世界での活躍を夢見るアニメクリエイティブに携わる人たちを東京都が支援するTokyo Anime Business Acceleratorの「アニメーション海外進出ステップアッププログラム」。日本には質の高い作品を世に送り出すアニメ制作会社やクリエイターがひしめき合っているが、その多くはまだ海外における知名度は高くない。東京都はそんな現状を打破すべく、海外進出を志す東京のアニメ関連企業などを対象に特別プログラムを展開している。
「アニメーション海外進出ステップアッププログラム」の参加者は、セミナーやワークショップで海外市場のニーズ、プレゼンテーションスキルなどを学んだのち、「東京アニメピッチグランプリ」というコンテストへの出場権を得る。そこで最優秀賞もしくは優秀賞を受賞できれば、フランスのアニメーション見本市・MIFAへ参加することが可能に。映画ナタリーでは、昨年度の受賞者であるプロデューサー・中島良(合同会社ズーパーズース)と監督・大神田リキに話を聞いた。
取材・文 / 岡本大介文(解説) / 小宮駿貴撮影 / 小川遼
東京都は、海外進出を志す東京のアニメーション関連企業などを対象とした支援事業「Tokyo Anime Business Accelerator」を実施中。中でも主軸となる「アニメーション海外進出ステップアッププログラム」では、海外アニメーション市場の概況・ニーズ、成功のポイントなどを習得できる「海外ビジネスセミナー」、海外企業への効果的なプレゼン(ピッチ)ノウハウを実践的に学べる「海外プレゼンスキル向上ワークショップ」を無料で開催している。
受講者はセミナー、ワークショップで習得したスキルなどを競うコンテスト「東京アニメピッチグランプリ」にチャレンジすることが可能に。受賞者は賞金(最優秀賞:100万円 / 優秀賞:各50万円)と、フランス・アヌシーで開催される世界最大規模のアニメーション国際見本市・MIFA(Marché international du film d'animation)への出展支援(英語ピッチ指導、商談設定、出展作品の広告、アフターフォローなど)を受けることができる。
話を聞いたのはこの2人
中島良(ナカジマリョウ)
映画監督・映像ディレクター。2007年に発表した長編自主映画「俺たちの世界」が、第29回ぴあフィルムフェスティバルにて審査員特別賞を含む3賞を受賞。同作はバンクーバー国際映画祭、ロッテルダム国際映画祭など海外の映画祭に多数招待され、2008年にはニューヨーク・アジア映画祭で最優秀新人賞に輝いた。2009年に「RISE UP」で商業映画デビュー。主な監督作は「スイッチを押すとき」「俺たちの明日」「サムライ・ロック」「なつやすみの巨匠」「兄友」「アパレル・デザイナー」など。2020年に合同会社ズーパーズースを設立した。
大神田リキ(オオカンダリキ)
映画監督、小説家、タレント、女優とマルチに活躍。アメリカ・シカゴ出身で、2002年に日本へ移住。日本酒・茶道・着物に長じ、日本文化への造詣が深い。2024年には映画「ちんとんしゃん」でJapan Indies Film Festival 長編部門グランプリ(最優秀作品賞)を受賞。2024年度「東京アニメピッチグランプリ」優秀賞受賞作品である「The Taste of Water / テイスト オブ ウォーター 水の味」の企画・監督を担う。
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合同会社ズーパーズース
東京都に所在する映像制作会社。モーションキャプチャースタジオを有し、クライアントの“創りたい”を叶えることをモットーに、実写とアニメーションの境界をなくす制作手法に取り組んでいる。2024年に中島良が手がけた全編生成AIによる長編アニメーション「死が美しいなんて誰が言った」が、アヌシー国際アニメーション映画祭Midnight Specials部門に入選した。
映画「The Taste of Water / テイスト オブ ウォーター 水の味」ティザー映像
日本酒の“味”をアニメに。壮大な挑戦の始まり
──まず、この「The Taste of Water / テイスト オブ ウォーター 水の味」という非常にユニークな作品のコンセプトについて、改めてご紹介いただけますか?
