方にどんどん来ていただけるような身近な場所になったらいいなと思いますし、オープン時にXで“おうち映画館”と言ってくださった方がいたのはうれしかったです。
今井 あんまり尖ってもしょうがないですしね。尖った人しか来なくなったら怖いじゃないですか(笑)。近くに住んでいるおじいちゃんやおばあちゃんが、カフェを利用しに来たり、子供が宿題をやっていたり、そういう多様な人が混在する空間がいいなと。
柴田 もうすぐ
──柴田さん自身が好きな映画や、得意なジャンルはあるのでしょうか。
柴田 ドキュメンタリーも好きですし、インディーズの日本映画も好きで、本当に幅広く好きではあるんですが……。最近よかったのは、9月から上映する「
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OttO @otto_extend
映画ナタリーさんのコラム「映画館で待ってます」に掲載📝
“皆さん、昔自分の家族と映画を観たことや、亡くなったお父さんに映画館に連れて行ってもらったことなどを話してくれて、肉体的な記憶が映画館とつながっていることを実感しましたし、だから応援してくださる方が増えたんだと納得しました。” https://t.co/PKsA7K120K