奥田泰次

エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第17回 [バックナンバー]

七尾旅人、cero、中村佳穂、Tempalay、ドレスコーズらを手がける奥田泰次の仕事術(前編)

レコーディングでの時間の使い方が空気感として音に表れる

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チャンスが回って来たときにできるよう常日頃ミックスしていた

──結局スタジオに就職できたんでしょうか?

スタジオにはなかなか入れず基本ニート、たまに映画の試写会やホール録音のお手伝いをやっていました。それでまた目等さんのところに相談に行って、サーティースというCM音楽をやっているプロダクションを紹介してもらいました。当時、Pro Toolsがこれから主流になっていくという時期だったんですけど、自分もスポンジ状態なので集中してすごく早く使い方を覚えて。そのスタジオは外部エンジニアが来ることも多くて、Studio Sound DALIの橋本(まさし)さんには常日頃からいろいろアドバイスをいただいていて、もともとDALIにいたprime sound studio formの森元(浩二)さんを紹介していただき、そこで初めて一般的な商業的なスタジオに入れました。森元さんにはそんなに怒られた記憶はないんですけど、言葉遣いに関してはけっこう言われましたね。一般常識が欠落していたので社会人として成長できた時期ですね。

──formで初めて仕事としてミックスをやったんですか?

しばらくは森元さんのミックスのアシスタントとして過ごしました。SSLや多くのアウトボード機材を駆使する緻密な作業で、森元さんは思い付いたことをすぐに試すんですけど、ビックプロジェクトも多かったですし、それを間近で見れたことは自分にとって大きな糧となりました。この時期、僕は録音にはあまり興味が持てなくミックスエンジニアを目指していて、遊びの延長のようにアンダーグラウンドな作品のミックスを常日頃やって、自分のスタイルをいろいろ模索してました。この頃シンガーのAIさんの録音エンンジニアをやらせてもらうようになり、とてもアーティスティックで真摯な人柄で、人間的にとても尊敬していますし、仕事を通じて自分自身成長できたと思います。Jazzy Sportのプロジェクトも活発な時期でロイ・エアーズやSlum Villageなど海外のアーティストと分け隔てなく仕事できたのは、とても大きく感謝しています。DJ Mitsu The Beatsとホセ・ジェイムズのコラボ曲はホセが自身のアルバムにも収録してくれてうれしかったです。

──その後は?

formは2年半くらいで辞めて、2007年に現studio MSRを仲間と借りて、そこを拠点にフリーランスとして始めました。当初はJ-POPのミックスを多くやっていました。2014年に今のミックスルームに移り、この頃にはバンドものが多くなって、自分の方向性が定まってきました。

曲の持っているムードや匂いが重要

──それではここからミックスの具体的なお話も聞いていきたいと思います。七尾旅人さんの「サーカスナイト」(2012年8月リリース)はバランスが現代的で痛さがまったくないと感じたんですが、このあたりはヒップホップから入った経験が大きいんでしょうか?

これはマスタリングはkimken(木村健太郎)にやってもらったんですけど、言われてみると日頃から「高域の感じは変えないでほしい」とよくリクエストしますね。重心が低いほうが好きで、声にしろドラムにしろ音が痛いことに関しては敏感かもしれないです。このへんの趣味はヒップホップを通ったというのもあるけど、ホールで聴くクラシック音楽に気持ちよさを感じたのが大きいかもしれないですね。録音においてはマイクの存在をなくしたいと思うし、ミックスにおいてはスピーカーの存在をなくしたいです。

──なるほど。

基本的には旅人くんは弾き語りだけど、それに対して、スネアに何か重なっていたり生じゃなくてシンセベースだったり、アレンジが現代的なので、それをどういうバランスでやるかを考えましたね。自分の中ではミックスの順序は決まってなくて、ドラムから始めることもあれば歌から始めることもあります。

──最初にバーッと全体のバランスを作ってからやる感じですか?

そうですね。アレンジャーさんがいる曲では文章で解説が来たり、リファレンス曲が送られてきたりすることもありますけど、まずは無視してミックスします。先にそれを見たり聴いたりすると自分の頭の中に残っちゃって、自然でいられなくなってしまうので。ある程度カタチになったら文章を読んだり、ラフミックスを聴きます。

──録音の前に打ち合わせでそういう話をすることは?

相手がしたいと言えばするけど、事前の打ち合わせも自分からはほぼしないですね。「サーカスナイト」だったら、「旅人くんはどういう顔をして歌っているのかな」とか、曲自体の持っている温度感を大切にしました。中村さんがエンジニアリングされている、折坂(悠太)くんの「平成」というアルバムが好きでよく聴いているんですけど、ボーカルがドライだとか、リズムにルームリバーブがかかってるとか、そういう技術的なことは言えるかもしれないけど、重要なのは“静けさ”を表現できていることだと思うんですよ。それは単純に音数が少ないとかBPMが遅いとかいう話じゃないし。説明する言葉よりも、曲の持っているムードや匂いみたいなもののほうが重要で、それを感覚で汲み取るのが正解だと思うんですよね。

ceroは録音のときにかなり詰めている

──ceroの「魚の骨 鳥の羽根」(2018年5月リリースの「POLY LIFE MULTI SOUL」収録)を聴いていて、ハイハットがすごく近いと思ったんですけど、音楽的に大きいほうがいいということで、ミックスであとからバランスをけっこう変えているんでしょうか?

これは録音のときにかなりセッティングを詰めていて、メンバーの荒ピー(荒内佑)の好みが大きいですね。楽器自体も曲ごとにドラムをキットごと変えたりしています。ceroのこのアルバムに関しては、バンドメンバーが7人くらいいて、VICTOR STUDIOの302studioで“せーの”で録りました。なのでライブ感がありますよね。とにかく全員同時に鳴らす環境がほしいと言われたので、ボーカルも一緒に録っちゃったんですよ。

──ヒップホップだとビートがぎゅっと中央に集まっていると思うんですが、この曲では広げているような感触を感じました。

当時サム・スミスを聴いたとき、普遍的なR&Bアレンジなのにドラムにステレオ感があったりして、オーセンティックな編成なのに新しいと感じていて。それでドラムやクラップもステレオ感を持たせたほうが今っぽい感じが出ると思っていた時期ですね。

──広げるために何か特別な技法を使っていますか?

MASELECのアウトボードで広げることもできるし、最近はプラグインはLEAPWING AUDIOのCenterOneをよく使いますね。めちゃめちゃ広げるというよりは、両脇に置く楽器だけかけるとか。キックとかベースにリバーブやディレイをかけることもあります。

──録りのセッティングはどうしていますか?

新しい機材は好きで、常にマイクなど何かないか探していますね。セッティングリストもギリギリまで考えてしまうし、当日変更も多いかもです。キックはステレオマイクで録ったり、あとはオフマイクにSANKENのCO-100Kみたいな、かなりレスポンスが早いマイクを使ったり。部屋の初期反射が少なければ、かなりステレオ感が出せるんですよ。わりと低めにセッティングして。確かそれをやっていた時期だな。結局ミックスでは荒ピーにはあんまり広げないでくれってリクエストされたんですけど。

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奥田泰次

奥田泰次

奥田泰次

現在はstudio MSRを拠点に置いて活動している。2013年にPhysical Sound Sportのメンバーとしてアルバムリリース。近年手がけたアーティストは、SOIL&“PIMP”SESSIONS、cero、七尾旅人、中村佳穂、Tempalay、Chara、UA、ハナレグミ、原田郁子、角銅真実、Suchmos、MONO NO AWARE、Attractions、ドレスコーズら。

中村公輔

1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。

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