土岐麻子の「大人の沼」 ~私たちがハマるK-POP~ Vol.1 [バックナンバー]
かくして私は“関係性萌え”に目覚めた
~土岐麻子がK-POP沼に落ちるまで~
2020年4月24日 19:00 79
この連載では、土岐がK-POPの魅力をさまざまな角度から掘り下げていく。初回はまず、土岐本人がいかにして“K-POP沼”へと落ちていったのか、その経緯を語ってもらった。
取材・
BLACKPINKで落ちた“K-POP沼”
きっかけは
そもそもなぜ韓国の文化に?という話をすると、すごく長くなるんですけど……15年くらい前に、私のソロアルバムが韓国でリリースされたんですね。日本で発表した作品が向こうのインディレーベルからリリースされることになって。そのときはちょうど、韓国で日本の音楽が解禁されたタイミングだったんです。ラジオやテレビで日本語の曲を流すことがそれまでは禁止されていたそうなんですけど、2004年に全面解禁になったんです。ということで、プロモーションで韓国に行って、テレビで歌ったりラジオに出演したりしました。その頃私はまだ日本でもほとんど音楽番組に出たことがなくて。そんな中で、日本でいう「ミュージックステーション」みたいな大きな音楽番組に出させてもらって、とにかくよくしてもらったんですよ。みんないい人たちばかりだし、通訳の人もスタッフの人も、素直なコミュニケーションをするんですよね。感情がわかりやすい。怒るときは怒るんだけど(笑)、好きな気持ちとか、おいしいとか、素敵だという気持ちをすごく素直に表現してくれて。ライブをやると「どこの国?」ってくらい盛り上がるんです。同じアジアだしパッと見は日本人と変わらないんですけど、反応はアメリカ的というか。盛り上がる曲では立ち上がって、バラードでは隣の恋人に寄り添って泣きながら聴いていたり。ただ、いいことばかりではなくて……その素直さで傷が残ることもあって。
とあるラジオ番組に出たときに、大御所のパーソナリティで、その方はあまり日本が好きではなかったみたいなんです。通訳の人には「けっこう辛口な方なので、どこまで訳していいかわからないです」と言われたけど、全部訳してくださいと伝えました。辛辣なことも言われたんですけど、私なりに丁寧に答えて。最後に「僕は日本人のことは嫌いだけど、君のことは応援する」と握手をしてくれたんです。その場でのインタビューの答えとしては満点だったのかもしれないけど、自分の音楽の話は全然できなかった(笑)。モヤモヤした気持ちは残しつつ、どうしても「日本人だから」「日本人だけど」という大きすぎる前置きがあって、その先に私の音楽があるという事実があるんだろうな、その前置きがいつかなくなるといいなと思いながら行ったり来たりしていたんです。
そのあと私がメジャーに移籍したことで韓国との契約もなくなって、韓国語も中途半端に勉強したまましばらく何もしていなくて、そのときのこともしばらく忘れていたんです。ここで話は戻るんですけど……一昨年くらいに「第二外国語をしっかりマスターしたい」と思い立って英語を勉強し始めたんだけど、全っ然できなくて(笑)。私に向いてる言語はないかと思ったとき、そういえば韓国語は昔少しやってたし、韓国語は日本語と構造が似ているから、改めて勉強し直してみようと思って、韓国のマンガとかを探していたんです。本当に話が長かったですね(笑)。そこでBLACKPINKに出会ったわけなんですけど、15年前に出会った人たちや感じた思い、願いを同時に思い出していたときだったので、ちょっと意識的にハマってみようかなと考えたのがきっかけです。それまではK-POPにもあまり興味を持っていなかったし、そのときもK-POPというよりはとにかくBLACKPINKのことをもっと知りたいと思って。
K-POPの魅力と子音 / 母音のニュアンス
きっかけになったのは「Forever Young」という曲のプラクティスビデオなんですけど、この曲の振り付けは「フラッシュダンス」(1983年公開のアメリカ映画)みたいな懐かしいエッセンスがちりばめられていて、そこに惹き付けられたんです。私は学生のときにダンス部に入っていたので、スタジオの板張りの感じだったり、ラフな練習着の感じに青春時代を思い出してキュンとするというか。しかも「Forever Young」ですからね(笑)。忘れかけていた若い日を一瞬で思い出させてくれるようなところにグッときたんです。
