「S2O JAPAN SONGKRAN MUSIC FESTIVAL」の様子。

十代とダンス 第2回 [バックナンバー]

水かけEDMフェス「S2O」に表出する身体感覚の世代差

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ダンスミュージックの楽しみ方も、世代によって変わってきている。EDMフェスの巨大化や一般化、楽曲のリズムの変化、スマートフォンの普及など、時代に呼応しながらダンスのスタイルが変容しているのだ。それを象徴するようなタイ発のEDMフェス「S2O JAPAN SONGKRAN MUSIC FESTIVAL」が、8月4、5日に東京・お台場で初開催された。ダンスフロアに水が放たれてオーディエンスが全身ずぶ濡れになるという、テクノロジーを活用した最新の奇祭だ。音響からの聴覚、照明や映像演出からの視覚だけでなく、触覚までに過剰な演出が及ぶようになったのだ。ここでは「S2O JAPAN」の現場レポートを起点に、若者たちのダンスの楽しみ方の変容を考察していきたい。

取材・/ 高岡謙太郎

触覚に演出が及ぶ“最新の奇祭”

「S2O JAPAN」が既存のフェスと違う点は、DJブースの前に放水機が何台も設置され、曲が盛り上がった瞬間に大量の水が撒かれること。フロアの全員が全身水浸しになるという今までにない体験によって、オーディエンスに高揚感がもたらされる。この放水、もともとはタイの旧正月に行われる仏像や仏舎に水をかけて清める伝統的な風習から発展した、街中の人々に水をかけ合って楽しむお祭り「ソンクラーン」を下地にしており、文化的な文脈がある。タイ本国の「S2O」は2015年から開催されており、今年は3日間で6万人が来場。もはや定着したと言えるだろう。伝統行事をアップデートして親しみやすいものとしている点で、日本で盆踊りの際にDJが出演することが増えたことと同時代性を感じる文化の変化だ。

「S2O JAPAN SONGKRAN MUSIC FESTIVAL」の様子。

「S2O JAPAN SONGKRAN MUSIC FESTIVAL」の様子。

「S2O JAPAN SONGKRAN MUSIC FESTIVAL」の様子。

「S2O JAPAN SONGKRAN MUSIC FESTIVAL」の様子。

酷暑の熱狂に打ち水を

「S2O JAPAN」の開催当日まで、筆者は「日本人は人前で水を浴びることに抵抗があり、集客が厳しいのでは?」と思っていたが、蓋を開けてみるとお台場の会場は2日間で2万人が集まり満員となった。フロアを見渡すと、世界各国から来たDJのプレイがピークに達するたびに水が降り注ぎ、観客は一体感に狂喜している。筆者も体験してみたところ天から降ってくる水の適度な水圧と水温が気持ちよく、かなりの手間と予算がかかったエンタテイメントに心身から浸たることができ、今までにない文化を形成していくことへのこだわりも感じられた。1990年代は高揚感と一体感を得るために、ダンスフロアでハグをする行為が当たり前だったが、時代背景も変わった現代ではセクハラなどの可能性も高まり、触覚的な一体感を得るために放水というアイデアが生まれたとも捉えられる。国内のダンスミュージックシーンにおいては、イビサで行われているバブルマシーンで泡を放出する“泡パ”の輸入版も行われていたが、それよりも今回の取り組みは規模が大きい。とにかくEDMフェス全体の集客は増えているのが現状だ。ちなみに「S2O JAPAN」のPR担当である森谷悠以氏によると、開催にあたり「タイ本国との話し合いに1年以上かかった」とのこと。ほかにも海外では、フロアに絵の具を散布するEDMフェス「Life In Color」などもあるが、とにかくここ日本でも、身体から音楽に熱狂するというエンタテインメントの新たなフェーズが立ち上がったのだ。

「S2O JAPAN SONGKRAN MUSIC FESTIVAL」の様子。

「S2O JAPAN SONGKRAN MUSIC FESTIVAL」の様子。

「S2O JAPAN SONGKRAN MUSIC FESTIVAL」の様子。

「S2O JAPAN SONGKRAN MUSIC FESTIVAL」の様子。

フェス向けの楽曲によるダンスの変容

実際に現場に足を運ぶまでは、「EDMフェスの盛り上がりは90年代初頭のレイヴミュージックに近いのでは?」と思っていたが、いくつか通ってみて違った点は、身体の動かし方である。現在のEDMフェスでプレイされているジャンルはトランスから派生した曲もあるが、万単位のオーディエンスを集めるフェス向けの、ラウドな鳴りのビッグルームや、ベースミュージックから派生したEDMトラップ、アメリカナイズドされたEDM向けのダブステップなどが増えている。このような近年の楽曲のリズムの変化は、これまでのクラブミュージックとは違った身体の動きを誘発させる。これまでのテクノやハウスなどにおける四つ打ち系のダンスミュージックは、キックに対する裏打ちのハイハットの「ドンチッドンチッドンチッドンチッ」のリズムによって、足を動かすダンスで高揚感を得る。それは四つ打ち系から派生したサイケデリックトランスやガバなどのダンスの足の動かし方に顕著に現れている。

