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映画業界のセクハラ・性加害対策はこの10年で“前進”したのか?深田晃司×森崎めぐみと考える

ワインスタイン事件、「#MeToo運動」の広がり、インティマシーコーディネーターの導入…ハラスメント意識はどう変化したか

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映画ナタリーでは現在10周年企画を展開中。さまざまな人・テーマで過去10年を振り返ってきたが、今回は映画業界のセクシャルハラスメント問題に焦点を当てる。2017年に米The New York Timesが、映画プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインによる長年かつ数多くの加害の実態を告発。それを契機に#MeToo運動が広がり、ハリウッドだけでなく多くの国で人々が声を上げるようになった。2017年以前と以後で、大きな意識変化が生まれたことは間違いない。では日本ではどんなことが起きていたのか。

映画ナタリーは映画監督の深田晃司、俳優の森崎めぐみの対談をセッティング。深田は映画業界の制度改革について提言などを通じて業界団体に働きかけを行う「action4cinema / 日本版CNC(セーエヌセー)設立を求める会」、そして芸能従事者のためのセーフティネット団体で実態調査・研究および関係省庁への働きかける「日本芸能従事者協会」のメンバーであり、2019年にハラスメント等についてのステートメントを発表した。また森崎は、いち早く芸能・メディア界で働くフリーランスのハラスメント・アンケートを実施。多くの芸能従事者の苦しい実態を明らかにした。「社会保障がなかった芸能界に特別労災保険を導入するべき」とアンケートとともに政府に提言し、保険適用の実現につなげた。日本芸能従事者協会の代表理事を務めており、労災保険の加入窓口である全国芸能従事者労災保険センターの理事長も担う。なお深田は同センターの副理事長を務めている。

2人にはワインスタインが告発される以前の日本の制作現場、労災保険が業界の人々にもたらすもの、インティマシーコーディネーターの導入、若い世代の意識、そしてハラスメント撲滅への思いを語ってもらった。

取材・/ 田尻和花・尾崎南

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「これはただごとではない」──フリーランスとして働く芸能従事者のセーフティネットを作る決意

──今回は、映像業界におけるセクシャルハラスメント問題について、この10年を振り返りながらお話しいただきたいと思います。森崎めぐみさんはフリーランスとして働く芸能従事者のセーフティネットを展開している、一般社団法人日本芸能従事者協会の代表理事をされています。2021年4月からフリーランスの芸能従事者の方が労災保険に特別加入できるようになりましたが、その加入窓口となる全国芸能従事者労災保健センターの母体法人として、日本芸能従事者協会が設立されました。ハラスメント問題を考えるうえで、実は労災保険というのは大きなポイントの1つになりますが、協会設立までの経緯をお話しいただけますか?

森崎めぐみ 私は2018年から、芸能界で労災に遭った方々の駆け込み寺のような連絡会をお手伝いしていました。するとハラスメントがもとで自死をされた方や、劇場のアスベストが原因で亡くなった俳優の遺族の方たちに次々と出会いました。これはただごとではないと思いながら真摯に取り組みを始めました。それまでフリーランスの芸能従事者は政府が提供している手厚い労災保険には入れませんでした。だから大けがをすると補償を求めて裁判にまでなることもあります。その間の休業補償もないので、ほとんどの人が自腹を切って生活しています。そういった話が山ほどあるのに驚いて、これはおかしすぎる、変えないといけないと思い始めました。

──森崎さんのご著書「芸能界を変える たった一人から始まった働き方改革」(岩波新書)では、2018年に国際NGO団体が来日して開催したシンポジウムに参加して「雷が落ちたような衝撃を受けました」とつづられています。欧米の芸能界で働き方改革を成し遂げた方々が講演を行ったんですよね。

森崎 はい。あのシンポジウムには深田さんもいらっしゃってましたよね?

深田晃司 いましたね。自分は友人の俳優さんを誘って行って、現場でもばったりとまた別の俳優さんに会ったりしました。全体としては声優の方が多かった印象なんですが、そこでの話が面白くて。日本では労働組合自体、なかなかなじみがないですよね。でも俳優の待遇改善にまつわる事例を聞きながら、日本で当たり前とされていることが、実は全然当たり前じゃないと気付かされました。僕はNPO「独立映画鍋」(※)の運営に携わっていた時期で、それから森崎さんもいろんな活動や勉強会を開いていくようになっていったので、お互いに声を掛け合うようになって。

※編集部注:「独立映画鍋」は、独立映画を取り巻く環境や問題について考えるシンポジウム、交流会などを行うNPO団体。業界の現状把握や行政への政策提言など、文化政策に関わるリサーチと啓発活動も実施している。

