劇場版「チェンソーマン レゼ篇」場面写真

悪魔表象の変遷~「チェンソーマン」のユニークな悪魔表現

「チェンソーマン」の悪魔の直接的な祖先とは

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全国で公開中の劇場版「チェンソーマン レゼ篇」。本作には、チェンソーマンに変身する主人公デンジを筆頭に、数々の悪魔が登場する。それらは人間の恐怖心や概念から生まれる怪物とされており、“銃”や“戦争”などその名が恐れられているほど強い力を持つ、という設定だ。

「悪魔が憐れむ歌」と題した映画評論集の著者にして、サタニスト(悪魔主義者)を公言する高橋ヨシキによると、「チェンソーマン」で描かれる悪魔像は非常にユニークなものであるという。映画やマンガのみならず、絵画、聖書、グリモワール(魔術書)まで、人類が古来から描いてきた悪魔を振り返りながら、その特異性について解説してもらった。

/ 高橋ヨシキ

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“Chainsaw Man – The Movie: Reze Arc” - Main Trailer/劇場版「チェンソーマン レゼ篇」本予告

ポップ・カルチャーにおける“アンチ・ヒーローとしての悪魔像”の元祖とは

悪魔の姿や性質、というのは伝統的に、どのようなものであっても良いことになっている。もともと存在しない空想の産物なので、どのように表象しても良いのである。悪魔の形態や能力について我々は自由に想像力を羽ばたかせることができるし、事実そうしてきた。ここで例えば聖書、あるいはグリモワールなどを引き合いに出して「いや、特定の悪魔について、それがどのような姿形をしているか明記されている以上、『どんなものであっても良い』とは言えないのではないか」と疑義を呈することは可能だが、そういう記述自体が、聖書やグリモワールを書いた人々の空想の産物でしかない以上、悪魔を表現する上においての自由を制限するものではあり得ない。ただキリスト教伝承においては異教の神々を次々と悪魔化してきた経緯があるため、名前や外見的な特徴に加え、統べる対象が比較的はっきりしている個別の悪魔、というものが存在しないわけではない。「エクソシスト」(1973年)で広く人口に膾炙したメソポタミアの神パズズなどが良い例で、鳥の爪やサソリの尾、鱗や翼に加え、蛇のような男根を備えたパズズの姿や“風の悪魔”としての側面は、古代メソポタミアの生態系や、バビロニアやアッシリアの人々の文化に育まれたものだ。チャーチ・オブ・サタンに始まる現代のサタニズムがさまざまな力の源泉、象徴として用いる多くの悪魔は、パズズ同様に豊かな歴史的・文化的なバックグラウンドを備えた悪魔たちだ。

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」に登場する、チェンソーの悪魔・ポチタ。主人公・デンジはポチタと組んでデビルハンターとして生計を立てていたが、デンジが死亡した際にポチタが心臓となり、契約することで一体化した。一般的に「悪魔」と聞いて想像される恐ろしいイメージとはかけ離れた、小犬のような外見だ

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」に登場する、チェンソーの悪魔・ポチタ。主人公・デンジはポチタと組んでデビルハンターとして生計を立てていたが、デンジが死亡した際にポチタが心臓となり、契約することで一体化した。一般的に「悪魔」と聞いて想像される恐ろしいイメージとはかけ離れた、小犬のような外見だ [拡大]

しかしながら、これまで絵画や文献に表象されてきたほとんどの悪魔には、パズズやバール、モロクのような明確なバックグラウンドが存在しない。1500年代初頭に発表されたグリューネヴァルトの絵画「聖アントニウスの誘惑」や、ヒエロニムス・ボスの諸作品(「快楽の園」「乾草車」「聖アントニウスの誘惑の三連祭壇画」など)に細密に描きこまれたバリエーション豊かな悪魔の姿は、どこまでも画家の自由な想像力の賜物である。その悪魔が成すであろう「悪」を象徴する動物や道具の形状を巧みに取り入れたものも多くみられるが、それこそが画家の創意工夫を物語っている。

怪物的な悪魔の姿形は時代とともにさまざまに変遷を遂げている。そういう悪魔表象の基礎として大きな役割を果たした文献の筆頭が「ヨハネの黙示録」やダンテの「神曲」(1321年頃)である。「ヨハネの黙示録」は悪魔のみならず、おどろおどろしい聖書的な終末イメージの源泉としてとてつもない影響を及ぼした。ダンテの「神曲」は地獄や煉獄、天国の構造を精緻に、そして現実味を持って描き出して、キリスト教的な「死後の世界」イメージを決定づけた。のみならず、19世紀にウィリアム・ブレイクらロマン主義の詩人・作家に“再発見”された際に、彼らのロマン的な夢や理想の受け皿として捉えられたことで、反語的にポジティブな存在としての悪魔像が確立する契機となり、その転回はモダン・サタニズムの源流とみなすことができる。ディズニーの「ファンタジア」(1940年)やF・W・ムルナウの「ファウスト」(1926年)から永井豪の「デビルマン」(1972年~1973年)、そして「チェンソーマン」へと至る、ポップ・カルチャーにおける“アンチ・ヒーローとしての悪魔像”はすべてここから始まったのだ。

