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1988年の香港を舞台とした「九龍城砦 I 囲城」は、黒社会で生きる義に厚い青年・陳洛軍(チャン・ロッグワン)を主人公とした物語。香港を牛耳る大ボスから突然命を狙われ、舎弟たちを傷付けられ、そのうえ母親を殺された洛軍が、復讐を誓って九龍城砦に足を踏み入れることから物語が加速していく。主な登場人物には陳洛軍、龍捲風(ロンギュンフォン)、信一(ソンヤッ)、十二少(サップイーシウ)、四仔(セイジャイ)、大ボス、王九(ウォンガウ)らに加え、映画版には登場しない吉祥(ガッチョン)などがいる。
作家・余兒(ユーイー)について
余兒はマンガ原作者を経て、2008年に「九龍城砦 I 囲城」で長編小説デビュー。「九龍城砦」シリーズは、2018年発表の第2部「龍頭」、2024年発表の第3部「終章」と続き、2025年に外伝「信一傳」も刊行された。「囲城」を原作とした映画「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」は2025年1月に日本公開され、現在もロングラン上映が続いている。
九龍城砦が創作の原点
「まさか自分の作品が日本で刊行される日が来るとは……皆さんの応援のおかげです」と緊張気味に挨拶した余兒。「九龍城砦 I 囲城」を執筆した原点について「小さい頃、祖父によく映画館に連れて行ってもらいました。その道中、九龍城砦の近くを通るたびに『なんだこの建物は』と思っていました」と振り返る。そして大人になり、マンガのシナリオライターとしてアクション作品に関わる中で、リサーチを重ねるうちに九龍城砦を背景にした物語を作りたくなったという。「当時の香港には九龍城砦をしっかり描いたものがなかったから、自分が小説にしようと思ったんです」と経緯を明かした。
「信一のパーマ」は映画から小説への逆輸入
映画版では、キャラクター設定やストーリー展開など小説版からの変更点が多い。余兒は「実は脚本にはあまり関与していません。ただし、友情・男たちの絆・熱血といった“作品のコア”だけは絶対に守りたかった」と説明。最終的に監督に起用された
キャスティングの裏話も次々繰り出し、「最初に決まっていたのは龍捲風(
「映画から小説に逆輸入した設定はありますか?」と質問されると、細かい描写について明かした。例えば、信一の髪型だ。もともとパーマの設定はなかったが、映画を観て「パーマですね、信一は」と納得したと告白。「信一傳」を執筆する際、映画のイメージが頭に焼き付いていたようで、龍捲風の部屋の赤い格子も映画を観たあと自然にその光景が浮かんだという。
本気で戦ったら一番強いのは誰?
ファンから事前に募った質問コーナーも展開。「登場人物の名前の由来は?」と尋ねられると、余兒は「龍捲風は強さ・破壊力を表す竜巻のイメージに。やや“中二”っぽくてダサいかもと心配していたけど、皆さんに気に入っていただけてよかった(笑)」と説明する。さらに「王九は、広東語で『九』と『狗(犬)』が同じ発音で、“大ボスに飼われてる”という意味が含まれる」「信一は漢字が美しい。“信用”というイメージにもぴったり」と続ける。
「陳洛軍、信一、十二少、四仔、吉祥が戦ったら、誰が一番強い?」という難問には、真剣に分析した結果を発表して答える。「信一は体がヒョロッと細くて一番弱い。四仔は元ボクサーで体格もよくパワーでは絶対に勝てる。陳洛軍は四仔に劣るが、何度倒れても立ち上がる強さがある。吉祥は十二少の下にいるので、前に出てこないイメージ。十二少は武術も剣術も優れた頭脳派。素手で戦うなら十二少、武器を使っていいならナイフを持った信一が一番強い」と、原作者自ら考察してみせた。
「ONE PIECE」や「ジョジョ」から影響
昔から日本のマンガを読んで育ったという余兒。影響を受けたクリエイターを聞かれ、小学生の頃に「北斗の拳」、中学生になったら「SLAM DUNK」を読んだと回想する。また「九龍城砦」シリーズでは「ONE PIECE」や「ジョジョの奇妙な冒険」の仲間と出会い絆を育んでいく要素に影響を受けたと言い、愛読マンガには「シャカリキ!」「バクマン。」を挙げた。日本の小説では、湊かなえや乙一の作品を好むという。さらに香港の小説家も挙げ、武侠小説で知られる古龍、映画「さらば、わが愛/覇王別姫」の原作者としても知られる李碧華、そして最近影響を受けているとして温髄安を日本のファンに薦めた。
「信一傳」と「万引き家族」に重なるテーマ
イベント終盤には、今冬に「九龍城砦 II 龍頭」と「九龍城砦外伝 信一傳」が早川書房より刊行されることが明らかに。龍捲風の過去を描く「龍頭」について、余兒は「九龍城砦の住民にとって龍捲風は神のような存在。だからその人格を壊さないよう、1つひとつの選択を考え込んで書きました」と述懐。龍捲風と旧友・陳占の関係性については「ロミオとジュリエット」を参考にしたと伝えた。
一方、「信一傳」では信一と龍捲風の“血縁のない親子関係”にも焦点が当てられる。「家庭のことをしたり、信一の反抗期に悩んだり。『信一傳』での龍捲風は、神ではなく人間性などいろんな面が見えます」と解説し、「信一は龍捲風を支えたい一心でそばにいる」「龍捲風は“かわいい子”だから信一の世話を焼く」とそれぞれの心情に言及。「僕自身、肉親ではない周りの人たちに支えられることが多くありました。人間だけでなく猫だって同じです。関係性を築くのに血のつながりは関係ない。是枝裕和監督の『万引き家族』でも描かれていましたね」とテーマについて強調した。
ルイス・クーを見て「龍捲風が“いる”」
映画化の話が持ち上がってから完成するまでには、長い道のりがあった。約8年間もの歳月に思いを馳せ、「ジェットコースターに乗っているような心境でした」と述べる余兒。予算、セット、脚本……次々と課題が浮上するもなんとか契約に至り、撮影現場で目の前に立ちはだかる九龍城砦のセットを見て「ようやく実感できた」という。撮影現場で最初にルイス・クーを見た際は、「自分の頭の中だけに存在していた龍捲風が“いる”」と特別な気持ちが込み上げたと回想。さらに「僕がこの小説を書き始めたとき、九龍城砦はすでに取り壊されていたので、リアルに再現されたセットに足を踏み入れたときは感動しました」と明かした。
ほかにも映画の今後に関する“ここだけの話”や「十二少、吉祥、虎兄貴の外伝を構想中」という旨の発言で観客を沸かせ、さらには「虎兄貴が人気の理由をDMで教えて」と呼びかけるなど、大盛況の中ファンミーティグを終えた余兒。2025年9月14日・15日に開催される早川書房の創立80周年記念イベント「ハヤカワまつり」で再来日することも発表された。詳細は早川書房の公式サイトなどでアナウンスされる。
映画「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」は一部の劇場でロングラン上映中。

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井上篤史 @bezieer
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