神奈川・横浜駅西口の映画館ムービル。2026年9月30日をもって閉館することが発表された

映画館で待ってます 第15回 [バックナンバー]

横浜駅西口の風景とともにあり続けた映画館:神奈川 ムービル編

閉館まであと数カ月。かつて通っていた人も、初めましての人も

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神奈川・横浜駅西口にある映画館ムービルが、2026年9月30日をもって閉館する。映画ナタリーでもそのニュースを報じたところ「学生時代によく通っていた」「思い出深い場所」といった声が数多く寄せられた。どこか昔ながらの空気を残し、街に根差した存在として親しまれてきたムービル。1971年に開業した初代「相鉄ムービル」から半世紀以上にわたり街のシンボルとして営業を続けてきた。

本記事では、運営に携わる東急レクリエーションの代表取締役副社長・久保正則氏と、ムービル支配人の泉慎太郎氏へのインタビューを実施。閉館を前にした現場の思いを聞くとともに、109シネマズグループでありながら“シネコン的”にとらわれない編成や劇場の魅力を振り返る。

取材・/ 金須晶子

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正式発表を経て「本当に閉館してしまうんだな」と実感

──先日、2026年9月末をもっての閉館が正式に発表されました。SNSを含め、非常に大きな反響がありましたね。まずは現在の率直な心境をお聞かせください。

東急レクリエーション代表取締役副社長・久保正則氏(左)、ムービル支配人・泉慎太郎氏(右)

東急レクリエーション代表取締役副社長・久保正則氏(左)、ムービル支配人・泉慎太郎氏(右) [高画質で見る]

泉慎太郎(ムービル支配人) ムービルの公式Xでリリースを出した直後から、想像していたよりも多くの反応がございまして、そのほとんどが「寂しい」「残念だ」という声でした。再開発でムービルの建物(相鉄南幸第2ビル)自体が取り壊される話は以前から広まっていましたし「いつなんだ?」という空気は漂っていましたが、いざ正式に発表すると「ああ、本当に閉館してしまうんだな」という気持ちが芽生えてきたというか。私自身ようやく実感が湧いてきた状況です。

──相鉄グループが中期経営計画を発表した際、その中に「2027年ムービル解体」という記述があったんですよね。映画ファンがざわついたのを覚えています。移転ではなく完全閉館になるのでしょうか?

 今のところ移転ではないですね。ここまで長く使われてきた屋号なので、新しく建て替えるならまた使ってほしいなという個人的な思いはありますけど。実は昨年の発表時点では、私もまだ閉館時期を知らされていなかったんです(笑)。SNSで「2027年ムービル解体」がバズっているのを見て、寝耳に水といいますか。賃貸借契約が2026年9月30日で終了でしたので、そのあたりかなという気持ちは薄々ありましたが……。

切実な思いに応えて「ムービル」の名前を受け継ぐ

──久保さんは、このムービルという劇場の成り立ちと変遷をどう捉えていらっしゃいますか?

久保正則(東急レクリエーション代表取締役副社長) もともとは相鉄ローゼンさんが運営されていた「相鉄ムービル」が前身で、現在の横浜ベイシェラトンの場所にありました。1988年に現在の場所に移転オープンした当時は、全5スクリーンで年間163万人を動員するという驚異的な記録を打ち出していたそうです。まさに横浜のメイン館で、横浜駅西口の“顔”ですよね。

1988年11月12日に開業した“2代目 相鉄ムービル”のオープン当時の様子  (写真提供:相鉄グループ)

1988年11月12日に開業した“2代目 相鉄ムービル”のオープン当時の様子 (写真提供:相鉄グループ) [高画質で見る]

──163万人! 今の感覚からすると信じられない数字ですね。

久保 でも、1993年にワーナー・マイカル・シネマズ(現イオンシネマ)が上陸して「黒船が来た」と言われ(※1号店のイオンシネマ海老名も閉館予定が発表されている)、1990年代後半からはシネコン開発ラッシュの波が来ました。私自身、東急レクリエーションでシネコン立ち上げのプロジェクトに携わってきましたが、当時は手探りでした。109シネマズ1号店の港北に始まり、2号店の木場、3号店の高崎、その後も4号店、5号店、6号店……と開業責任者として飛び回る中で、映画館の在り方もお客様の価値観も劇的に変わっていくのを肌で感じていました。

東急レクリエーションの代表取締役副社長・久保正則氏

東急レクリエーションの代表取締役副社長・久保正則氏 [高画質で見る]

──その中で、2006年に東急レクリエーションがムービルの運営を継承することになります。

久保 相鉄グループさんが映画事業から撤退される際にお声掛けいただきました。2004年にみなとみらいにオープンした109シネマズMM横浜(※2015年1月に閉館)が、相鉄ローゼンさん・松竹さん・東急レクリエーションの3社による共同事業だったご縁もありまして。ただ、当初は系列シアターとして「109シネマズ横浜」という名前に変える構想だったんです。

──でも結局、名前は「ムービル」のままに。

久保 相鉄さんから「ムービルの名前は残してほしい」という切実な願いがあったんです。この街の人たちがどれだけこの名前に愛着を持っているか、会社としていかに地域を大切にしてきたかという熱い思いを聞き、我々もその考えに深く共感しました。そこで地域に根差したこの場所で、「ムービル」という名前を引き継いで運営させていただこうと決断した記憶があります。

──「相鉄ムービル」時代から通っていた身としては「ムービル」という名前を残してくださったことに感謝しかありません。泉さんは一度ムービルの支配人に就任したのち、別の劇場に異動してからまた戻って来られたそうですね。

ムービル支配人の泉慎太郎氏

ムービル支配人の泉慎太郎氏 [高画質で見る]

 はい。2013年、自分自身初めて支配人として着任したのが、このムービルでした。3年ほど務めたのち、ほかの劇場や本社部門を転々として2025年2月に再び戻って来ることになりました。戻る際には「そう遠くない将来に閉館する」と聞いていましたから、歴史ある劇場の幕を引くというプレッシャーを感じたことを覚えています。映画館のオープンもクローズもこれまで経験したことはありませんが、なんとか皆様の思い出に残る劇場にしていかねばと強く思っています。

久保 長年愛してくれた地域の方々、関係者の方々への感謝をどう形にするか。それにはムービルの空気感をよく熟知している人でないと務まらない。異動してすぐに戻るケースは珍しいのですが、私たちの期待もあって泉くんに白羽の矢が立ったわけです。

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味がある独特な内装、“シネコン的”に収まらないラインナップ

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読者の反応

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ジョーンズ卿 @SirJonesIII

横浜駅西口の風景とともにあり続けた映画館:神奈川 ムービル編 | 映画館で待ってます 第15回 https://t.co/BUBDaWEv6S
横浜で映画と言うと東映ジョイ・エンタテインメント系ばかり利用してたしなぁ。閉館までにちょっと行ってみるか。

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