霧がかった幻想的な街、餃子専門店、エッチではないエッチビル…別府珍道中

ロゴデザイン：神谷圭介

冷凍マグロのように階段を滑り落ちて…

こんにちは神谷圭介です。6月に別府に行ってきました。大分県の別府市です。

昨年上演した画餅の3回目の公演「モーニング」という作品を別府で再演してきました。

別府は映画祭や音楽のイベントなどが開かれることもありとても文化的な街でした。公演は老舗映画館ブルバード劇場の3階フレックスホールで行われました。別府の方だけでなく大分や福岡や熊本や長崎など、九州の方に劇場まで足を運んでいただきとても有り難い経験をさせていただきました。

別府はとても魅力的な街でした。

至る所から温泉の湯気が立ち上っています。街から見える霧がかった風景がとても幻想的です。朝散歩をしていると朝霧や温泉の湯気や山にかかる雲など白いモヤモヤしたものが視界に多く入ります。もうどこから霧で湯気で雲なのかよくわからなくなります。

別府には狭く古い路地がたくさんあります。

路地に入って見つけたのは年季の入った餃子屋さんでした。カウンターだけの餃子専門店。餃子屋さんの名前は「湖月」。

意味を調べると「湖に映った月」とあります。

湖に映る三日月。その月の姿に餃子を想った。そういうことではないでしょうか。夜、静かな湖畔で水面に映る月を見て餃子に想いを馳せたのでしょう。

「湖月」、こんな洒落た餃子の言い方があるのかと驚きました。

素敵ですね。ですが今回はそれとは別に、別府公演で起きたトラブルについてお話しさせてください。

それは画餅「モーニング」別府公演の初回、本番中の1幕と2幕の暗転中に起きました。

1幕が終わり僕は舞台上から袖にハケます。舞台袖に3段の階段があり、そこを降りると楽屋につながる廊下の小スペースがあります。ですが僕は舞台袖から階段の1段目を豪快に踏み外しました。暗転中に階段から落ちたのです。一瞬の出来事でした。お尻と背中で階段を受け止めながら廊下まで滑り落ちました。瞬発的に後頭部を打たぬよう体幹を意識し気をつけの姿勢で滑り落ちました。ガダダダダッという激しい音がしました。ですが幕間の音楽がかかっていたので客席にまでは届かなかったと思います。

これは階段下にいた共演者の森一生君の証言です。

「暗転して数秒した後、階段の上からまっすぐ直立した姿勢で、滑り台を降りるような体勢の神谷さんが目の前に現れた。それはまるで競りを前に市場の床を滑らされ会場に運ばれる冷凍マグロのようだった」

森君はそう語っています。

僕は後で「冷凍マグロ 滑る」で検索しました。「冷凍マグロ競り前準備」という動画が出てきました。トラックから掻き出され、ちょうど階段3段分くらいの傾斜を冷凍マグロが滑り落ちて次々と会場に運ばれていきます。

こういう感じになっていたのか。僕はとても客観的になれました。

森君もさぞ驚いたはずです。暗転して急に冷凍マグロが舞台袖に滑り落ちてきたら。しかし問題はその後でした。

階段を冷凍マグロのように勢いよく滑り降りてきた僕はその勢いのまますっと立ち上がり、ぼそっと一言、

「変な階段」

そう言ったそうです。

自分ではよく覚えていません。ですが確かにそう言ったそうです。

しかしこれは劇場の名誉のために言わせてもらいます。

全く「変な階段」ではありません。

年季は入っているもののしっかりとした木製の階段です。

何が「変な階段」だったのか。

なぜ自分はそんなことを口走ってしまったのか。今回はそれを考えたいと思います。

自分が思うにこれは照れ隠しだったのではないかと思います。階段を豪快に滑り落ちた恥ずかしさ。その恥ずかしさのあまり落ちたことをなんでもない事のように振る舞ってしまったのではないでしょうか。本番中ということもあり周囲に心配をかけたくなかったという想いもあったでしょう。

にしてもです。

「変な階段」は変です。

この発言は変だ。

昭和の漫画のヒロインが、突風によりスカートがめくれたときに言う独り言、

「エッチな風」

くらい変です。

なんなんでしょうかこの台詞は。これも照れ隠しでしょうか。

しかし「変な階段」と「エッチな風」には照れを隠してくれる効力があまりないように思います。なぜこんな事を言ってしまうのでしょう。

皆さんにもあるのではないでしょうか。照れ隠しのつもりでしてしまった謎行動が。

照れを隠そうと謎行動に走り、より恥ずかしい目にあうことが。

それにしても変です。「変な階段」は。

まだ「エッチな風」には風を擬人化させたポエムのようなものを感じますが「変な階段」にポエミーさは感じられません。「エッチな風」にはかろうじて「湖月」のように湖の水面に映る月を餃子に見立てるような素敵さがある。どちらかといえば「変な階段」より「エッチな風」の方が「湖月」に近いと言えるでしょう。

