「TOKYO IDOL FESTIVAL 2010」の様子。

2010年代のアイドルシーン Vol.12 [バックナンバー]

国内最大のアイドルフェス「TIF」はどのようにして生まれたのか(前編)

生みの親・門澤清太プロデューサーが明かす伝説の第1回開催まで

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アイドル旋風が巻き起こる前夜の出来事

話を「TIF」のスタートアップに戻そう。どんな事柄でも最初の一歩を踏み出す際は苦労が絶えないもの。場所の問題は品川ということで目途が立ったが、ほかにもクリアしなくてはいけない課題が山積していた。出演者に関しても、門澤たちのチームは手探りで準備を進めていく。

「単独ライブだったらある程度の試算ができるけど、そんなにいっぱいグループを呼んだところで、人が来るかどうかもまったく見えませんでしたからね。本当に何もかも未知数でした。なにしろ初めてだから、模範解答も何もないわけですよ。初めてのことって、誰にも相談できないですしね。少しでも関係性のある人に片っ端から声をかけていき、なんとかつないでもらって……ということの連続でした」

幸運だったのは、2010年はアイドル旋風が巻き起こる前夜だったという点だ。AKB48の成功に刺激を受けた大手芸能事務所が「ならば、うちも!」と立候補し、グループの数が加速度的に増えていたのである。社会的にも業界的にも「これは本格的なアイドルブームがまた来るのでは?」といった見方が急速に強まっていた。

本連載の第1回で紹介した「アイドルユニットサマーフェスティバル2010」もアイドルブームの発端となったイベントの1つ。「TIF2010」の約3週間後に開催された。

本連載の第1回で紹介した「アイドルユニットサマーフェスティバル2010」もアイドルブームの発端となったイベントの1つ。「TIF2010」の約3週間後に開催された。

「エイベックスのSUPER☆GiRLS、アミューズのさくら学院、プラチナムのぱすぽ☆……スターダストのももいろクローバーは、その少し前から地道に活動していましたけどね。いずれにせよ、どこも『とにかく名を売りたい!』と躍起になっていたのは確か。ほとんど全員が人の目に触れたいと考えていた。それもできればテレビとかよりも、直接ライブという形で人前に出ることが重要だったんだと思う。ですから僕らが『こういうアイドルイベントを始めます』といろんなところに声をかけ始めたら、『今度はこんなグループもできるみたいですよ』といった感じで、徐々に情報が入ってくるようになったんですね。それで気付いたら50組以上が決まっていた感じでした」

間に入ってブッキングを担当してくれる会社など、当時のアイドルシーンには存在しなかった。前例がないことに挑戦するわけだから、運営側からの売り込みなんて来るわけがない。門澤自身はアイドルにそれほど造詣が深くなかったが、スタッフの中にはアイドル好きもおり、放送作家からも意見を吸い上げた。同時にネットでも情報を必死にかき集めた。文字通り人海戦術で情報を収集していたのである。

マネタイズも門澤にとっては頭の痛いテーマだった。ゲート収入の見込みと入場料金の価格設定はどうするべきか? 配信や放送でどう儲けを出すか? 「屋外でお祭りみたいなフェスをやったら気持ちいいだろうな」と考えるのは大いにけっこうだが、社会人である以上、そこには責任が伴ってくる。きちんとビジネスとして成立させる見立てがなければ、社内の上層部を説得することもできなかったはずだ。そのあたりの疑問を門澤にぶつけると、「これは今だから言えることですが……」と声のトーンを微妙に落としつつ語り始めた。

「社内で話を通すときに『第1回のアイドルフェスをやります』という感じにはしなかったんですよ。『あくまでもやるのはアイドリング!!!のライブであって、そこにほかのアイドルも呼ぶから、いつもより規模は大きくなりますけど』といった説明の仕方をしたんです。『いっぱいアイドルが来ちゃうものだから、“東京アイドルフェス”という少し変わった名前にしますけど』みたいに言い訳も作って」

「TOKYO IDOL FESTIVAL 2010」事業計画書の一部。

「TOKYO IDOL FESTIVAL 2010」事業計画書の一部。

「TOKYO IDOL FESTIVAL 2010」事業計画書の一部。

「TOKYO IDOL FESTIVAL 2010」事業計画書の一部。

これは門澤が社内で信頼を勝ち取っていたからこそ成立したのだろうが、サラリーマンとしては相当な寝業師という言い方もできる。面白いイベントを開催したいという衝動が、敏腕テレビマンを特異な行動へと駆り立てたのかもしれない。全事務所が集まったミーティングの場で、門澤は「とにかく最終日が終わったとき、全員がニッコリ笑って帰れるイベントにしましょう」と大演説をぶった。

