ジャパニーズMCバトル:PAST<FUTURE hosted by KEN THE 390 EPISODE.7(後編) [バックナンバー]
「フリースタイルダンジョン」ブームを経て:サイプレス上野&輪入道
“名脇役”を目指す輪入道、“すげー勝ちたい”サイプレス上野
2024年6月17日 19:00 4
ラッパーの
後編では、バトルブームに火を点けるきっかけとなった番組「フリースタイルダンジョン」で、モンスターという重役を担ったサイプレス上野と輪入道、審査員を務めたKEN THE 390が当時のエピソードと、今後のMCバトルとの関わり方について語り合う。
取材・
モンスターの絆が深くなった「ダンジョン」晋平太戦
──サイプレス上野さんは初代モンスターとして、番組放送開始から「フリースタイルダンジョン」に関わりました。
サイプレス上野 Zeebraさんから「新しくMCバトルの番組が始まるから協力してほしい」という直電があったという流れは、みんなと一緒かな。ただ、その時点では“ラップ素人と戦う”という話だったんだよね。だからこっちも「素人大学生をラップでコテンパンにする……いいっすね!」ぐらいの気持ちで(笑)。
──イキり学生をラップで合法的に滅多切りにできる!……って、歪んでますね(笑)。
サ上 モンスターのメンツも最高だったから、これは楽しそうだなって。だけどフタを開けたら現役のラッパーがチャレンジャーとして戦うことになったから、これを毎月収録するのはかなり過酷だなと……実際過酷だったし。あと、最初はスタッフ側にもMCバトルに対する間違ったイメージがあった。例えば「怖い顔をして戦ってください」とか。つまり「ラッパーが怖い顔して、お互いに嫌なことを言い合う」という見せ方を目指してたよね、最初は。
──「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」の「平成口ゲンカ王決定戦」の延長というか。
サ上 「そうじゃないとわかりにくいし、コンテンツとして盛り上がらない」みたいに言われて。「俺はそういう人間じゃないし、それをやったら俺じゃない」と断ったけど、あれはカルチャーショックだったな。ラップはまだそのレベルの認識なんだ、って。
KEN THE 390 普段はやらないのに、番組で求められたからそれを演じるのは……。
サ上 超ダサいじゃん。だから「俺がオファーされたのは演技じゃなくてMCバトルだから、それは違う」と。そうやってモンスター側で軌道修正していった部分はけっこうある。
──T-Pablowさんの回でも「収録前にモンスター内でサイファーをしていた」と話していました。
サ上 DOTAMAが「やりましょう!」ってうるさいから(笑)。
KEN T-Pablowは、そこでの上野の切り返し能力に影響を受けたって話してて。
サ上 番組開始当初はT-Pablowも慣れないテレビの現場に食らっちゃってたし、みんなでリラックスするためにもサイファーは必要だったよね。DOTAMAは毎回対戦相手に関するデータのレジュメを作ってきて、対戦前にそれをモンスターたちに配るんだけど、漢くん(漢 a.k.a GAMI)がそれ捨てたりしてたもん、右から左に(笑)。
輪入道 ははは。
サ上 それも仲がいいからできるんだけどさ。モンスター卒業直前の頃は、絆がとにかく深くなってて。晋平太戦は舞台袖までみんな見に来てたもんね。
KEN あのときの結束力はすごかったよね。
サ上 俺も「1回戦で終わらす!」ってかなり気合入ったしね。
KEN それでスーツ着て、菊の花束持って出ていって。
──それが「俺 死ぬのかな? これいるのかな? この菊の花」という晋平太のパンチラインを引き出すことになって。
サ上 晋平太が蹴った菊の花束がキレイに客席に飛んでった(笑)。菊の花束もそうだけど、スーツも自腹だからね。
KEN 衣装にも毎回こだわってたよね。
サ上 殺害塩化ビニール(“バカ社長”ことクレイジーSKBが運営するインディーズレコードレーベル)のTシャツ着て出たら、放送直後にめっちゃ売れたらしくて、バカ社長からお礼の連絡があった(笑)。
KEN これだけMCバトルが浸透して、出場する人間も増えたら、キャラクターを立たせる必要があるし、それにはファッションもやっぱり重要な要素だよね。
サ上 あのTシャツを着て出た、はなびとの試合は自分でも好きな試合。お客さんを巻き込んで楽しめたと思う。あと、会場がSTUDIO COASTに変わった第1回目は、「チャレンジャーにはわかんないだろうけど、俺は楽屋からステージまでの導線も、トイレの位置もわかってるぜ」と思ってた。
KEN なにそのマウントの取り方(笑)。
輪入道 地の利があったんですね(笑)。
漢を覚醒させたチャレンジャー輪入道