BLACKPINKは4人共ダンスがうまくて、何度も観ているうちに「みんな声もいいな」と。声の個性もはっきりしていて、私はよく知らないグループの声を聴き分けるのが苦手なんですけど、BLACKPINKはハマりかけの段階で聴き分けられたくらいそれぞれがキャラ立ちしている。最初は「Forever Young」のプラクティスが好きというだけで、そればかり繰り返し何度も観ていたんですけど、「ほかの曲も聴いてみようかな」と思って次に聴いたのが「WHISTLE / 口笛」。これは単純に曲としてカッコよくて「こんなカッコいい曲やってるの!?」って。そこまではまだBLACKPINKを聴き始めたことを誰にも話してなかったんですけど、BLACKPINKが好きだという気持ちを誰かと共有したくなって、K-POPが好きなオカモトレイジ(
K-POPのアーティストは歌がうまい人が多いですよね。それはもしかしたら韓国語の発音、言語的な特徴によるものなんじゃないかという独自の研究も進みまして(笑)。子音と母音はどの言語にもあるけど、どれ1つとして同じニュアンスのものはないと思うんですね。韓国語は日本語と比べると子音が短くて、母音の意識が強い気がする。日本人は子音と母音を意識して話したり歌ったりしないですよね。「か」とか「さ」とか独立した文字として表せるから。ローマ字で書けば「Ka」「Sa」って分かれてるけど、普段は意識しない。「誰かー」と伸ばすときは「かあー」と母音の「あ」を伸ばさなきゃいけないんだけど、「かー」で伸ばすと息切れするし、伸ばしているところがグルーヴしない。ハングルは子音と母音と、さらにパッチムという語尾に付く子音が1つの文字で構成されていて、それが一目瞭然でわかるから、子音と母音の組み合わせという概念で話しているんだろうなと思ったんですよ。だから1音1音に弾けるような力があって、ロングトーンで伸ばすときにグルーヴがあるんだろうなって。それまでも私はキャリアや経験で、伸ばすときは母音を意識するように頭で考えて、頭の中で一度ローマ字に変換して歌うこともあったんです。でもK-POPの発音を研究することで、それがさらに理解できた。その研究成果を自分の新しいアルバム(2019年10月発売の「PASSION BLUE」)で取り入れてみたんです。何人かから「発音が変わったね。ブラッシュアップしたでしょ」という指摘があったので、研究の甲斐あったなと。そんな研究をする一方で、どんどんK-POPの魅力にハマっていって……。
“関係性萌え”が沼の入り口
だんだんハマっていく中で「同じ熱量で話せる人が欲しい」と思って、これは口にしていかなきゃダメだと。レイジくんのあと、
そうそう、BLACKPINKはメンバーみんなで一緒に住んでるんですよ! そんな素敵なことあります? K-POPのアーティストは練習生みたいな時期にみんな寄宿舎みたいなところで生活していて、デビューしたあともそのまま一緒に住んでたりするんです。メンバーが家から配信するから、飼ってる犬の名前とかまで覚えて(笑)。その家で過ごしている素のやりとりが、15年前に韓国で感じた韓国の方ならではの素直さみたいな印象そのままで。“好き”の表現がすごいんですよ。女の子同士なんだけど、さりげなく手を恋人つなぎにして動画配信したりとか。カッコいいステージングとのギャップ萌えみたいな……そういう“萌え”の感情を持ったことがなかったんです。だから真っ先に矢野さん(土岐がかつて所属していたCymbalsのドラマー・矢野博康)のことを思い浮かべました。矢野さんは早くからモーニング娘。のファンで、Cymbalsのときある日スタジオで「俺、モーニング娘。が好きだ」と表明したんです。私はまだ20代前半だったし、どう返していいかわからなくて「えっ、キモい」って言ってしまったんです。そこから矢野さんは1週間くらいまったく口をきいてくれなくて(笑)。今になってようやく、その気持ちがわかります。すごく矢野さんに謝りたい。
矢野さんがモー娘。や野球やプロレスが好きなのは、そこにストーリーやメンバー同士の関係性があるからだと言ってたんですね。BLACKPINKもタイから出てきたメンバー(リサ)が初めは韓国語をまったく話せなかったのに、ペラペラになるまで一生懸命勉強して、デビューも果たす……そういうそれぞれのストーリーがあって、4人は今大成功を収めつつある中で今も一緒に暮らしている。その“関係性萌え”を理解したとき、これが沼なんだなと自覚しました(笑)。BLACKPINKは大きな事件もなく、比較的平穏なグループなんですよ。だから私もほのぼのした気持ちで応援できていたんです。のちにそれは、K-POPファンとしてはすごく幸せなことなんだと気付きました。
MONSTA X、MAMAMOO……沼の第2段階へ
私はBLACKPINKを追いかけているだけで幸せだからそれだけでいいやと思っていたんですけど、レイジくんから「ナムジャドル(男性グループ)にもハマりなよ」と言われて。いろいろオススメの動画を送ってくれたりして、BTSもカッコいいなとか思いながらも「いやいや、これ以上手を広げたら日常生活もままならなくなる」と思って、あまり目を向けないようにしていたんです……が、ある日レイジくんが送ってきた