「出演順などは、必ずしも皆さんのご希望には応えられません。ネームバリューも含めてこちらで考えますので、そこは委ねてください。スケジュールが合わないケースも出るかもしれませんが、なんとかご理解いただければと思います。僕らは、ここでお金儲けしようとは考えていません。チケット収入は基本的に舞台装置などに使います。その分、きらびやかなステージをご用意しますので、この場に出ることの意味を考慮していただければ幸いです。もちろん手ぶらじゃ帰れないのもわかりますので、物販のエリアはご用意させていただきます。物販はそこで自由にやってください。上がりを取るようなことも一切しません。おそらくお客さんはめちゃくちゃ来るはずですから」

国内最大級のアイドルフェスを成功させるための同志だった

8月の開催に先立ち、6月には記者会見も行われた(参照:注目アイドルが品川に集結!日本最大のアイドルフェス開催)。出席したのはアイドリング!!!、さくら学院、東京女子流バニラビーンズ、腐男塾、ももいろクローバー、YGAの7組。このときのことを、元バニラビーンズのレナは次のように振り返る。

「TOKYO IDOL FESTIVAL 2010」記者会見の様子。

「TOKYO IDOL FESTIVAL 2010」記者会見の様子。

「2010年というのはNHKさんの『MUSIC JAPAN』のアイドル大集合スペシャルの収録もあったし、アイドル戦国時代の幕開けと騒がれていたんです。記者発表のときもNHKで会った顔ぶれが並んでいたので、安心した記憶がありますね。戦国時代とは言うものの、共演するアイドルさんをライバルだとはまったく感じませんでした。この国内最大級のアイドルフェスを成功させるための同志だという意識でしたから。記者発表のとき、楽屋ではさくら学院さんや東京女子流さんと一緒になりまして。当時の私たちは22歳くらいだったから、一番の年長グループだということにそのときハッと気付いたんです。それで自然とそういった立ち振る舞いをしたら、バニラビーンズ姉さんと呼ばれるようになりました(笑)」

ここで名前が挙がったさくら学院は、当時「TIF」を特別な場として位置付けていた。証言してくれたのは、同学院の元職員室スタッフである。

「さくら学院はその年の4月に開校したばかり。お披露目のステージを探しているときに、前代未聞のアイドルフェスが8月に開催される情報をいただきました。さくら学院としましても、皆様へのご挨拶をさせていただくには素敵な機会だと思い、出演させていただきました」

結成間もないという意味では、2010年1月に活動を開始した東京女子流も似たようなものだった。当時の不安な心境をメンバーの山邊未夢は次のように語る。

「印象的だったのは、発表が終わったあとで記者さんたちの囲み取材があったんですよ。私がグループを代表して1人で出演させていただいたのですが、もちろんそんなのは初めてのことで。なにしろ東京女子流は結成されたばかりだったし、メンバーも小中学生でしたから。たくさんの大人の人に囲まれて緊張したうえに、受け答えもしっかりできていたのか全然わからなくて……。楽屋に戻ったとき、思わず泣いたのを覚えてます(笑)」

左から紫集院曜介(腐男塾)、レナ(バニラビーンズ)、山邊未夢(東京女子流)、百田夏菜子(ももいろクローバー)、遠藤舞(アイドリング!!!)、谷侑加子(YGA)。

左から紫集院曜介(腐男塾)、レナ(バニラビーンズ)、山邊未夢(東京女子流)、百田夏菜子(ももいろクローバー)、遠藤舞(アイドリング!!!)、谷侑加子(YGA)。

門澤、フジテレビ、各グループの運営スタッフ、メンバー、そしてアイドルブーム到来に沸き立つファンたち……それぞれの思惑が複雑に交錯する中、とうとう「TIF」は船出を切る。この時点で日本を代表するメガ音楽イベントに成長することを予想していた者は少なかったかもしれないが、時代の流れはもはや誰にも止められなかった。現場の熱量とスピード感は当の門澤すらも予想できなかったほどで、「TIF」はアイドルシーンを占う重要な羅針盤となっていくのだった。

<後編に続く>

小野田衛

出版社勤務を経て、フリーのライター / 編集者に。エンタメ誌、週刊誌、女性誌、各種Web媒体などで執筆を行っている。著書に「韓流エンタメ日本侵攻戦略」(扶桑社新書)、「アイドルに捧げた青春 アップアップガールズ(仮)の真実」(竹書房)がある。芸能以外の得意ジャンルは貧困問題、サウナ、プロレス、フィギュアスケート。

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