佐々木敦&南波一海の「聴くなら聞かねば!」 5回目 前編 [バックナンバー]
フィロソフィーのダンスとボーダーレスなアイドル像を考える
「アイドルなのに」を越えていけ
2021年6月29日 20:00 23
今は胸を張って言えるよね
佐々木 そもそもの話になりますが、
奥津 結成当初は「いい曲をいい歌で届ける」というコンセプトがふんわりあったくらいで、今ほどバチッと決まっていたわけではなかったんです。初期から楽曲の歌詞を書いてくださっていたヤマモトショウさんの歌詞には最初から“哲学”というテーマが一貫してあったんですが、楽曲的には徐々にR&Bやファンク、ディスコ寄りの曲調のものが多くなっていって。「いい曲」というコンセプトから、より具体的にブラックミュージックをベースにしたものへと定まっていった感覚でした。でも今回のメジャーデビューを機に、今後長く活動していくために、これまで限定してきた音楽のジャンルをちょっと踏み外して、いろんな音楽を幅広く歌っていこう、何をやってもフィロソフィーのダンスだと言えるようになろうという気持ちに変わってきたんです。一方で、1つの道を突き進んできて「こういう曲はフィロのスっぽいよね」というイメージができあがったのはすごくいいことだなと思いますし、これからはそれをちょっとずつ広げていけたらなって。
佐々木 なるほど。奥津さんはわりと自然に受け止められていたんですね。
十束 私と佐藤はオーディションを受けてグループに加入しているんですけど、もともと私は
佐藤 はい。素敵な音楽に出会えたなと。
一同 あははは(笑)。
十束 本当によかったです(笑)。
佐々木 世の中には本当にたくさんのアイドルグループが存在していますが、僕はこれまで、とにかく音楽がいいと思えないとどうしてもハマれないという傾向があったんです。“いい音楽”の定義も人それぞれですけど、そのアイドルを好きになれるかどうかという場合に、どうしても音楽的に乗り越えられない壁が自分の中にあった。今はそれも少し変わってきてるんですが、フィロのスさんに関してはどの曲も本当にすごくよくできていて、新曲を聴くたびに「今度はこう来たか! じゃあ次はどうなるんだろう?」という楽しみな気持ちになれたんです。だから今後も長く活動し続けて、アイドル界屈指の実力派グループとして輝いていってほしいなと。といっても、まだネット上でしかライブも観てないんですけど……。
日向 あははは(笑)。でもそう言っていただけて、すごくうれしいです。
奥津 たぶん、もう現場に1歩足を踏み入れたらズブズブですよ。
アイドルであることを捨てたくない
南波 楽曲やライブパフォーマンスに力を入れているグループには、“アイドルなのか否か”という問いが常に付きまとうじゃないですか。皆さんは活動していてアイドルであるがゆえの壁を感じたことはありますか?
日向 正直めちゃくちゃありますね。やっぱりアイドルだから出られないフェスやイベントもあるんですよ。
南波 残念ながらありますよね。自分も腹が立ってしまう場面に遭遇することがたまにあります(笑)。
日向 私たちは特に、今まで「アイドルなのに」という言葉をたくさん使ったからここまで来れたと思っていて。「アイドルなのに曲がいい」「アイドルなのにこんなに歌が歌える」「アイドルなのに面白いね」と言ってもらえたことはすごくよかったし、そういう言葉を味方にしてやってきた部分もあるんですけど、やっぱりここから先は「アイドルなのに」を越えていかないと、自分たちは大きくなれない。もっとたくさんの方に知ってもらいたいし、もっと前に進みたいのに、アイドルだから特定のフェスには絶対に声をかけてもらえないという状況がすごく悔しくて。私たちは2019年、2020年と「りんご音楽祭」(毎年長野県松本市のアルプス公園で行われている野外フェス)に出演させてもらったんですが、そのときは地道にオーディションを受けましたし(笑)、あとはいろんなバンドやグループに「コーラスやらせてください」と売り込んだり、アイドル界隈外のアーティストの方と絡ませてもらったりとか、自分たちから新たな層へと働きかけるようにはしていますね。
佐々木 僕もかつては感じていたことなんですが、アイドル文化って独立した世界というか、外側から見ると“一見さんお断り”的な空気が漂っているように思われがちなんですよね。だからアイドルという字面に囚われてしまう人たちの気持ちもわかるんですが、実際にパフォーマンスを観たら、「アイドルか否かというカテゴリーなんて別に重要じゃないんだ」と気付く人もきっと多いんじゃないかなと。でもそういう機会を作る環境がまだ整っていないことも事実なので、フィロのスさんみたいにこちら側からどんどん仕掛けていくしかないし、そうすることで少しずつでもアイドルという職業そのものの捉えられ方が変わっていくといいですよね。
南波 パフォーマンスの話で言うと、海外だと踊りながら歌うアーティストが評価されるのはごく自然なことなのに、日本では踊りながら歌うことがアーティストとしてちょっと下に見られる傾向が根強く残っている部分もあるじゃないですか。歌って踊るというスタイルはアイドル文化の肝だけど、そのフォーマットでアイドルシーンの外側にもアクセスしようとしているフィロソフィーのダンスには、もしかしたら逆風を受ける瞬間もあるのかなと。
十束 確かにありますが、アイドルであることは私たちの誇りだし、捨てたくないですね。私はアイドルでありアイドルオタクでもあるので、「アイドル文化が悪い」とは言いたくないし、アイドル文化そのものが悪く言われる未来も作りたくありません。でも「アイドルってパフォーマンスのクオリティがイマイチで、オタクだけが聴くものでしょ?」「アイドル文化って閉鎖的だし、内輪で完結しているものでしょ?」というマイナスなイメージが存在していることも事実だと思います。そのマイナスイメージを払拭するためにも、フィロソフィーのダンスは今後もアイドルの看板を背負って、たくさんの方に愛されるグループになりたいと思いますし、私たちをきっかけにアイドルというジャンルに興味を持ってくれる方も増やしていきたいです。このまま突っ走っていくのでちゃんと見ていてください。がんばります!
