「揺さぶられる正義」監督の上田大輔

テレビマンが作るドキュメンタリー映画 #6 [バックナンバー]

上田大輔(関西テレビ) / 企業内弁護士が報道記者に転身、メディアのあり方を真正面から問う

一度疑うと、その印象からなかなか逃れられないんです

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近年、注目を浴びているテレビ局発のドキュメンタリー映画。連載コラム「テレビマンが作るドキュメンタリー映画」では、普段はテレビ局のさまざまな部署で働く作り手に、会社員ならではの経歴や、テレビと映画の違い・共通点をテレビマン目線で語ってもらう。

第6回では、全国で順次公開中の「揺さぶられる正義」で監督を務めた関西テレビ・上田大輔にインタビューを実施。同作では、揺さぶられっ子症候群(SBS)についての長年にわたる取材を通し、司法とメディアのあり方を問う報道に挑んだ。本記事では、企業内弁護士として入社し、ドラマの法律監修にも携わった経験や、SBS事件の当事者との対話の中で生まれた覚悟、映画好きである上田が影響を受けた青山真治の監督作「EUREKA(ユリイカ)」についても語ってもらった。

取材・/ 脇菜々香

企業内弁護士として入社、ドラマ「銭の戦争」にも携わる

──上田さんは2009年、関西テレビ放送に企業内弁護士として採用されたとのことですが、そもそもなぜ放送局に入社しようと思ったのかお聞きしたいです。

もともとメディアに関心があり、法律分野としてはロースクールの頃から著作権法を勉強していて、表現の自由と著作権のせめぎ合いが面白いなと思っていました。著作権法の知識を生かしてエンタテインメントや芸術、メディアの分野に強い弁護士として生きていこうと思っていたところ、関西テレビが弁護士を募集していて。当時、関西テレビ制作の番組内で納豆ダイエットのデータ捏造問題があり、会社が再発防止についての体制を整えている中で社内弁護士を探していたんです。テレビの業界でそういった法律分野に詳しい人は当時少なかったので、パイオニアになれるかなと思い応募しました。

──弁護士として入社してからは、どういった仕事をされていたんですか?

2009年の1月に入ってから7年半は法務部門で、法律相談や訴訟対応、BPO対応、またドラマの法律監修や、原作ものであれば出版社との契約交渉なども行っていました。

法務担当時代(2015年)の上田大輔

法務担当時代(2015年)の上田大輔 [拡大]

──企業内弁護士でドラマに関わる場合もあるんですね。

火曜22時にあったドラマ枠では、毎回脚本をチェックしていた作品もありましたし、草彅剛さん主演の「銭の戦争」では脚本の打ち合わせ段階から参加して、アイデア出しにも関わりました。闇金の話だったので、主として法律面からアドバイスするために入っていたんですが、内容面にも関わっていけるので楽しかったですね。

──弁護士として7年半勤めたあと報道局に異動されますが、希望はいつからされていたんですか?

4年目ぐらいからですかね。法務はどこまで行ってもアドバイザーだなと思うようになって。もちろんアドバイザーであるべきなんですよね。プレイヤーになってしまうと、いざ「やめておきましょう」と伝えないといけないときに言えなくなる。一方で、「自分だったらこう作りたいな」「もうちょっとリスクを取って踏み込んだらいいんちゃうかな?」と思うことが増えていったんです。特にドキュメンタリーは好きだったし、報道でドキュメンタリーを作るのであれば歳を重ねていても少しは活躍できるかも、と思って異動希望を出し続けていました。

──それでも、異動できるまでに4年近く掛かったんですね。

最初は上司も「希望は一応人事に言っておくわ」という感じで。「君は弁護士枠で入ってるしほかにも報道に行きたい人はいっぱいいるから」と相手にされていない感じでした。でも何回もしつこく言い続けたら、3年目ぐらいからはかなり真剣に考えてくれて、2016年に報道局へ異動できました。

──報道記者になってからはどういう分野を担当していたんですか?

最初の4年間は遊軍記者でした。本社に詰めて昼や夕方のニュース用にほかの記者が書いてきた原稿を整えて編集して放送する、という作業をしたり、自分でネタを見つけて取材して特集したり。火事や事件が起きたら取材に行きますし、いろいろやっていました。

刑事司法に関する取材をしようと思って記者になった

──今回の映画の主題である揺さぶられっ子症候群(SBS)関連の取材は、記者1年目に始めているんですよね。

「揺さぶられる正義」場面写真 ©︎2025カンテレ

「揺さぶられる正義」場面写真 ©︎2025カンテレ [拡大]

2016年の6月に記者になったのですが、2017年の4月にたまたま参加した法科学研究会で秋田(真志)弁護士と笹倉(香奈)教授の話を聞いたんです。「医学鑑定をもとにSBSでどんどん逮捕・起訴されているけど、これ怪しいよ」と具体的な事件をもとに話をされていて。最初は「取材になるだろう」と思って参加したわけではなく、秋田弁護士が揺さぶられっ子症候群を語るって、あまり聞いたことのない取り合わせだなという興味本位でした。

──実際に話を聞いて、取材しようと思ったのはなぜだったんですか?