それらと違って現代のEDMフェスでは、裏打ちのハイハットが鳴らず、オーディエンスはスネアに合わせてリズムを取り、上半身を揺さぶるような動きを取ることが多い。極端になるとヘッドバンギングも行われて、足でリズムを取ったとしても大幅に体を動かすことは少ない。楽曲の構造的も、ハイハットが鳴らないぶんの余白に高音のシンセを鳴らす空間処理が流行りだ。クラブという空間で箱鳴りして映えるハイハットよりも、フェスではラインアレイスピーカーで遠くまで高く飛ばすシンセ音が映えるのだ。今後はEDMフェス派生のダンスのスタイルはより細分化されていくだろう。

この変化は、スマートフォンの普及によって、カメラを身構えながら踊ることを前提にしていることも一因だ。足を動かす踊り方ではカメラがぶれてしまう。Instagram映え前提でフェスが形成されている部分もある。クラブミュージックでは、“ダンスフロアでの平等”を美学とし、誰もがフロアに集えて、誰もが自意識をなくして真っ暗なダンスフロアと一体化していくようにダンスを楽しんでいた。しかし現代はスマホの普及によって有名人がダンスフロアにいずらくなった。それによって、EDMフェスにVIPルームが併設されることが多いのも現代的な流れだ。加えてEDMフェスのフロアの前方は満員で身動きが取れないため、足を軸に踊ると邪魔になってしまう。これまでのクラブミュージックのようにスターシステムを否定して、誰もがフロアで満遍なく踊るような楽しみ方とは別物なのだ。

話をまとめると、最近のダンスミュージックはクラブ向けではなくフェス向けに様式が変化した。そのことでEDMの現場はリズムの取り方やフロアでの立ち振舞いが、クラブでのそれとは変わってきている。四つ打ち系を長年親しんできた人にとっては体に染み付いた感覚を変えることになるが、EDMフェスに足を運んでみると理解が早いのかもしれない。慣れないジャンルは体になじむまでに何度も聴いて時間がかかることが、音楽の不思議な魅力の1つである。

ミームダンスの流行

またフェス以外でも、YouTubeなどインターネットの動画サイトでもダンスが盛り上がっている。ミュージックビデオなどに盛り込まれたダンスのスタイルを真似て投稿し合うという、ミームダンス(バイラルダンス)と呼ばれる遊びだ。日本では、ニコニコ動画などでのハッシュタグ“踊ってみた”や、星野源「恋」のミュージックビデオでの恋ダンスなどに親しみがあると思うが、かいつまんでEDMの一部を紹介したい。

起点となった曲は、バウアーが2012年にリリースした「Harlem Shake」。曲のドロップと共に大勢で大騒ぎするビデオが、YouTubeに数多く投稿されて話題となった。フラッシュモブの影響が色濃いのが当時らしい。2015年には、Major LazerとDJスネークによる「Lean On」のエキゾチックなダンスが話題となり、最近ではメルボルンバウンスというジャンルから派生したシャッフルダンスがヒットして、日本のダンス教室でEDMダンス、カッティングシェイプス、パリピダンスなどと呼ばれ親しまれている。

ミュージックビデオにダンスの要素が欠かせなくなったのは、ダンスの練習のために動画を何度も再生するので、再生数が増加して注目されやすくなるからという側面もある。こういった盛り上がりから派生して、現在若者が気軽にダンス動画を投稿し合う動画サービスTik Tokが話題となり、手軽に盛り上がれるBGMとしてEDMが多用されている。

オンライン、オフライン含めてムーブメントの規模があまりに広いので、今回紹介できなかったものや自分がまだ知らない文化はまだまだある。ただ、このような不特定多数の集まる場所からは、社会の縮図のようなものが見えてくるはずだ。あまりにも情報が多い現代を生きる十代の若者は、自由に踊ることよりも、身体動作への規範を欲しているのかもしれない。

<つづく>

バックナンバー

高岡謙太郎

ライター、編集者。雑誌やWebサイトで音楽やカルチャー関連の記事を多数執筆している。「Designing Tumblr」(ビー・エヌ・エヌ新社)、「ダブステップ・ディスクガイド」(国書刊行会)、「ベース・ミュージック ディスクガイド」(DU BOOKS)など共著も多数。

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