南波 もちろん、今いるファンの方々はフィロソフィーのダンスの存在のユニークさやパフォーマンスのよさをわかってくれているわけで。よく知らないんだけどこういうものに抵抗がある、という人たちにどう向き合っていくかが重要ですよね。
日向 自分はもともとアイドルに対して偏見を持っていた人間だったので、そちら側の気持ちもすごくわかるんですよ。正直アイドルソングに興味を持つきっかけがないから、わざわざ聴く理由もないという……。私は以前、バンドがもっともカッコいいと思っていたし、ダンスボーカル系の楽曲すらちゃんと聴けないくらい好みの幅が狭かったんです。で、いざ自分がやる側になってみたら、自分と同じようなタイプの方々の前では無力だし、なかなか気軽に曲を聴いてもらえないことがすごく悔しくて。でもそれって、アイドル文化が国内の一部だけで盛り上がってしまっているからというか、まだ大多数の人には“オタクが握手をしに行くアングラなカルチャー”みたいな印象を持たれているからなのかなと思います。そういう状況は、もっとアイドルがテレビやメディアにたくさん出てパフォーマンスを観てもらえたら変わるかもしれないですし、やっぱり私たちの目標は、そうすることでアイドルをみんなの身近な存在にすることだなと。
佐々木 アイドルという言葉やイメージに対する偏見を変えていくことはきっと簡単ではないですが、皆さんのようにアイドル本人が働きかけてくれることは大きな希望だと思いました。ちなみに僕、皆さんがアコースティックバンド編成で「シスター」を歌っている動画(2020年11月に行われた配信ワンマンライブ「Philosophy no Dance "World Extension"」より)や、皆さんがお風呂でカバー曲を歌っている動画を観たんですが、すごく感激しました。ダンスを封印して歌うことだけに集中されているわけですが、ものすごく魅力的で、もう完全にシンガー集団じゃないかと。あんなふうにお風呂で歌える人なんていないですよね。
奥津 ふふふ、うれしい!
佐々木 コアなファン以外の人にはまだ知られていない皆さんの魅力がどんどん広まっていったら、いつか本当にアイドルという概念の在り方が変わるかもしれないなと思っています。
日向 ありがとうございます。いつか変えられるようにがんばります。
<次回に続く>
フィロソフィーのダンス
奥津マリリ、佐藤まりあ、日向ハル、十束おとはからなる4人組のアイドルグループ。2015年に加茂啓太郎のプロデュースにより活動を開始し、同年12月に会場限定シングル「すききらいアンチノミー」、2016年11月に1stアルバム「FUNKY BUT CHIC」を発売。以降“音楽性にはコンテンポラリーなファンク、R&Bの要素を取り入れ、歌詞には哲学的なメッセージを込める”というコンセプトのもとコンスタントに楽曲を発表し続けている。2020年9月にメジャー1stシングル「ドント・ストップ・ザ・ダンス」、2021年4月にメジャー2ndシングル「カップラーメン・プログラム」を発表。同年7月に東名阪ツアー「Philosophy no Dance Dance with Me TOUR 2021」を開催予定で、翌月8月にはメジャー3rdシングル「ダブル・スタンダード」を発売する。
佐々木敦
1964年生まれの作家 / 音楽レーベル・HEADZ主宰。文学、音楽、演劇、映画ほか、さまざまなジャンルについて批評活動を行う。「ニッポンの音楽」「未知との遭遇」「アートートロジー」「私は小説である」「この映画を視ているのは誰か?」など著書多数。2020年4月に創刊された文学ムック「ことばと」の編集長を務める。2020年3月に「新潮 2020年4月号」にて初の小説「半睡」を発表。8月に78編の批評文を収録した「批評王 終わりなき思考のレッスン」(工作舎)、11月に文芸誌「群像」での連載を書籍化した「それを小説と呼ぶ」(講談社)が刊行された。
南波一海
1978年生まれの音楽ライター。アイドル専門音楽レーベル・PENGUIN DISC主宰。近年はアイドルをはじめとするアーティストへのインタビューを多く行い、その数は年間100本を越える。タワーレコードのストリーミングメディア「タワレコTV」のアイドル紹介番組「
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