森崎 似たようなことやってますね、という感じでしたね。

──その後、日本芸能従事者協会が発足したんですね。もう少し協会の活動内容を教えていただきたいです。

森崎 フリーランスの芸能従事者が労災保険に加入するためには特別加入団体を通す必要があるので、制度改正にあわせて全国芸能従事者労災保険センターを設立しました。母体になる法人も必要だったので、日本芸能従事者協会を作りました。今は10人以上の社員がいますが、当初から深田さんもメンバーです。労災保険を扱う特別加入団体は、会員の労災の手続きや安全衛生教育をするのが必須ですので、毎日のように起こる事故の相談に応えつつ、労基署(労働基準監督署)や労働局とやりとりをしています。さらに多方面の法整備が進む中、契約やハラスメントなどあらゆる相談に乗ったり、行政の制度設計の相談にも応じています。

深田 フリーランスで働いている映画業界の俳優やスタッフ・監督の立場の弱さが問題になっていることは、勉強会やシンポジウムでも話していたんですが、どう対策するのかまでたどり着けていなかった。そこに具体策がいきなり打ち出されてきたという感覚があって。そしてこの特別加入労災保険のすごいところは、俳優やスタッフ・監督だけでなく芸人だったり音楽家だったりと、芸能に関わる人という大きなくくりでセーフティネットを作っているところです。フリーランスの不安定さの根幹は、結局はお金の問題が大きいと思っているので、経済的部分をサポートする保険が実現したことは画期的かつ歴史的な出来事だったと思います。

──深田さんは、森崎さんとともにメンタルケア相談室「芸能従事者こころの119」の創設資金も出しています。

深田 自分自身もメンタルが豆腐のように弱い人間で、日々なんとか生き抜いているという感じなんです。ただ自分だけではなく、ほかの監督も俳優も同じような方が多いと思います。作品が批判されれば、まるで自分の人格すべてが否定されているように感じてしまうことがある。オーディションで落ちたら存在そのものが否定されたように感じることもあるでしょうし、そういったことを繰り返しながら僕たちは生きています。もちろんどの業界に生きていても大変なことはあるはずですが、やはりその浮き沈み、不安定さはより激しい業界であり仕事だと思います。だから最初に森崎さんから「日本芸能従事者協会で、資格を持った臨床心理士のサポートを受けられるメンタルケアの相談窓口を作りたい」と聞いたときに素晴らしいと思ったんですね。

周りにパワハラやセクハラで悩んでいる人がいれば、まずはその周囲にいる関係者が声を掛けたり話を聞いたりするのは大切なことです。僕や周りの人たちもパワハラやセクハラを受けている人の相談を聞いたりして対応したりすることは多いですが、でも個人での対応だけだとどこかに無理が出てくる。それぞれの生活がある中で、その相談やサポートを続けていると、話を聞いている人たち自身もメンタルを病んで共倒れになってしまう恐れがある。だから専門職である臨床心理士のサポート体制を入れるのはいいことだと感じました。

最初は「クラウドファンディングで資金を集めたい」と森崎さんから相談されましたが、僕自身がクラウドファンディングをやった経験から、それはちょっと大変だぞ(笑)と。それはそれでけっこうなエネルギーと人手と時間を使う必要があるし、目標としている金額も少なくはないですが、クラウドファンディングをしなければ集めきれない金額ではなかったので、それだったら僕も出しますよと。森崎さんと僕でお互いに出し合って、窓口を開設したんです。ちょうど僕もある賞金をいただいたところで、タイミングがよかったんですよ。

森崎 私が公益財団法人パブリックリソースの女性リーダーに選ばれて、深田さんは東京国際映画祭の黒澤明賞を受賞されて。それまではフリーランスが使える公的なメンタルケアの相談窓口がなかったんです。法的に、多くのフリーランスは“労働者”ではありません。公的な相談窓口は、企業や会社の雇用労働者しか対象にしていなかったため、フリーランスが相談に出向くと、たらい回しになっていました。内容は深刻なものばかりで、相談できずに私たちのところに駆け込んでくる状態でした。センシティブな相談は聞く側に共感疲労を起こします。ハラスメントや誹謗中傷に悩んでいる方や、コロナによって長い間無収入になっている方が増えました。自死願望はいつも高くて、2023年のアンケートでは42.7%にのぼりました。相談をするほうも受けるほうも、双方に負荷が大きくなるばかりで危険な状況だと感じました。もう専門家に頼るべきだと判断して、臨床心理士が対応する窓口を作ることにしたんです。

2021年4月に労災保険の新たな制度が施行されて、相談窓口は2022年6月にできました。芸能従事者は労災保険で初めて法的保護が受けられるようになり、国からガイドラインや指導が示されたことで、制作会社などの事業者も安全衛生対策への意識をいや応なく高めざるを得なくなりました。そのうえで、自死者が出ないようにするための未然防止策として相談窓口は絶対に必要でした。