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」に登場する天使の悪魔。公安対魔特異4課の隊員で、触れると寿命を吸い取られてしまう。「チェンソーマン」における悪魔は、名前のもととなった存在の特徴が外見に反映されることが多く、天使の悪魔はそのわかりやすい例だ

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」に登場する天使の悪魔。公安対魔特異4課の隊員で、触れると寿命を吸い取られてしまう。「チェンソーマン」における悪魔は、名前のもととなった存在の特徴が外見に反映されることが多く、天使の悪魔はそのわかりやすい例だ [拡大]

悪魔表現における「デビルマン」の先見性、「チェンソーマン」のユニークさ

一方、映像表現における悪魔像がモンスター的な表現と結びついたのはかなり後になってからである。「ファンタジア」や「ファウスト」の角を備えた威厳ある魔王は“グロテスクな怪物”というよりウィリアム・ブレイク直系のロマンチックな悪魔像だし、1946年の映画「エンジェル・オン・マイ・ショルダー」でクロード・レインズが演じた“紳士然とした悪魔”もかつての映画における典型的な悪魔像の一つである。ベンヤミン・クリステンセン監督の「魔女」(1922年)は例外的にモンスター的な悪魔像を映画内で活写した最初期の作品だが、この映画における悪魔表象はすべて中世からルネッサンスにかけての絵画や版画を下敷きにしているため、“映画的なモンスターとしての悪魔”とは意味合いが異なる。壁の穴から姿をみせる小鬼をストップ・モーション・アニメーションで表現するなど、「魔女」における悪魔表現の先進性の重要さはいくら強調しても足りないが、やはり現代的な意味における“映画のモンスター”とは位相を異にしていると言わざるを得ない。ジョルジュ・メリエスの諸作品に登場する悪魔や「悪魔の花嫁」(1968年)に登場するバフォメットもその意味では同様である。「レジェンド/光と闇の伝説」(1985年)でロブ・ボーティンが特殊メイクを手掛けた魔王は、19世紀末以降の大衆文化で頻繁に描かれるようになった“真っ赤で角を備えた悪魔”と、伝統的な牧羊神あるいはバフォメットの要素を掛け合わせ、そこにウィリアム・ブレイク的な風格を漂わせるという、驚くべき造形的アクロバットを成し遂げており特筆に値するが、これもまた“モンスター的な悪魔”の範疇には収まらない。

悪魔の呪い」(1957年)に登場する悪魔は、伝統的な悪魔表象の特徴を継承しつつ、それを明確にモンスター的な文脈に落とし込んだ嚆矢である。監督ジャック・ターナーは外在的なものとして悪魔を“実際に”見せることに反対だったが、プロデューサーはスクリーン上に悪魔を映し出すことにこだわり、監督抜きで悪魔のシーンは撮影された。

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」に登場するデンジが変身した姿・チェンソーマン

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」に登場するデンジが変身した姿・チェンソーマン [拡大]

映画における悪魔のモンスター化が加速したのは、血と内臓が映画館を埋め尽くした1980年代のことである。特殊メイクアップ技術の進歩がそれを後押しした。その技術を惜しみなくマニュアル化して次世代アーティストの育成に務めたディック・スミスは1977年の映画「センチネル」で、特殊メイクアップで作り出した異形の魔物たちと、実際に顔面に疾患を抱えたキャストを混交させた特異な表現をものしているが、これは「フリークス」(1932年)やその緩やかなリメイク「She Freak(原題)」(1967年)ならびに「悪魔の植物人間」(1974年)との相関で語るべき作品であろう。

