OttO代表の今井健太氏

映画館で待ってます 第14回 [バックナンバー]

大宮でミニシアターを作る意義とは、共鳴した各分野のプロが手がける劇場:埼玉 OttO編

単にお店を始めることと、映画館を作ることの持つ意味がものすごく違う

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上映設備は109シネマズ プレミアム新宿を手がけたチームがデザイン

──ここからは今井さんに、上映設備についてもお聞きしたいです。どの場所からでも楽しめる席の配置とサイズ感、スクリーンや音響などすべてがそろっていて、設計するうえでとてつもない努力と工夫があったんだろうなと想像しました。

シアター内観

シアター内観

今井 これも編成と同じで、僕がこだわったわけじゃないんです。いろんな設備に関して調べていく中で、映像・音響機器のプロフェッショナルであるXEBEX(ジーベックス)の営業・武田さんと出会いました。武田さんは最初に「映画館単体をやろうとしているならお勧めできません」とおっしゃったんです。営業マンですから売ればいい話ですが、違う目線で物事を考えていることが一発でわかり、XEBEXさんにお願いすることに決めました。

──XEBEXと言えば、坂本龍一さんが監修したことで知られる東京・109シネマズ プレミアム新宿のサウンドシステムのデザインも担当されていますよね。

今井 武田さんは109シネマズ プレミアム新宿も担当していたそうですが、共同開発を行ったイースタンサウンドファクトリーの代表・佐藤博康さんと「今度大宮に新しいミニシアターができるけど、ちょっと面白い空間だから、ミニシアターの音響の新しいモデルを作ったらどうか」という話をしていたらしいんです。シネコンに多い耳を叩くような音じゃなくて、もう少し繊細かつ自然に全体の音が聞こえるような環境をミニシアターで作ったほうがいいと考えていたそうで、お二人がOttOに設置したいという巨大なスピーカーの図面を工事現場に持ってきてくれました。最初にいただいた図面のスピーカーを置く事はできませんでしたが、お二人が考える方向性で試していただければ、と伝えたところ、日本では2館目であるBWV Cinemaの音響を使うことになりました。

シアターのスクリーン下に設置されたスピーカー

シアターのスクリーン下に設置されたスピーカー

──ミニシアターのサイズ感に合わせた音響設備の開発が必要だったんですね。

今井 佐藤さんは、坂本龍一さんのプライベートのスピーカーから手がけていらっしゃって、坂本さんとの関係の中で「音響とはなんなのか」といったことを一緒に積み上げてきた人。坂本さんは、映画の音響に関して「音は耳に届けるんじゃなくて、耳がつかまえに行くもの」という哲学を持っていたそうなんです。例えば、風が吹いて木の葉が揺れている音って、遠くで鳴っているけど、耳がそれをつかまえにいっているんですよね。そういう聞こえ方が自然だということや、「音は出すときだけじゃなくて、それが消えていくときにきちんと聞こえるかが重要なんだ」ということも教えてもらいました。佐藤さんが直々にここへ音響調整に来てくださり、少しずつチューニングし、最後に「Ryuichi Sakamoto | Opus」を上映してサウンドデザインを決定しました。

──「Ryuichi Sakamoto | Opus」がこの劇場の音響の基準になっているんですか! 今井さんが“街のためにどんな映画館が必要か”“本物の映画館とは何か”を追い求める姿勢に共鳴した各分野のプロが、どんどん集まってきた印象です。

今井 そうですね。こだわりを持った人との出会いの中でこうなりました。この建物の設計自体もそうです。建築家という職業は、彼らなりに哲学を持っているわけですよね。とはいえ芸術家ではないので、普段は要望を聞いて作らなきゃいけないし、自分の設計哲学を100パーセント投影することはできない。だからこそ、ここではやりたいことをやってくださいと伝えました。それが建築家の仕事として一番魅力的なものになるはずだから。僕は設備屋なので工事にも全部関わってはいますが、なるべく大きな受け皿を広げることに徹して、いかにプロフェッショナルな方たちが実力を発揮できる場所を作るかを考えていました。

2人掛けソファクッション席(全8席)

2人掛けソファクッション席(全8席)

塗布スクリーンを常設館で採用したのはおそらく世界初

──通常のスクリーンではなく、壁に専用塗料を塗ってそこに映像を映し出す塗布スクリーンが採用されているのも珍しいと思いました。

今井 塗布スクリーンの知恵も、武田さんに教えていただきました。採用した理由の1つはコストダウンです。普通は壁を作ってそこにフレームを置いて、スピーカーをマウントして、その前にスクリーンのフレームを組んで、スクリーンを貼って完成……なのですが、塗るだけなのでその工程が全部なくなり、数百万円変わってきます。あとは、武田さんが「常設の映画館では誰もやったことがないから面白いと思う」と言っていたのもきっかけ。スクリーン専用の塗料であるプロペイントスクリーンはもともとカナダの製品だったんですが、日本のソリューションシステムズさんが日本の規格に合わせて生み出した製品を使っています。

塗布型スクリーンの角

塗布型スクリーンの角

──普段観ているスクリーンとは違って、色がパキッと見えるというか、密度が高く感じます。なぜ今まで導入されていなかったんだろう?と思うほど違和感がないですよね。

今井 たぶん、映画館における“正しさ”みたいなものがあると思うんです。「スクリーンから音が出ている」というのが正しい形であって、スクリーンの下に並んだスピーカーから音が鳴っているのは簡易的な映画館でしかない、という考え方がどこかにある。でも、ここは設計も施工も映画館を作るのが初めての人ばかりがやっているので、先入観がないんです。もう少し劇場のサイズが大きくなると音響機器と映像の位置が離れていってしまうのでこの設計は難しいですが、うちのサイズ感なら違和感なく観ていただけると思います。スクリーンにサウンドホール(音を通す細かい穴)がないからこそ、白黒の映像は特にきれいですよ。