しかしどうでしょう。照れ隠しにポエムを読むのは恥ずかしくはないのでしょうか。ポエムにそこまで馴染みのない日本だからでしょうか。欧米であれば見事な照れ隠しになるのでしょうか。これはむずかしい話になってきました。

では「変な」と「エッチな」を入れ替えてみてはどうでしょう。

「エッチな階段」

「変な風」

となります。

どうでしょうか。

どうにもなりません。入れ替える意味などないからです。

しかしあえて入れ替えてみてわかったのは、風という外的な要素であれば、急に吹いた「変な風」という言い方はできますが、己が勝手に踏み外した階段に対して「変な階段」呼ばわりはおかしいという事です。

やはり「変な階段」は変です。

ではどうでしょう。階段を踏み外して滑り降りてきた僕がすっと立ち上がり「エッチな階段」と言ったとしたら。

意味がわかりません。

なんですか「エッチな階段」って。それを聞いた森君に謎のストレスを与え、その後の本番に悪い影響を及ぼしていたかもしれません。

やはり入れ替える意味はありませんでした。でもそれもまた画餅です。

そしてこれは全く関係ないのですが劇場の目の前にエッチビルという名前のビルがありました。

しかしこのビルは全く「エッチなビル」ではありません。1階にはエッチ美容室という名の美容院が入っていますが全く「エッチな美容院」ではありません。ブライダルにも対応しているちゃんとした美容院です。2階のマッサージ店も全く「エッチなマッサージ店」じゃないです。

命名したビルオーナーの奇行かと思われます。

しかし僕はどういうつもりで「変な階段」などと言ったのでしょう。

これはひょっとしたらなのですが「おもしれー女」の感じで言った可能性も否定出来ません。「エッチな風」のように昔の漫画特有の言い回し。

「おもしれー女」

上位層の男性が下位層の女性に対し、自分が恋に落ちたことを認めることができずに放つ有名な台詞です。上位層から下位層に落ちる。階段で落ちた段差も何かを暗喩しているかもしれません。

階段から落ちた照れ隠しについ格好つけてしまったのかもしれません。

ですが果たしてこれは格好良いでしょうか。

階段を踏み外して落ちてきた奴が

「ふーん。おもしれー階段」

と言ったとします。どうでしょう。

階段から落ちた恥ずかしさの比じゃない恥ずかしさではないでしょうか。

しかし実際、現場ではそんなことはどうでもいいくらいの二次被害が発生していました。階段から落ちる最中、僕が無意識に階段横にあるよくわからないボタンを触ったせいで、電動で動く舞台の幕が閉まっていくというトラブルを引き起こしていました。

暗転中に何故か舞台の幕が閉まっていっていることに気づいた舞台監督さんがボタンを探して走り回っていたそうです。暗い中、試しにいろいろなボタンを押しながら「だめだ。まだ閉まってる」、そう言ってパニックになっている舞台監督を森君が目撃しています。

僕が「変な階段」と言って何事もなかったように着替えている最中そんな事が起きていたとは知りませんでした。

なんとか舞台監督さんがボタンを発見してことなきを得ました。

危うく終演するところでした。

舞台監督さんは本当に申し訳ないことをしましたし、それもまた画餅でした。

神谷圭介 プロフィール

千葉県生まれ。コントグループ・テニスコートのメンバーで、ソロプロジェクト・画餅の主宰。玉田企画、ブルー＆スカイ、犬飼勝哉、東葛スポーツの作品や、NHK大河ドラマ「青天を衝け」などに俳優として出演するほか、マレビトの会の「福島を上演する」に作家として参加。ダウ90000の蓮見翔を作・演出に迎えた公演「夜衝」を玉田企画の玉田真也と共同企画した。現在、画餅「ウィークエンド」「天才少年」の映像が配信されており、7月16日には東京・小劇場楽園で、トーク＆上映イベント「カルチャー（神谷）センター」が開催される。19:30開演回には福井俊太郎（GAG）、アタック西本（ジェラードン）がゲスト出演する。