この「Shoot Out」のリレーダンス動画を送ってくれたんですけど、私は開始2秒で爆笑しちゃったんですよ(笑)。振り付けがまずめちゃめちゃ面白くて、先頭のリーダーのショヌが胸筋が震えるような動きを披露するんですけど、その震えが音と相まってすごく面白いんです。うますぎて笑っちゃう感じ。「レイジくん、私笑っちゃったんだけど、この見方で合ってます?」って返したら「合ってます」って(笑)。自由なタイミングでバトンを渡しているのか、「えっ、ここで俺に渡す?」的にメンバーもお互い笑っちゃったりしてるんですよ。それぞれのキャラを知らなくても「なんでこの人たちこんな勇ましい曲で笑いながら踊ってるんだろう?」というのでツボにハマって、ちょっと元気がないときとかにこの動画を観てたんです(笑)。一緒に「Shoot Out」のMVも観たんですけど、リレーダンスのほうが圧倒的に面白いからこっちばかり観ていて……この曲しか知らない状態が半年くらい続いてたんです(笑)。BLACKPINKにはある種憧れもあったんですね。歳下だし、これから彼女たちのようになれるわけじゃないんだけど、過ぎし日の憧れ、遠い昔の自分と重ね合わせてうっとりするみたいな。究極は「BLACKPINKになりたい」なんですよ(笑)。そういうハマり方だから、私がナムジャにハマるわけがないと思ってた。
だけど、半年「Shoot Out」を聴いていたら曲が頭にこびりついて、シャンプーしてるときなんかに「あのメインボーカル、どういう発声してるんだろ?」と気になり始めて。それで改めてMVのほうを観てみたら……気付いてなかったけど、シンプルに歌がうまいんですよ(笑)。歌声にまず惹かれちゃって、いくつか聴いているうちに好きな曲が出てきたり。メインボーカルのキヒョンの発声が気になったのが次の“沼”の入り口ですね。職業柄いろんな人の発声法に注目してしまうから、最初はただキヒョンの発声や発音に注目して聴いていたんです。関連動画でいろんな曲を聴いているうち……またプラクティスビデオに当たったんですね。私、作り込まれたカット割りのダンス映像にはあまり興味が持てなくて、引き画で定点で見えると一気に好きになったりするんです。それでクオリティの高いダンスを観てハマって……こうやって会員証を持つまでになりました(笑)。今はラップも歌もダンスもうまいジュホン推しです。
どのグループにも共通して言えるのは、とにかくクオリティが高い。こんなに極めることができるんだ、みたいな……たぶん努力の量、練習量がすごいんでしょうね。びっくり人間を見ているような感じというか(笑)。私は今もそこまで広く聴くタイプではないんですけど、最近は
そうやってMONSTA Xに順調にハマっている中で……去年の10月31日に、韓国旅行から帰ってくる飛行機から降りたところで推し仲間からLINEが来たんです。「土岐さん大変。今旅行中だと思うけどショック受けすぎないでね」って。それがメンバー脱退のお知らせで。自分とは関わりのない芸能人の脱退劇がこんなに自分の頭をかき乱すことがあるのかというくらい(笑)、頭が真っ白になっちゃったんですよ。荷物受け取りの記憶がない(笑)。新作のプロモーション期間に脱退するなんて……と事情を追ってみたら、けっこうひどい話だったんですよ。BLACKPINKだけに注目していたときは知らなかったんですけど、K-POPではわりとそういうことがあるみたいで。そんなつらい経験をすると、ファン同士の絆も深まっていくんです。納得できないから運動しよう!と署名したりとか、私そんなの初めてですよ。「このグループがこの先どうなっていくかわからないけど、最後まで見届けよう」というこれまで経験したことのない浪花節が芽生えて、グッズをたくさん購入したりするようになりました(笑)。
どんどん進化する姿に夢がある
それぞれの人にそれぞれの推し方があると思うんですけど、私個人の考えとしては……彼ら、彼女たちはどんどん進化していくんですよ。歌の技術もダンスの技術も、ルックスも。作品ごとに新しいイメージを打ち出してガラっと雰囲気を変えたりして、どんどん進化させていく。そこに夢があるなと思っていて。その人ならではの個性というのもあるんだけど、ある日全然別人みたいに生まれ変わったり、別のグループになったかのような曲を出したりする、そこに夢があるんです。
