エンジニアが明かすあのサウンドの正体 第1回 [バックナンバー]
米津玄師、宇多田ヒカル、Official髭男dismらを手がける小森雅仁の仕事術(前編)
同業者の中村公輔がインタビューする新連載
2019年8月10日 12:00 64
言語による子音と母音のバランスの違い
──Yaffleさんの「UNIKA」(2019年5月発売)や
言語によって子音と母音のバランスが違うので処理も少し変わってきます。「UNIKA」はイタリア語や英語、「Movie Palace」はフランス語ですけど、どちらも日本語より子音が強いので、歌をあまり大きくしなくても聞こえやすいです。日本語だと母音が多くて重心が低めなので、ほかの音と混ぜたときにこちらでいろいろ処理しないと埋もれがちなんですけど、英語などは子音が強いので日本語の歌よりも少ない音質調整ですむことが多いです。
──先ほどYaffleさんは最初から楽曲の世界観ができあがっているという話がありましたが、どういうやって作業を進めていったんですか?
Yaffleさんの場合、毎回ご本人がしっかり作った参考用の2ミックスがマルチトラックと一緒に送られてくるんですね。なのでそれを聴いて、そこに寄り添いながらかつ自分の提案も入れながらやっていく感じですね。「UNIKA」に関してはレンジ感は広くモダンな雰囲気にしながら、ベースなど1つひとつの楽器はビンテージ感のある音にしました。
──なるほど。以前、世武さんはインタビューで「ピアノの音が上手に録れないことがずっと悩みの種だったけど、小森さんは信用できる」と語っていたんですが、何か特別な録り方をしているんですか?
オンマイクとオフマイクを立てて、どちらか一方を使うか混ぜて両方使うかくらいで、特殊なことはしてないですよ。ただ、あまり過度なイコライジングやコンプレッションはしないようにしています。もしかしたら、それがご本人が演奏をしたときの感覚と近く、理想通りになっているということなのかもしれません。オケが混み合っていてピアノの音を立てないといけないときはオンマイクを出しますけど、僕はオフマイクの音が好きなので、そちらの音を多めに出すと自然なニュアンスに感じられるんだと思います。
──ピアノって、未処理だとペダルを踏んだときの“バシャー”という音が入ってしまうこともあると思うんですが、その辺りはどうしていますか? 個人的にはソフト音源を使ってノイズのないピアノの音が簡単に作れる現在では、むしろRhyeの「Spirit」(2019年5月発売)で鳴っているようなバシャバシャにノイズが入ったピアノも新しいと思っているんですが。
僕もRhyeみたいな温かみのある音は好きで、そういうふうに録ってと言われるときもあります。アーティストに消してくれと言われたら、ノイズ処理ソフトで細かく削っていくこともありますけど。変わったピアノの音で言うと、スフィアン・スティーブンスの「Michigan」(2005年8月発売)のローファイなピアノの音が好きで、それを再現するためにハンマーと弦の間にTシャツを1枚かまして録音したことがあります。そういうふうにまずは楽器側で何かできないか、試してみることが多いですね。
──ピアノ以外の楽器で何か特殊な方法で録った曲はありますか?
米津さんがプロデュースした「パプリカ」という曲で「スネアをちょっと変な感じの音にしたい」と言われて、スネアの上に小さいシンバルを置いて叩いたことがありましたね。
ミックスはPC内で完結
──
僕はどの曲もイン・ザ・ボックスでミックスしています。あの曲はプロデューサーさんから「前後左右の広がりと奥行きのあるミックスを」というオーダーをいただいて、僕もそうしたいと思っていたので努めてそういう音にしました。
──具体的にどうミックスしたか説明していただけますか?
まずパンニングといって楽器の音を左右に振ったり、リバーブをかけて空間を広く聴かせたりつつ、いろんな楽器が同時に鳴ったときに干渉し合う帯域を少し整理して、お互いのスペースを潰し合わないような音作りにしています。それからこの曲に関しては、楽器間の関係性で相対的に広く聴かせるようにしていますね。例えばボーカルやキック、スネア、ベースは真ん中に置き、ブラスは思い切り左右に広げているので、その対比でより広く聞こえると思います。
──奥行き感に関しては?
鳴っている楽器を無理に全部聴かせようとするとグシャッとして平面的になってしまうので、「ここはこの人が主役」と決めて、そこだけ前面に出していきました。もちろんボーカルが主役としてありつつ、ブラスをバーンと出したり、ギターを出したり。シンセやゴスペルクワイアも入ってるんですが、それらをセクションごとにボリュームを上げ下げして、そのときの主役とそうじゃない人の差をはっきりつけて立体感を出しています。全部を一律で出してしまうと、賑やかで派手にはなるんですが、派手という印象だけが先行しちゃって逆にアレンジやサウンドの印象が残りにくいと思うんですよね。
──イン・ザ・ボックスということですが、エフェクターもハードウェアは一切使わずに、プラグインだけで完結しているんでしょうか?
そうですね。僕がエンジニアを始めたときはもう珍しいことではありませんでしたし。自宅の作業部屋とスタジオを行き来しながらミックスしているのですが、ハードウェアを使うと完全に元に戻すのは不可能なので、その日のうちにミックスを仕上げないといけなくなる。これは僕自身の都合なんですけど、1日でミックスを仕上げないんですよ。必ず一回寝てから後日もう一度客観的な耳で聴くということを絶対やっていて、そういう工程を考えるとファイルを開けばリコールできるという利便性は大きいです。ハードウェアの音が必要なときには、録りの時点で使います。システムとしては、MacにThunderbolt接続で、オーディオインターフェースとしてAPOGEEのSymphony I/Oをつないで、モニタコントローラーとしてGRACE DESIGNのM920を使っています。それにヘッドフォンやスピーカーをつないでいます。
小森雅仁
1985年2月生まれ。バーディハウスを経てフリーランスのレコーディングエンジニアに。
中村公輔
1999年にNeinaのメンバーとしてドイツMille Plateauxよりデビュー。自身のソロプロジェクト・KangarooPawのアルバム制作をきっかけに宅録をするようになる。2013年にはthe HIATUSのツアーにマニピュレーターとして参加。エンジニアとして携わったアーティストは入江陽、折坂悠太、Taiko Super Kicks、TAMTAM、ツチヤニボンド、本日休演、ルルルルズなど。音楽ライターとしても活動しており、著作に「名盤レコーディングから読み解くロックのウラ教科書」がある。
※記事初出時、一部楽曲タイトル内のアーティスト名に誤りがありました。訂正してお詫びいたします。
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