ライブアイドルシーンの拡張と、ヒップホップ / ラップの一般化。この2つの事象がリンクしたときに生まれたのが、ラップをアートフォームの根本に置く“ラップアイドル”という存在である。その嚆矢となったのは、2010年結成のtengal6(現
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ラップアイドルの下地になったライブアイドルブーム
AKB48の登場以降に起こったアイドルブーム。その特徴の1つとして、“CDは握手券のオマケ”という非難も起こったCDのリリース形態が挙げられるだろう。CDを買うことでアイドルと握手などの接触ができる。それ故にCDという“盤”の需要が増え、CDショップのみならず、実際に接触が行われるライブハウスなどでのセールスの比重が高まり、現場でのライブの回数も増えていく。そしてアイドルのブームと業界参入への敷居が下がったことが重なりアイドルが増え、上記のような現場活動と音源リリースとの相互需要によって、楽曲制作の需要も高まっていった。そこにDTMの発達などをはじめとした音楽制作環境のミニマム化が相まって、さまざまなプロデューサーやクリエイターがアイドルミュージックシーンに参入。さらにカラフルな音楽が生まれていく……ざっくりと言えばこういった流れでライブアイドルシーンが形成され、2010、11年周辺にシーンは非常に活性化していき、数々の名曲が生まれていった。
そういったライブアイドルブームの中で、ヒップホップ / ラップというアートフォームで活動することを自己規定して登場したのが、lyrical schoolの前身グループである tengal6と、ライムベリーであった。
“ヒップホップアイドルグループ”として登場したtengal6
tengal6の結成は2010年10月で、結成当時のメンバーは、ami、ayaka、erika、mariko、mei、yumiの6人。このプロジェクトは、現在までプロデュースを手がけるキムヤスヒロの大学の卒業制作がスタートのキッカケ(※キムやリリスクのデザインを手がけるmzaなどが学生時代に制作していた「NEWTRAL」というフリーマガジンの企画としてアイドルグループの結成とメンバーを募集し、tengal6が発足。その流れでキムが“ヒップホップアイドルのプロデュース”を卒業制作として大学側に提出した )……と、非常に独特であると同時に、アイドルが芸能事務所などのプロのみが手がけるものに留まらず、手探りで始める“アマ”もシーンに参入してきたことを裏付ける事実であろう。このグループの発案について、雑誌「Floor」でのキムの言葉を大意で引くと、「カラオケで女の子が拙いラップをやってるのが可愛かった」というのが、ラップアイドルというフォーマットでのグループ結成のきっかけだったとのこと。そこからうかがえるのは“ラブリーなものとしてのラップ”という認識だろう。
日本語ラップシーンで言えば、2000年代はハードコアラップが強い一方で、RIP SLYMEやKICK THE CAN CREWの登場などによりラップというアートフォーム自体が一般化しつつあった。またCOMA-CHIやRUMI、COPPUなどフィメールラッパーも多く登場し、その裾野は広がっていっていた。そういった土壌の中で、“拙いラップ”をダメなものとするのではなく、そこに“キュートさ”を見出したキム。それがtengal6のプロデュースにつながっていくわけだが、事実、tengal6がラップが上手かったかと言われれば決して上手いものではなかったし、スキルフルとは対極と言ってもいいラップだった。
ラップの巧拙を超えた、ラップアイドルならではの魅力
しかし宇多丸(RHYMESTER)がTBSラジオ「アフター6ジャンクション」のラップアイドル特集で発した言葉を借りれば、「ラップは上手くても下手でもいい」。非常にハイスキルでも面白くもなんともないラップもあれば、タイム感のズレた拙いフロウであっても魅力的なラップもある。tengal6のラップは確かに拙かったが、それを上回る“ラップアイドル”というニューエラとしての驚きと、作品を手がけるプロデューサー陣の豪華さと、運営陣の選球眼の確かさによって、結成当初からその存在感は高かった。
例えば、2011年10月リリースの彼女たちの1stシングル「プチャヘンザ!」は、
王道のヒップホップに則ったライムベリー
一方、tengal6と時をほぼ同じくして登場したのが、4人組ユニットのライムベリーだ。アイドルグループ・usa☆usa少女倶楽部からの派生ユニットとして登場し、結成当時のメンバーは、MC MIRI、MC HIME、MC YUKA、DJ HIKARUの4人。MOE-K-MCZを手がけていたE TICKET PRODUCTIONが全面プロデュースを手がけた。その流れもあり、ライムベリーのデビューシングルは、MOE-K-MCZの楽曲を再生させた「HEY! BROTHER」であった。