──輪入道さんは最初はチャレンジャーとして登場しますね。
輪入道 その年はバトルに出ないって決めてたんで、最初はオファーを断ったんですよ。ただZeebraさんからの直電があったんで「これは出なきゃな」と(笑)。「俺にもオファーが来た」っていうのは驚きましたね。自分としてもあのときの漢さんとのバトルは記憶に残ってて。
サ上 あれは最高だった。漢くんがあの試合から覚醒したんだよね。
KEN 番組開始当初、漢さんの調子はあんまりよくなかったけど、輪入道戦で一気にエンジンがかかったよね。
輪入道 言うたら、漢さんの着火剤になって燃え尽きたんです、チャレンジャーの俺は(笑)。
サ上 勝って楽屋に戻ってきた漢くんに「お疲れ!」って言ったら、バコーンって殴ってくるぐらい興奮してたもん(笑)。でも、モンスターとしてめちゃくちゃうれしかったな。「これでいいんだよ!」って。
輪入道 あのバトルで「漢 a.k.a. GAMI これが無言の蓄積」と言ったんですけど、(「無言の蓄積」は、漢 a.k.a. GAMIが中心となって結成したクルー・MSCの曲名)それに客席が沸かなくて「あ、これみんなわかんないの?」と、単純にびっくりしましたね。
サ上 引用とか比喩みたいな“うまいこと言う”がなかなか伝わりづらくなってる気がする。リスナーが増えるほど、会場が大きくなるほど、ベタな表現じゃないと伝わりにくいし、細かい部分は届きにくいのかな。
KEN 知識が必要なワードは、ヒップホップのリテラシーが高いお客さんやジャッジ陣には伝わっても、ヒップホップを聴き始めたばかりのオーディエンスには伝わりづらかったりするから、うまい例えでもツルッとスベることがある。でも逆に俺ら世代が、バトルで「呪術廻戦」や「チェンソーマン」みたいな新しいカルチャーを例えに出されると難しいというのもあるよね。
──テレビを観ていたら、若手芸人が「中堅芸人は『ドラゴンボール』と『北斗の拳』で例えるのはやめてくれ。最低でも『ワンピース』以降にしてくれ」と言ってたんだけど、それに通じる部分がありますね。
KEN あと、バトル自体からの引用も難しい。バトルの歴史も長くなって、バトルがネイティブなラッパーも、バトルを中心に見るオーディエンスも多いし、そこで過去のバトルの引用もキラーフレーズになることがあって。だけど、それが余計にハイコンテクストに、初心者に難しくなってしまう傾向がある。
サ上 その塩梅は今後も難しくなるんだろうな。
アンサーにふさわしいラインや韻でしっかり落とす
──話を「ダンジョン」に戻すと、輪入道さんは2017年に2代目モンスターに起用されます。
輪入道 その話は普通にありがたくお受けしましたね。2代目モンスターの間にも忘れられない友情が生まれたし、特別な関係になったと思います。やっぱり、対戦相手によっては立ち振る舞いが難しいときがあるんですよ。でも、そういったときにチームとして戦うことは心強かったし、地元や仕事関係とはまた違う、特別な仲間意識は生まれてましたね。
サ上 俺はモンスターを卒業したあと、いろいろあって司会に抜擢されたんだけど、2代目モンスターのとこにもちょこちょこ顔出して。
輪入道 いろんな話をしてくれたっすね。
サ上 「ケアしたい」っていうと上からだけど、モンスターの大変さはわかるし、ちょっとでも役に立てればなって。かなりナーバスになるのはわかってるから。
KEN 輪入道のバトルは、どんな形であっても着地をハズさないのがすごいと思うんだ。ちゃんとアンサーにふさわしいラインや韻でしっかり落とすというのは、ダンジョンでもしっかり形になってたと思う。
輪入道 やっぱり、それだけはハズしちゃいけないと思うし、リスナーを意識すると自然にそうなるんですよね。
KEN その部分を考えてるんだ。
輪入道 「自分が楽しければいい」みたいな、自己満足で終わらそうとは思ってないんですよね。やるなら自分も楽しく、相手も楽しく、オーディエンスも楽しくしたいし、それを考えると自然にそういう流れになる。
サ上 すげえな。そういうシミュレーションもするの?
輪入道 一応は頭の中で「こういう言葉で落とせたらいいかもな」と考えはするんですけど、そこに無理に着地させようとは思わないですね。いいバトルになれば、自分がノってれば、もっといい韻や言葉が浮かぶこともあるし。あと着地をきっちり決めちゃうとフリースタイルにならないし、それまでのヴァースがもったいないし、何よりも自分が気持ち悪いから、結局想像するぐらいですね。逆にKENさんは最後を決めたりします?
KEN 俺もほぼ考えたことがない。基本は出たとこ勝負だし、うまく落ちなかったら……とりあえず声を大きくして、踏んでないけど踏んだっぽく見せるとか(笑)。
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