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松本隆が紫綬褒章「自分の作品が自分の存在を証明してくれた」

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記者会見で笑顔を見せる松本隆。

記者会見で笑顔を見せる松本隆。

松本隆が、芸術やスポーツ、学術などの分野で活躍した人に贈られる「紫綬褒章」を受章した。

松本は先日都内で行われた会見に出席し、自身の受賞について「予想もしていなかった、大変素晴らしい賞をいただきましてとてもびっくりすると同時に光栄に思います」とコメント。これまでの作詞家活動を振り返り、「僕の場合、ロックバンド出身。『寄らば大樹』を好んでこなかった。若いときから大きな組織に頼らず自分1人で仕事をしていた。守ってくれるのは自分の作品だけ。そういう思いでやってきたので、自分の作品が自分の存在を証明してくれた。その今までの努力がこうして認めてもらって、とてもうれしい」と喜んだ。

人に歌詞を提供するにあたり心がけていることについても触れ、「僕以前の歌詞は例えば失恋をしても、傷を舐め合う歌が多かった。そうではなく、心がくじけて倒れたところからどう立ち直るかを歌いたいと思った。KinKi Kids『硝子の少年』のように、失恋はするが、最後に雨上がりに日が射してくる。松田聖子の『瞳はダイアモンド』は失恋はするが私はもっと強いはずよと立ち直っていく。そういった作品のように、人々の折れた心をなんとか癒せればと思っている」と述懐。また幅広い世代に支持されていることを、「僕の詞は、母親が娘に、父親が息子に聞かせたり家庭内で伝授される。音楽関係の部活に入ると先輩が後輩にはっぴいえんどのアルバムを聴けと渡す。年齢を順番に伝授していくよう。これは自分の計画・予想の中になかったのでとてもうれしいなりゆきであります」と分析した。

なお過去に桑田佳祐、松任谷由実、谷村新司といったミュージシャンも紫綬褒章を受賞している。

※記事初出時、見出しおよび本文に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。

松本隆 コメント

人生の晩秋に、このような輝かしい光をあてて頂きまして、深く感謝します。
70年代、日本語のロックを提唱し、英米の物真似ではない音楽の創作に、言葉の面から非力ながらも日々を費やしてきました。ある意味、その努力が報われた気がします。
もちろんぼく一人の力ではなく、作曲家、編曲家、演奏家、歌手など、ぼくの周りに集ってくれた友人たちの優れた才能あればこそです。
最近は、西の地に居を構え、春には桜のトンネルをくぐり、秋には枯れ葉の原色が散る道を散歩してます。西行、芭蕉、良寛らの漂泊の詩人の足跡をたどり、残された日々を、歌のための言葉を記しながら生きようと思います。

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