tengal6とライムベリーの大きな違いは、まずはDJの存在だろう。tengal6は全員がラッパーというアプローチだったが、ライムベリーは3MC&1DJというスタイル。構成としても見栄えとしても、ヒップホップとして王道のMC&DJスタイルを取っており、その王道性は彼女たちのラップスタイルにも通じていく。例えば2013年7月リリースのシングル曲「SUPERMCZTOKYO」を取り上げれば、Funky Bureau「Clap Your Hands Together」をサンプリングしたブレイクビーツによるトラックメイキングと、テンポの速いトラックに対してオンのビートで細かくアプローチしていくラップ、そして「レコ箱」や「909」といった、オールドスクールとも言えるヒップホップワードの取り込みなど、ライムベリーの提示したヒップホップ性は非常にオーソドックスだった。それはE TICKET PRODUCTIONが、世代的に「さんピンCAMP」などに代表される1990年代中後期のヒップホップに影響されていることが理由として挙げられるだろう。そして、その分かりやすいビートの取り方にもよる部分もあるが、ライムベリーはラップが上手い。そこには世代的な部分もあるように感じさせられた。
ラップに対する世代的な意識の違い
結成当時、中学生で構成されたライムベリーと、20歳前後のメンバーで構成されたtengal6。そしてtengal6ではmariko、ライムベリーではMC HIMEがラップミュージックのリスナーだったことを公言していたが、両グループは全員が全員ラップのリスナーではないうえで結成された。ラップの巧拙を世代論で区切るのは乱暴なのは承知だが、仕事上ラッパーに触れ合う機会が多い経験上で感じるのは、やはり世代が若くなればなるほどラップに対する許容度が高くなり、同時に“上手いラップへの身体反応”が高くなっているということだ。今、箸にも棒にもかからないラップを見つけるほうが難しい。例えばアイドルやタレントがラップする楽曲であってもしっかり韻を踏むし、ほとんどの楽曲が気持ちよく聞こえるフロウで構成されている。2000年代には、ライミングを一切無視したリリックで構成された星井七瀬「恋愛15シミュレーション」や、“ラップ=耳に手を当ててスクラッチ&チェケラッチョ、指はフレミングの法則”という謎理論を地で行った、レモンガスのCMから派生した小島あやめ「あやめのドレミ」など、ヒップホップへの無知が故に生まれるパブリックイメージをそのままにしたラップ楽曲が制作されることも多かった。これは“ヒップホップが身体にない / 理解にない世代”が作ったものだと想像できる。その意味で、星井や小島は完全にそういったクリエイションの被害者とも言えるし、ヒップホップへの理解がそれなりに浸透した現在において、ああいったクオリティのものが登場するのは想像し難い。
ここで再びtengal6とライムベリーに話を戻すと、ライムベリーのラップスキルが高かったのは、そもそもの地力やプロデューサーのアプローチも大きいが、ラップミュージックを聴くことが珍しくなく、カッコいいラップが身体に自然に入ってきている世代だったからということも強く作用していたように感じる。それ故に、tengal6は歌フロウや歌フックといった変則的なラップアプローチによって拙さをリカバーする楽曲性を持ち、一方でライムベリーは歌フロウを廃した“ラップ! ラップ! ラップ!”というB-BOYスタンスさえ感じる方法論を楽曲に込め、両者は彩りの違う楽曲性を提示していたのが興味深い。
そしてtengal6はlyrical schoolと改名し2012年8月に、ライムベリーも同年10月に、共にタワーレコードのアイドルレーベル・T-PALETTE RECORDSに移籍する。そしてラップアイドルの2大グループとして、活動の幅をさらに広げていくことになる。
<つづく>
※記事初出時より、tengal6の結成の経緯についての補足を本文に追記しました。
- 高木"JET"晋一郎
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ライター。ヒップホップ、アイドル、ブラックミュージック、ポップスを中心に執筆。共著に「ラップのことば」(P‐Vine BOOKs) 、構成にサイプレス上野「ジャポニカヒップホップ練習帳」(双葉社)など。
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