私が音楽を作る立場だからかもしれないけど、常に自分が興味を持つものに正直でいたいし、フレッシュでいたいと思っているんです。中学の頃から熱心に音楽を聴き始めて、そこから好きになるものがどんどん変わっていく中で自分の音楽性や体験が豊かになったという実感がある。ソロデビューしてからも“土岐麻子らしさ”を守ろうとした作品は今思えばあまりよくなくて、そのとき自分がいいと思うものに正直になったほうが結果的に満足できるんです。それで前に進むことができる。だから表現する者として自分の変化に正直にいなくてはいけないと思ってるんですけど、40歳を過ぎたあたりからそこに躊躇が生まれ始めたんですよ。例えば、学生時代には聴いてこなかったアメリカのヒップホップを急に最近好きになって、家でよく聴いてるんですね。じゃあそれを自分の作品に取り入れてみようかと考えたときに、どこか躊躇してしまう。昔は急にジャズを聴き始めて大好きになって、ジャズのアルバムを作ったりしたのに。
この躊躇ってなんだろう、って自分でもまだつかみきれていないんですけど……かつては「年寄りは年寄りらしく」という概念が確かに存在したじゃないですか。40過ぎたら色味の派手じゃない服を着るとか。私にもそのくだらない思い込みがすり込まれていたようで、これまでと同じように興味を広げて表現を続けていくと、実年齢と離れたものになっていくかもしれない。これはいけないことなんじゃないか、と思ってしまうことがあるんです。服装だって髪型だって自由にすればいいじゃんと思うんだけど、なかなか勇気が出なくて躊躇しちゃう。そんなときに、自分がなりたいものを目指してがむしゃらに努力するK-POPアーティストを見ると、すごく勇気をもらえるんです。固定したキャラを逸脱することに不安を感じている人には、どんどん変わっていく彼ら彼女たちがうらやましくもあり、勇気や夢がもらえるんじゃないかなって。
年齢、性別、国境を超えて“好き”でつながるマブダチ
K-POPのグループを推していく中で出会った人には同世代が多いんですけど、歳下の人もけっこういるんですよ。ライブ会場で10代の子とお話することもありますし。なんかね、年齢差を感じないんですよ。向こうがそう言ってたからそうだと思うんですけど(笑)、“K-POPが好き”という1つの共通言語の中では年齢も性別も国境も関係ないというか。同じグループが好きだったら誰でも2、3時間くらい話せるほどで、それはK-POPが好きになったことで初めて体験した、副産物のようなものですね。今まで会えば挨拶する程度の関係だった人も、同じグループが好きだとわかったとたんにマブダチみたいになるというか(笑)。
好きなものは共有したいし、好きなものを好きだと口にするのってすごく豊かなことだと気付いたんですね。自分のその気持ちも大切にしたいし、他人のそれも大切にしたい。K-POPを好きになるのは茨の道でもあって……国際関係が揺れていたりする中で批判や抵抗が枷になっていくみたいな。昔、私は矢野さんが好きなものにケチをつけたわけですよ。矢野さんが1週間口をきいてくれなかったことはすごく正しい。誰かの好きなものを否定することは、その人の現在はおろか未来までも奪うことになるかもしれない。好きじゃなきゃいけない理由なんてなくて、純粋に好きだから好きでいる、そのことに価値があるわけで。15年前、韓国で「日本人“だけど”いいですね」と言われたとき、前提なしに好きになってもらえたらいいなと思ったわけですけど、最近新大久保とかに行くと感動するんですよ。日本人とか韓国人とか関係なく、みんなが好きなグループを推していて。15年前に「こうなったらいいな」と思っていたムードがそこで実現しているんです。だからこの連載では、仕事ではなんのつながりもない、ただただ単に好きなK-POPについてたくさん語って、同時にいろんな人にも会ってさまざまな“推し活”をもっと知ったりして、みんなでこの豊かさを噛み締めて共有できるようなことをしていきたいです。
土岐麻子
1976年東京生まれ。1997年にCymbalsのリードボーカルとして、インディーズから2枚のミニアルバムを発表する。1999年にはメジャーデビューを果たし、数々の名作を生み出すも、2004年1月のライブをもってバンドは惜しまれつつ解散。同年2月には実父にして日本屈指のサックス奏者・土岐英史との共同プロデュースで初のソロアルバム「STANDARDS ~土岐麻子ジャズを歌う~」をリリースし、ソロ活動をスタートさせた。2007年11月にアルバム「TALKIN'」でメジャーデビュー。ユニクロのCMソング「How Beautiful」や資生堂「エリクシール シュペリエル」CMソング「Gift ~あなたはマドンナ~」などで注目を集め、さまざまなアーティストとのコラボレーションでも評価を集めている。2019年10月にソロ通算10作目となるオリジナルフルアルバム「PASSION BLUE」をリリースした。
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