──ミニシアターでここまで座席の傾斜がついているのも、なかなかない気がします。

大きく傾斜が付いたシアターの座席

大きく傾斜が付いたシアターの座席

今井 どの位置でもそんなに視線を動かさず画面全体を見られるようにしました。ミニシアターで見にくいところが多いのは、既存の建物の中に劇場を入れないといけなかったからだと思います。でも、興行法って何十年も更新されていないんですよね。どの映画館にも、トイレの数や避難経路の幅など大劇場を作るのと同じルールが適用されるから、皆さん苦労するんです。そのルールは安全を守るものではあるんですが、本当はミニシアターという新しい形態をカバーできる法律ができていかないといけないと思っています。興行法と消防法の検査を通るのはとても大変ですし、なおかつここは住宅もカフェもある複合用途建物なので、特に難易度が高い。ただ、そのルールをクリアするために、最初の設計段階から建築家の佐々木さんが消防とやり取りをしていたので、最終的な検査では指摘事項が0でした。

──ちなみに賃貸ではなくシェアハウスにしたのは理由があったんですか?

今井 水回りが共同なので部屋数を多く取れて収益が上がるのと、入退居の際の工事費用が抑えられるからですね。3階から5階に25部屋あって、今は8人入居しています。内見希望は何件かあり、企業さんから利用希望の話も来ています。

シェアハウスのキッチン。「大宮はベッドタウンなので、地元愛がそれほど強くないと言われているんですよね。その中で、地元が盛り上がる大事なきっかけになっている。映画を観たあとに話せるカフェ空間があるのもいいなと思います」(シェアハウス住人・公務員・20代男性)

シェアハウスのキッチン。「大宮はベッドタウンなので、地元愛がそれほど強くないと言われているんですよね。その中で、地元が盛り上がる大事なきっかけになっている。映画を観たあとに話せるカフェ空間があるのもいいなと思います」(シェアハウス住人・公務員・20代男性)

──カフェはドリンクも充実していますし、フードメニューは定番のピザのほか、「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」の上映時には劇中に登場する叉焼飯も出されていました。

今井 料理家であり、ラジオのパーソナリティなんかもやっている藤村公洋さんという僕の30年来の友人がカフェに入ってくれています。彼は、バーテンダーをしているときに逆流性食道炎になって体を壊したのですが、薬ではなく生活習慣を変えて治そうと毎日食事を作ってTwitterに投稿していたら、レシピ本を出すことになった経験があって。「トワイライト・ウォリアーズ」を上映するにあたり、叉焼飯を再現して作ってくれました。僕にはできないことばかりですが、得意分野をもった皆さんがアイデアを持ち込んでくれている感じです。

「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」上映時にカフェで販売された叉焼飯

「トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦」上映時にカフェで販売された叉焼飯

息子が命名した「OttO」に込められた意味

──映画館は1人で作るものじゃないということに、今更ながらハッと気付かされました。最後に、今後この空間がどうなっていってほしいと考えているか、教えていただけますか?

今井 どんな人が来るかによってどんな場所か意味付けられていくんだろうなと思いますし、その様子を見て楽しんでいきたいです。建物の両側面に入り口があるのは「通り抜けてください」という意味で、両方ともガラスになっているのは「ここは公共空間です」ということを示したいから。だからフリーWi-Fiで、フリートイレなんです。

シアター横に設置された親子観賞室。
人の大勢いる場所が苦手な子供や、小さな子供連れの人も、安心して映画を楽しむことができる。大人だけでの利用も可

シアター横に設置された親子観賞室。 人の大勢いる場所が苦手な子供や、小さな子供連れの人も、安心して映画を楽しむことができる。大人だけでの利用も可

──ふらっと自由に入って様子を雰囲気を知ることができるからこそ「じゃあ今度は映画を観てみよう」と気軽に思えますよね。

今井 あとここのOttOという名前は、僕の子供が付けました。僕は息子から“おっとー”と呼ばれていて、「おっとーの映画館だから“おっとー”でいいんじゃない?」と(※OttOの読みは“オット”)。調べてみると、イタリア語で「8」の意味があり、横にすると無限大ですし、日本語の「八」は末広がりで縁起がいいし、“八百万(やおよろず)”みたいな無限のスケール感もあるし、丸っこくてかわいいのでロゴにもしやすい。さらに、語源を調べると古代ゲルマン語の「相続財産」だったんですよ。

──ええ……すごい! 伏線回収が見事で鳥肌が立ちました。

今井 僕もこれはすごいと思って、OttOに決めました。どうせ、何十年かしたら僕はいなくなる。いなくなっても建物って残っちゃうんですよね。だから、残ってもいいようなものと構造にしておくべきだろうと思って作りました。なるべくうまくいくといいなと思います。

OttO代表の今井健太氏

OttO代表の今井健太氏

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五百旗頭幸男 『能登デモクラシー』全国公開中 @yukioiokibe

これを読んだ人はみんな大宮のミニシアター「OttO」に行きたくなるであろうすばらしい記事。運命というか、めぐり合わせというか、つながってるんですね。僕も行きたくなりました。でも、9/14(日)に「OttO」で行う『能登デモクラシー』の舞台挨拶はリモートです・・・ https://t.co/KZEBtPseaV

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