──労災保険は仕事上の精神疾患にも適用されますが、病気になる前に相談する場所があることは大切ですよね。

「パワハラ」「セクハラ」という言葉はいつ知った?2017年以前、日本の制作現場の意識

──ハラスメントの話から関連して、今回の主題であるセクシャルハラスメント問題に話を移っていきます。2017年にニューヨークタイムズ紙が映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクシャルハラスメントついての告発記事を出しました。そこから、セクハラや性的暴行を撲滅しようという#MeToo運動に火がつきました。まずはそれ以前の日本の制作現場での意識をお聞きしたいです。

コラム

深田 意識がまったくなかったわけではないと思うんですけど、だいぶ弱かったとは思います。まず僕がハラスメント問題に関心を持つようになったスタート地点の説明をしますね。映画学校を出てから監督を目指していましたが、まずはプロの現場に参加したほうがいいだろうと思って、スタッフとして照明部や美術部などで働いていました。ただ、本当に過酷だったんです……。あまりに睡眠時間が少なく、基本的に現場では怒号が飛び交っていて、リアルに蹴られたり殴られたりしたこともありました。2000年ぐらいのことで、当時20歳くらいでしたが、パワハラやセクハラという言葉自体を現場で聞いたことはなかった。

その後スタッフワークを外れて自主映画を作り始めたんですが、ハラスメントという概念を初めて知ったのは実は映画業界じゃなくて演劇業界だったんです。劇団・青年団に2005年に入団したんですが、劇団ではセクハラ・パワハラ防止のガイドラインが事細かに決められていた。そこで初めて知ったんです。当時すごく驚いたのは、先輩俳優が新人俳優を一対一でお茶やデートに誘うのも禁止と。権力差が生まれるので、新人は嫌だとしても断れないからです。その当時は「これはちょっとやりすぎなんじゃないか、自由恋愛を制限しているみたいだ」とも思ったんですが、今現在から考えてみるとあのルールの通りでよかったんだとわかりますよね。だから僕個人は、少なくとも2005年くらいまでセクハラ、パワハラっていう単語を耳にしたことはなかった。

ただ同じ2005年頃から海外の映画祭に参加したり、フランス帰りの友人から海外の事例を聞くようになって日本の映画業界で普通のことが全然普通じゃなかったと知るようになりました。2010年あたりから自分でも問題提起をテキストで発信したり、業界改善に向けた互助組織、独立映画鍋を仲間たちと作ったりしていったんですけど、ただやっぱり業界内ですぐに状況が変わったかといえば、変わってなかったとは思います。森崎さんの感覚としてはどうですか?

森崎 私の親は劇作家兼演出家で、早稲田の小劇場で演劇をしていたんですが、劇団員に男女交際を禁止していたそうです。でもハラスメントは見ていたので子供ながらに怖いと思っていました。自分が芸能界で仕事を始めたときに、親しいプロデューサーさんから「芸能界は檻のない動物園だよ」って言われて(笑)。

深田 怖すぎる。

森崎 日本のハラスメント問題は根が深い気がします。深田さんのおっしゃる通り、ハラスメントという言葉自体が浸透していなくて、そもそも何がハラスメントかもわかっていなかった。被害を訴えることはもっとできなかった。毎日起きていても、当然すぎて、反発なんてとてもできない状況でした。

──例えば被害に遭った俳優同士で話して、「あの人には気を付けたほうがいい」といった情報共有などもなかったんでしょうか?

森崎 女性の俳優同士でも、親しくなれるほど会話をする時間もあまりないので、友達になるような空気ではなかったです。

深田 僕が先ほど話した2000年代に被ってきた実体験においては、セクハラよりもパワハラが中心だったという感覚ですね。それは自分が男性スタッフであり、男性監督であるところがすごく大きいと思う。男性スタッフに対するセクハラももちろんあったのですが、ジェンダーロールの強要といった部分が多かったように感じます。人数的にも男性が多く、業界で実権を握る人の多くが男性ですから、そういう男性社会の中で問題化せず、話題にも上がらず見過ごされてきたセクシャルハラスメントや性加害は多かったんだろうなと思いました。

知り合いの弁護士によると、制作現場でのセクハラももちろんですが、ワークショップや飲みの席など現場外での若い俳優に対するセクハラの相談も多いと聞きます。現場だけを律すれば解決する問題ではなく、むしろ第三者の目の届きにくい現場の外での安全を確保していく必要があります。

森崎 あらゆるところに権力勾配がありすぎますよね。ワインスタインが行なっていたようなことも日本で起こっていたと思います。

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なぜ日本で#MeToo運動は盛り上がりづらかったのか

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日本芸能従事者協会(全国芸能従事者労災保険センター+フリーランス安心ネット労災保険) @ArtsWorkersJpn

【メディア掲載】記念すべき🎉映画ナタリーさんの10周年記念企画🎉で、当協会の役員メンバーが対談をさせていただきました。@megitter @fukada80 https://t.co/gaORlwUN2H

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