実際に逮捕・起訴が続出していることは知っていたのですが、「そういう種類の虐待があるんだ」としか思っていなかったんです。でも実は、その多くが冤罪かもしれないとなったらとんでもない話じゃないですか。しかもそれを秋田弁護士と海外の事例にも詳しい笹倉教授がタッグを組んでやっていくとなると、かなり大きな話になっていくだろうし、その過程で刑事司法に関する問題が必ず浮かび上がってくるだろうなと思いました。あとは、当時私の1人目の子供が生後間もない乳児でした。夜泣きでイライラして虐待してしまう親はいるかもしれないと想像できても、首の据わっていない子供を縦抱きにして1秒間に3~4往復揺さぶるというのは、自分の育児実感からして、ないとは断定できないとしても、多くの人がそんな揺さぶりをしているなんてあり得ないんじゃないかなと思ったんです。違和感があったので、ちゃんと根拠があるのか調べないといけないと思いましたし、自分もちょっとしたことで子供に何かあったら逮捕・起訴されかねないのは怖いなと。私自身が刑事司法に関する取材をしようと思って記者になったこと、そして自分ごととして恐怖を感じたこと、この2点で「絶対に私がやるべき取材だ」と強く感じ、取材を始めました。

──映画を観る前は勝手に、虐待と冤罪のグレーゾーンを描く作品なのかなと思っていたんです。実際は、刑事司法の問題がどう生まれるのかを示し、メディアのあり方を真正面から問う作品だと感じました。上田さんはどういったことを意識しながら取材していたのですか?

「揺さぶられる正義」監督の上田大輔

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最初はそのつもりだったのですが、当事者にお話を聞こうと思い、弁護士を通じて何人かを訪ねたところ、皆さんからまず「逮捕報道はひどいよね」というメディアに対する意見を聞くことになって。私は、上田という1人の新米記者として対峙しているつもりですが、向こうからすると“メディアの人”なんです。「家庭で起こった不幸な事故の話を、実名・顔出しで犯人だと伝えてなんの意味があるんですか?」「みんな悲しんでいる中、まだ結論も出ていないのに、警察の出した情報をそのまま出すのはなぜなんですか?」と聞かれました。話をさせてもらっても、結局は逮捕のニュースを理由に断られることもありました。理屈で説明してもまったく納得は得られなかった。最後は、「自分たちの報道のあり方も見つめ直す機会にしたいと思っています」と伝えて、それをどういった形で実現できるかを考え続けながら、SBS裁判を取材していくしかなかった。どうしてもメディアの逮捕報道のあり方に向き合わざるを得なくなっていったんですよね。

──「メディアのあり方にも向き合う」と宣言して取材を受けてもらったんですね。

自分がなぜ記者になったかを説明したうえで、今の逮捕報道のあり方に問題がないとは思っていないこと、すぐには変えられないけれど自分なりに批判を受け止めてやっていくことを伝えて取材をお願いしていました。SBSに関するテレビのドキュメンタリー番組はこれまでに3本作っていて、当事者の逮捕報道に対する疑問や、「ひどかったですね、マスコミは」という発言も映画と同じように番組内に入れているんです。ただ、今回の映画のメイン館である東京・ポレポレ東中野の支配人・大槻(貴宏)さんにテレビのドキュメンタリーを観てもらったとき、「自分たちの悪と向き合ってない」と言われてしまった。こちらとしては少なくとも向き合ってはきたつもりですし、テレビ業界では賞もいただくなど評価はされても批判されたことはなかったんです。でも大槻さんからすると、メディアは冤罪を作った捜査機関には批判の目を向けても、(冤罪の被害者を犯人のように)報道した自分たちに関してはお茶を濁しているんじゃないか、ということだったんでしょうね。そういったやり取りもあり、真正面からこの問題と向き合う取材にはどうすればいいかをより考えるようになりました。

──それで、今西貴大(※)さんと対峙したあのカットが生まれたのでしょうか。

※編集部注:SBSの冤罪により5年半もの間勾留された今西事件の当事者。2歳の娘の頭部に何らかの強い衝撃を加えて死亡させたとして傷害致死罪などに問われ、第一審では懲役12年の有罪判決を受けるも、控訴審判決で逆転無罪を言い渡された。

「揺さぶられる正義」場面写真 ©︎2025カンテレ

「揺さぶられる正義」場面写真 ©︎2025カンテレ [拡大]

そうですね。彼は、無罪判決直後の会見の場で「(当時)逮捕報道は見ていない」と言っていて、そのあとに本人が「見たい」と連絡してきたんです。「社内のルールで見せられないことになっている」などとごまかすことはできないと思い、当時の逮捕ニュースの映像を自宅に見せに行きました。再逮捕の映像も含めて持って行きましたが、1本目の映像だけで「もう見たくない」と言われました。そらそうだろうと。彼も非常に傷付いて怒っていたと思います。

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映画ナタリー @eiga_natalie

【📺連載コラム】テレビマンが作るドキュメンタリー映画|#6: 上田大輔(関西テレビ)

・企業内弁護士から報道記者に転身
・SBS(揺さぶられっ子症候群)事件を8年取材
・影響を受けた青山真治の監督作

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