奥田泰次

エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第18回 [バックナンバー]

七尾旅人、cero、中村佳穂、Tempalay、ドレスコーズらを手がける奥田泰次の仕事術(後編)

聴いた瞬間にどの曲かわかる楽曲を目指す

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環境によってアーティスト自身の音楽が変わっていくのが楽しみ

──Tempalayのレコーディングはどんな感じなんですか?

Tempalayはやり方がすごく遠回しですね。デモのオケデータに合わせてドラム叩いて、「ラララ」でもいいから仮歌を乗せて、全体のイメージをつかんでから録音する人が多いですけど、彼らはいきなりクリックとドラムから始めるんです。譜面も何もなくて、「仮歌とか入れないの?」って聞くと「恥ずかしいからいいです」って。この遠回しな行為がTempalayの個性につながっているんでしょうね。メンバーみんな自分の世界観があるし、向いている方向が面白いので放置です。

──なるほど。仮歌を入れて完成形が見えたものを清書していくのが最短ですもんね。MONO NO AWAREも個性的なサウンドですけど、Tempalayとはまた全然違った感じなんでしょうか?

曲を作る玉置(周啓)くんが内なるパワーをすごく持っていますね。彼はもともと音楽をあまり聴いていないらしく、ゆえにオリジナリティがすごくあるんですよ。全部デモを完璧に作ってきてそれをきれいに録り直していくんですけど、彼らのデモの状態のほうが強いんじゃないかという気がしてきちゃって。ある曲では「ちゃんと録音したほうが音がいいじゃないですか」って言われたんだけど、「でもこっちのほうが全然強いから」って説得して、デモが採用されたところもあります。現在制作している楽曲では曲の強度を意識して曲作りや録音に臨んでいます。

──MONO NO AWAREはギターの音色にバリエーションがありますが、これはどのようにやっているんでしょうか?

彼らにいろいろなスタジオの音を経験してもらって共通言語を持ったうえで、「このフレーズはこのスタジオ」「このフレーズはあそこ」という感じで決めてもらっていますね。1曲の中でパートごとに違うスタジオで録っています。予算も限られているので、たくさんのスタジオを使うのは無理ですけど、狭いスタジオと広いスタジオという2つのチョイスがあるだけで、音色の可能性が広がるというか、アーティスト自身の音楽が変わってくると思います。そういう流れが楽しみでもあります。

直線的な物作りは面白くない

──ドレスコーズの「ジャズ」(2019年5月リリース)は、かなり激しくエディットしてありますよね。

録ったものを全部、中村佳穂ちゃんのメインプロデュースをやっている荒木正比呂(レミ街)さんに渡して、エディットしたり、シンセを加えてもらったりしました。いわゆるリアレンジだけど、ブラッシュアップした感じですかね。アレンジ的な要素にも質感的なところにも手を加えてもらっています。

──どうして荒木さんにお願いを?

志磨(遼平)さんと仕事するのは初めてで、ロマの世界観を作りたいということだけが共通認識としてあったんですけど、やっているうちにジプシーの古い感じだけを目指しているわけじゃないと気付いたんです。でも志磨さんの頭の中にはあったんだろうけど、テクニック的にどうやったらできるかがわかってなくて、生のこのままでいくと志磨さんの求めているカッコいい感じに持っていくのが難しいと思い始めて。それで「数曲荒木さんが手を加えたものを聴いてもらえないですか?」って提案しました。上がってきたのを聴いたらすごく腑に落ちたみたいで、正式に荒木さんに依頼したという流れですね。

──なるほど。

志磨さんが音に求めていたのはテクスチャーだと思うんですけど、古いマイクを立てて録っただけじゃ、ただただローファイなだけで現代的とは言えないし、更新するためには荒木さんの力が必要だと思ったんですよね。そういうふうに自分的には人と人をつなげるのも好きで。ceroの高城晶平(※「高」ははしご高が正式表記)くんに数年前Sauce81を紹介した縁で高城くんのソロアルバムも構築されました。

──そうすると、エンジニアというよりはディレクター / プロデューサー的な感じがしますね。

音に関してですけど、僕の中ではそれが裏テーマではあります。エンジニアって変わった立ち位置で、僕らのやってることって僕らにしかわからない。そういう意味で自分たちの可能性は無限だと思っているんですよね。プロデューサーって名乗れば責任も発言権もあって明解なんですけど、フワッとしていたいから僕自身は名乗りたくないですね。でも言われたことだけをやる直線的な物作りは面白くないと考えています。

今の若いアーティストの今後が楽しみ

──今のコロナ禍を奥田さんはどう捉えていますか? リモートで宅録した作品もかなり増えてきていますよね。

僕もZoomで打ち合わせをしたりしますけど、正直続かないと思っています。やっぱり濃厚接触してナンボというか。便利ではあるけど、何かが生まれるのは難しいかなって。もちろん「そうじゃないよ」って言う人もいるでしょうけど。コロナ禍でハナレグミ、Charaさん、SOIL&"PIMP"SESSIONSのライブ配信に携わりましたが、やはり現場というのはいいものだなあと身にしみて感じました。6月に入り録音も増えてきました(※取材は6月に実施)。

──アーティスト自身、どういう作品を作るべきかすごく悩んでいますよね。

このような状況で受け入れられる音楽はファンタジーしかないんじゃないかと僕は思ったりもしますけどね。歌詞を全員に当てはめることができるような。創造性が高まる世界観、ひと言で言えばアートかな。あとは結局、アーティスト自身のマンパワーがより重要になってくるというか、己の世界観を磨くために強い思いが大事になってきますよね。そういう意味で、今の若いアーティストはダサいことをやりたくない人が多いから、そういう人たちが今後どうするのか楽しみでもあります。常田大希くん(King Gnu、millennium parade、PERIMETRON)とかそういう気持ちで最前線で闘ってるんだろうなって伝わってくるし、Tempalayやceroも自分自身にまっすぐでやりたくないことはやらない人たちだし。僕自身の活動で言えば、Vinylカッティングの準備をしています。それとエンジニア仲間のzAkさん、岩谷啓士郎くんと“音とは何か”を追求するプロジェクトを進めているので、今後の展開を楽しみにしていてください。

奥田泰次

奥田泰次

奥田泰次

現在はstudio MSRを拠点に置いて活動している。2013年にPhysical Sound Sportのメンバーとしてアルバムリリース。近年手がけたアーティストは、SOIL&"PIMP"SESSIONS、cero、七尾旅人、中村佳穂、Tempalay、Chara、UA、ハナレグミ、原田郁子、角銅真実、Suchmos、MONO NO AWARE、Attractions、ドレスコーズら。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

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