1980年代には「デモンズ」(1985年)とその続編、「グーリーズ」(1985年)、「Cellar Dweller(原題)」(1987年)、「悪霊たちの館/呪われたハロウィンパーティー」(1988年)、「デモンズ3」(1989年)といった比較的低予算の作品群が悪魔表現のモンスター化を推し進め、伝統的な悪魔像もモンスター的な枠組みの中で再定義されていくことになった。が、悪魔表象の世界に空前絶後のパラダイム・シフトをもたらした作品といえばクライヴ・バーカーの「ヘル・レイザー」(1987年)をおいて他にない。フェティシズムやテクノロジーと結びついた悪魔像はテリー・ギリアム監督作「バンデットQ」(1981年)でも提示されていたが、1980年代アンダーグラウンドの世界で大きな潮流となりつつあったBDSMやレザー / ラバー・フェティシズムの要素を貪欲に取り込み、残酷でスタイリッシュな悪魔像を打ち立てた「ヘル・レイザー」のインパクトの凄まじさは筆舌に尽くしがたいものがあった。H・R・ギーガーがスペース・モンスターの概念を上書きしたように、「ヘル・レイザー」のセノバイト(編集部注:同作に登場する魔道士の総称)たちはそれまでの悪魔像を根底から覆すものだったのである。また、シリーズで見れば「ヘルレイザー2:ヘルバウンド」(1988年)に登場する手術器具と合体したチャナード博士、「ヘルレイザー3:ヘル・オン・アース」(1992年)のビデオカメラと合体した“カメラヘッド”や、CDプレイヤーと一体化した“CD”、稼働するピストンが頭に刺さった“ピストンヘッド”など、機械と融合したセノバイトの数々は「チェンソーマン」に登場する悪魔たちの直接の祖先と言って過言ではない。

「ヘルレイザー3:ヘル・オン・アース」に登場するカメラヘッド(写真提供:Miramax Films / Photofest / ゼータイメージ)

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劇場版「チェンソーマン レゼ篇」に登場する、航空爆弾のような頭部を持つ悪魔・ボム

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かように実写映画の世界で悪魔がモンスター化したのは1980年代のことだが、そう考えたとき、アニメ・マンガ双方における「デビルマン」の先見性には改めて驚かされる。伝統的な悪魔表象の要素も多分に取り込みつつ、きわめてオリジナリティの高い“モンスターとしての悪魔”が既に大量に実現されていたからだ。興味深いのは「チェンソーマン」が伝統的な悪魔表象に収まらないモンスター的な悪魔を追求しつつ、1980年代特殊メイクアップ・ブームが生み出した異形の造形を巧みに取り込んでいるところで、それは必ずしも映画の中で“悪魔”として表現されたものにとどまらない。そこにはH・R・ギーガー的なるものも当然見いだせるし、「遊星からの物体X」(1982年)や、シリーズ3作目「エルム街の悪夢3 惨劇の館」(1987年)から定番となった“フレディの腹の表面に浮き上がる無数の犠牲者の顔=魂”の表現、あるいは「ソサエティー」(1989年)や「ザ・ネスト」(1987年)のような“複数の人間が融合し一体化したモンスター”の要素もある。特殊メイクアップによる“肉塊系”モンスター表現が、「ヘル・レイザー」的な鋭利でスタイリッシュな悪魔像と結びつくところに「チェンソーマン」の悪魔表現のユニークさが立ち現れてくるのである。

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」に登場する台風の悪魔。ビルのように巨大な体躯と規格外の破壊力でチェンソーマンを追い詰める

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」に登場する台風の悪魔。ビルのように巨大な体躯と規格外の破壊力でチェンソーマンを追い詰める [拡大]

高橋ヨシキ(タカハシヨシキ)

1969年生まれ、東京都出身。雑誌を中心に、テレビ、ラジオ、インターネットなどメディアを横断して映画評論を行うほか、アートディレクターとして書籍の装丁、CD・DVDのパッケージデザイン、映画ポスターなども手がける。著作は映画評論集「悪魔が憐れむ歌」シリーズなど多数。2022年には初長編監督作「激怒」を発表した。

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」ポスタービジュアル

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」ポスタービジュアル [拡大]

藤本タツキのマンガ「チェンソーマン」を原作に、作中屈指の人気エピソード「レゼ篇」を映像化。悪魔の心臓を持つ“チェンソーマン”となり、デビルハンターとして活躍する少年・デンジが、偶然出会ったミステリアスな少女・レゼに翻弄されながら、予測不能な運命へと突き進んでいく。デンジ役は戸谷菊之介、マキマ役は楠木ともり、レゼ役は上田麗奈が演じる。監督は𠮷原達矢、脚本は瀬古浩司、キャラクターデザインは杉山和隆、音楽は牛尾憲輔が担当。制作はMAPPAが手がける。主題歌には米津玄師「IRIS OUT(アイリスアウト)」、エンディング・テーマには米津玄師×宇多田ヒカルの「JANE DOE(ジェーン ドウ)」、挿入歌にはマキシマム ザ ホルモン「刃渡り2億センチ(全体推定 70%解禁edit)」が使用される。

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