映画「PERFECT DAYS」の再上映イベントが、12月22日に東京・TOHOシネマズ シャンテで開催される。12月20日0時にチケットの販売がスタート(シネマイレージ会員は上映3日前、21時から購入可能)。ヴィム・ヴェンダースが監督、役所広司が主演を務めた同作では、東京・渋谷でトイレ清掃員として働く男・平山の日々が描かれる。
2023年12月22日に封切られ、1年以上にわたるロングランを経て上映を終えた「PERFECT DAYS」。第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門で平山役の役所が男優賞を獲得したほか、第96回アカデミー賞®では国際長編映画賞にノミネートされ、約90の国と地域でスクリーンにかけられた。
今回は約1年ぶりとなる「PERFECT DAYS」の再上映を記念し、企画・プロデュースを手がけた柳井康治、共同脚本・プロデュースを担当した高崎卓馬の対談インタビューを実施。公開から2年が経った今感じる平山の魅力や制作時の思い出、ヴェンダースへの思いをたっぷりと語ってもらった。
取材 / 小澤康平文 / 尾崎南
映画「PERFECT DAYS」予告編公開中
トイレが映っていなくてもよしとする覚悟はある?「PERFECT DAYS」制作時を回想
──「PERFECT DAYS」の再上映イベントにあわせ、柳井さんと高崎さんのインタビューをセッティングさせていただきました。もともと「PERFECT DAYS」は、柳井さんが取り組んでいた「THE TOKYO TOILET」をきっかけに誕生したそうですね。「THE TOKYO TOILET」は渋谷区にある公共トイレをリノベーションするプロジェクトですが、課題解決に向け認知を広げるにはどうしたらいいか、高崎さんに相談したことが始まりだとか。
柳井康治 高崎さんに相談したところ、ただ「このトイレが素晴らしいんだよ」と言われても人の気持ちは動かないから、プロジェクト全体を意義深いものにすることや、人の価値観をガラッと変えてしまうような衝撃が必要だとお話ししてくださいました。そのときに、芸術の力を借りるのはどうかとアドバイスをいただいたんです。誰がなんのために作ったのかわからなくても、圧倒的に美しい芸術作品に人はすごく感動する。そこからその背景に興味を持つこともありますから。高崎さんがアートプロジェクトと名付けてくださって、企画が始まりました。
高崎卓馬 「こういうのやったらどうなる?」と妄想ばかりする“妄想部”の部室みたいになっていました(笑)。たくさんの妄想をしていくうちに、映像、映画という話になっていき、もしやるなら海外の人とやるといいかもしれない、みたいな話になりました。そしたら2人ともヴィム・ヴェンダースが好きだということがわかって。
──そこから実際にお二人はヴェンダース監督にオファーし、“妄想”を実現させたわけですね。最初は短編映画を作るつもりだったとか。
柳井 はい、「THE TOKYO TOILET」に関わる清掃員の方のエピソードを中心にした短編のプロモーションフィルムのようなイメージでいました。ただヴェンダースさんから長編映画にするつもりだと聞いたとき、高崎さんから「これ、トイレが映っていなかったとしても、よしとする覚悟はありますか?」とお話がありまして。僕は「いいんじゃないですか?」と答えました。自分たちが憧れている監督が撮ってくれて、自分たちが憧れている役者さんが参加してくださって作品ができるんであれば、プロモーション要素は一旦脇に置いておこうと思ったんです。腹を決めたというか、お互いがお互いを思いやって自由にやっていただきたいとお伝えしました。自分が映画の内容に対して何か口出しをしていい方向に行く気がまったくしなかったし、作っていただけるだけで本当にありがたいことですから。ヴェンダースさんの隣で伴走していた高崎さんは、また違った景色を見ていたと思いますけど……。
高崎 ヴェンダースさん・役所(広司)さん・柳井さん・僕の4人がやると思ったことは全部やる、やらないと思ったことは絶対にやらないと柳井さんが最初に決めてくれて。それがすべての純度を上げ、全員を「純粋に映画を作る」ことに向けてくれました。振り返ってみると、通常映画会社が作る企画書みたいなものも、ほとんど作っていません。作品ができあがってからどうするか考えたことも多く、自主映画のような感じでした。たぶんヴェンダースさんも役所さんもここまで“純粋に映画を作る”環境って意外と手に入れたことがないと思うんです。みんな「自由に作ったらもっとすごいものを作れるかもしれない」ってどこかで考えながら生きていたと思うんですけど、とはいえ本当に解放されたらプレッシャーもありました。「何をやってもいい」って言われると「自分にはこんなことしかできないのか」という怖さが生まれるもので。その恐怖には、全員ずっとさらされていたと思います。ただトイレという題材に関しては、ヴェンダースさんは建築も東京もすごく好きだし、企画を話したとき「トイレはすべての人に関係がある小さな聖域だ」と言っていて。そこに興味を持って企画に参加してくれたという前提があるので、長編映画になったとしてもおかしな方向にはいかないと思っていました。「I'm in」と返事をくれた時点で僕たちがお願いしたかったことは全部理解してくれていたし、それをどこまで引き上げるかという作業をしていたんだと思います。
今でも公共トイレの近くを通ると、平山がいるような気がする
──本作の核となるのは、公共トイレの清掃員である主人公の平山です。公開から2年が経ちましたが、お二人は平山という人間をどのように捉えていますか?
柳井 意外と感情表現をする人ですよね。それに朝ごはん代わりに毎朝自動販売機で缶コーヒーを買いますが、ブラックじゃなくてカフェオレだったりする。脚本を読んでいる段階では、勝手に「頑なにブラック飲むタイプなんだろうな」なんて思っていたから本編を観たときにとっても意外でした(笑)。毎日当然のようにルーティンをこなしながら、自分に与えられた責任を果たすために一生懸命お仕事をされている点ではストイックなのかもしれませんが、人ともコミュニケーションを取りますし。ただ、人生や日々の余白みたいなものには常に敏感な人なのかなと思います。
高崎 今でも歩いていて公共トイレの近くを通ると、ちょっとだけ「いるな」って感じがするんです。今そこに車がないから「あ、今日は平山さん、この時間にいないんだ」と思ったり。どこかで見かけそうな感じがずっとあるんですよね。僕は映画を通して平山さんという人間についてすごく考えたし、平山さんといた時間が長いので“1回会ってるから思い出せる”という感覚でしょうか。昔の学校の先生を思い出すように、いつでも頭の中に呼び起こせる人です。だから毎年年末にシャンテで上映できたら、すごくいいなと思います。年に一度ぐらい、平山さんと会っておいたほうがいいなって。
──今回の上映で、観客は久しぶりに映画館で平山と会うことになりますね。制作時は、平山の人物像はどのようにつかんでいったのでしょうか。
高崎 僕らが平山さんを作ったわけじゃなく、平山さんという存在がいて、どういう人なのかを観察していくような感覚でした。だから大前提として、平山さんのことを僕らが全部知ってるわけがないと思っています。実は制作当初、ヴェンダースさんと自分の間で、平山さんの過去に何があったか、けっこうなボリュームで書いていました。ある日柳井さんがポロッとヴェンダースさんに「平山さんってどういう人なんですかね?」と聞いたら、「その質問に答えたくない自分がいる」と返答があって。自分たちが今まで考えてきた平山さんの背景はチープすぎるし、ドラマ的だし、僕たちは平山さんのことをそこまでわかっているはずがないと言うんです。これは映画の方向性がグッと変わった大きな瞬間でした。ヴェンダースさんはもう少し平山について考えたいと言って、彼の過去を詩のようなきれいな文章で書いてきたんです。それはこれまで2人で話してきたものとは全然違って、過去の出来事ではなく平山さんがなぜああいう生活を選ぶようになったかを書いたもう1つの短編小説でした。あれは、架空の人間に対するリスペクトが生まれた瞬間だと思う。架空の人間を架空として扱うんじゃなくて、実在の人として理解したとも言えます。訳して役所さんに渡したら、すぐに理解して「難しいなぁ」と言っていましたけど。
──お二人は「PERFECT DAYS」から影響を受けたと思うことはありますか?
高崎 東京でシナリオハンティングしていたとき、ヴェンダースさんが木を見ていることに気が付いたんです。その瞬間に、大げさに言うと世界の見方がちょっと変わって。ヴェンダースさんの横にいることで、“見えていたはずなのに見えてなかったもの”に気付けるようになった気がします。何かを美しいと思う感情自体はもともとあったと思うんですけど、心を動かすものを見つけられるようになりました。「PERFECT DAYS」を通じて、皆さんにそういうものをお裾分けできるといいなと思っていました。
柳井 かっこよく言うと感謝する気持ちが増えたような気がします。世の中はいろんな人がいるからこそ成立していますし。人だけじゃなく、いろんな生態系すべてが関わって社会は今の形をなしている。日々生きていると「なんでこんなものがあるんだろう」とか「なんでこんなことになってるんだろう」みたいなことに直面しますけど、「きっとそこには理由があるんだ」と思えるようになりましたし、少し、人として優しくなれた気がしますね。
今もう一度、ヴェンダースに手紙を書くとしたら
──「PERFECT DAYS」から2年が経った、現在のお二人の活動もお伺いしたいです。お二人は今でも頻繁に会っているんでしょうか?
柳井 そうですね、ちょこちょこお会いする機会はあります。映画に限らず高崎さんとは相変わらずいろんな妄想の話をしています。僕の場合、「映画を作りたい」という思いが最初に来ることはありません。世の中に知ってもらったほうがいいことやお伝えしたいこと、かっこよく言えばメッセージとかテーマが先にあって、その手段として映画という表現が最適だったらまた映画を作ることがあると思います。ただ「PERFECT DAYS」を通じていい時間を過ごさせてもらい、経験が自分の中に残っているので、次に「これ映画にしたらいいんじゃないか」と思ったときは躊躇せずに踏み出せる自信はありますね。またみんなでもの作りをする機会があるなら、ぜひやりたいなと心から思っています。
高崎 僕もそこは柳井さんと似ています。やりたいことを達成するのに映画が一番フィットすると感じたら、また映画を作ります。その都度自分たちがワクワクするものは何かを考えるので、やることは毎回変わっていくと思います。
柳井 この夏にパリ・オペラ座バレエ団の「PLAY」を東京・新国立劇場で上演するプロジェクトを手がけたのですが、1分半のYouTubeのティザー動画を観て「こういうものが東京で観られるといいんじゃないかな」と思ったことがきっかけでした。「THE TOKYO TOILET」のときも「東京の公共トイレがきれいだったら海外から来た人は喜ぶだろう」みたいな個人的な気持ちで動き始めたんです。それがやがて「PERFECT DAYS」につながっていったので、これからもそういう「あったらいいかも」という感覚を大事にしようと思っています。世の中をひっくり返す大きな仕掛けも面白いと思うのですが、高崎さんとはいつも「これがあれば今よりちょっと世の中がよくなるかなぁ」と話しています。
──これからのお二人の活動が楽しみです。「PERFECT DAYS」に話題を戻しますが、お二人は企画当初、ヴェンダース監督にオファーする際に手紙を送ったそうですね。今改めて手紙を書くとしたらどんなことを書きますか?
柳井 「『PERFECT DAYS 2』はいつになりますか?」って書くかもしれませんね(笑)。
高崎 ヴェンダースさんは妄想部の顧問みたいなところがあって。朝ごはんを食べながらすぐそういう話をするんですよ。
柳井 本当に面白いですよね。「『PERFECT DAYS 2』はいつですか?」って送ったら、「もう自分の中では『PERFECT DAYS 4』までできてるけど」みたいな返信が来そうです(笑)。
高崎 「まだ2なのか?」「もう今カメラ回してるよ」「早く現場においで」みたいなね。そういうことを冗談で言ってくださる方なんですよ。ヴェンダースさんのほうが一枚上手だったか!みたいな感じで、そのやり取りがすごくうれしいんです。役所さんを含め現場のメンバーはみんな監督のお茶目なところが大好き。すごくロマンティックな人で茶目っ気たっぷりに僕らを導いてくれるので、そんなお返事がもらえるような手紙を書きたいです。
──ありがとうございます。最後に「PERFECT DAYS」のファンにメッセージをお願いします。
高崎 シャンテに集合!ですかね。
柳井 そうですね。(公開から)1年経っても、2年経っても観に来てくださる方がいるというのはありがたい話です。本当に感謝しかありません。
「PERFECT DAYS」が再上映!トークイベントにアオイヤマダ・柳井康治・高崎卓馬が登壇
トークイベント日時
2025年12月22日(月)18:30回上映前
会場
東京都 TOHOシネマズ シャンテ スクリーン1
料金
税込2000円均一 ※招待券・無料鑑賞 使用不可
チケット販売
- TOHOシネマズ シャンテ公式サイト 2025年12月20日(土)0:00~
- 劇場窓口 2025年12月20日(土)劇場オープン時~
※シネマイレージ会員の早期購入(上映3日前、21時からの購入)対象
登壇者
アオイヤマダ(出演・アヤ役) / 柳井康治(企画・プロデュース) / 高崎卓馬(共同脚本・プロデュース)
プロフィール
柳井康治(ヤナイコウジ)
1977年5月19日生まれ、山口県出身。ファーストリテイリング取締役・グループ上席執行役員。2018年に渋谷区の公共トイレを有名クリエイターらとリノベーションするプロジェクト「THE TOKYO TOILET」を個人として発案・資金提供し立ち上げる。同企画をきっかけに生まれた映画「PERFECT DAYS」ではプロデューサーを務めた。
高崎卓馬(タカサキタクマ)
1969年生まれ、福岡県出身。クリエイティブディレクター・小説家。1993年に電通に入社しクリエイティブ局で数多くの広告を制作。2023年には3度目のクリエイター・オブ・ザ・イヤーを受賞している。2025年に同社を退職し自身の会社Writing & Designを立ち上げた。主な著書に小説「オートリバース」や絵本「まっくろ」など。映画「PERFECT DAYS」には共同脚本・プロデューサーとして参加した。