中島良 「The Taste of Water / テイスト オブ ウォーター 水の味」は、日本酒を題材にしたアニメーションドキュメンタリーです。日本酒の味は透明な液体なので映像的な差が出にくいですし、言葉で表現するのも限界がある。そこで僕らは、味覚という五感をアニメーションで表現しようと考えました。マンガで、食べた瞬間にバーッと脳内に風景が広がる表現ってありますよね。あれをドキュメンタリーでやろう、というのが企画の原点です。実写映像に、作画、3D、そしてAIのロトスコーピングも使う、かなりハイブリッドな表現に挑戦しています。
──非常に日本的なテーマですが、プロジェクトの初期段階から海外展開は視野に入れていたのでしょうか?
大神田リキ いえ、もともとは国内のローカルテレビ局向けのドラマ企画だったんです。ただ、そのときから「日本人だけでなく海外の方が観ても面白いものにしたい」という思いはありました。日本酒はただの飲み物ではなく、歴史や文化、音楽や映像にもつながる広大な世界を持っていますから、その面白さは国籍に関係なく伝わるだろうって。
中島 マーケティングの視点から見ても、今、世界的に日本食ブームが来ていますよね。2月にニューヨークに行ったとき、現地のプロデューサーから「ニューヨーカーはみんな一度はサケを飲んだことがある。でも、その楽しみ方や種類の豊富さは誰も知らない。それをアニメで紹介するのはすごくいい企画だ」と言ってもらえたんです。海外でも知的好奇心を刺激できるテーマだと確信しましたね。
「幻想を打ち砕いてくれた」プログラムでのリアルな学び
──その海外への挑戦の足掛かりとして、東京都の「アニメーション海外進出ステップアッププログラム」に参加されたわけですね。このプログラムを知ったきっかけはなんだったのでしょうか?
中島 去年のアヌシー(国際アニメーション)映画祭ですね。「死が美しいなんて誰が言った」という僕の監督作がアヌシーで上映されたので現地入りしていたんですけど、そこで東京都がピッチイベント(※編集部注:投資家や企業の関係者に向けて、自社のビジネスアイデアやサービスを短時間でプレゼンテーションするイベントのこと)をやっているのを見たんです。「ああ、こういうのがあるんだ」と知って、「The Taste of Water / テイスト オブ ウォーター 水の味」で応募してみようと。
──実際に参加されて、セミナーやワークショップはいかがでしたか? どんな学びがありましたか?
中島 すごくよかったですよ。僕らが抱いていた「海外にはお金がうなっていて、日本のために投資しまくりたいんだ」っていう、誤った幻想を早々に打ち砕いてくれて(笑)。
──(笑)。現実はそう甘くはないと。
中島 はい。海外の投資家も日本と状況は同じで、確実にもうかる大ヒット原作のシリーズものに投資するのが基本。それ以外のオリジナル作品は、世界中のクリエイターがアヌシーでたった数枚の切符を奪い合っている。そういう厳しい現実をまず教えてもらいました。そのうえで、海外の投資家がどういう視点で企画を見ているのか、どういうアプローチが有効なのかを具体的に指導してもらえたのは大きな収穫でしたね。
──なるほど。海外で戦うための“地図”と“コンパス”を授けてくれるような。
中島 まさしくそうです。去年、個人でアヌシーに参加したときは、バイヤーに会うためのプログラムに申し込んでもすべて門前払いだったんです。でも今年は、このプログラムでアヌシーのサイトの使い方からアポの取り方まで丁寧に教えてもらいました。そのおかげで、適切な人に適切なアプローチができるようになったんです。これは個人でやっていたら絶対にたどり着けない領域でした。
最大のメリットは“本気”の商談と“本気”の仲間
──「The Taste of Water / テイスト オブ ウォーター 水の味」はプログラムを通じてピッチグランプリの優秀賞に選ばれ、アヌシー国際アニメーション映画祭併設の見本市・MIFAへの出展が決まりました。プログラムを利用する最大のメリットはなんだと感じましたか?
中島 それはもう、東京都がセットしてくださる商談の数と質です。僕らが個人で海外の大手配給会社にメールをいくら出しても返信なんてほとんど来ませんが、プログラムのおかげで名だたる企業の方々と話ができて、先週ついにスペインの大手配給会社からオファーをいただいたんです。これはプログラムがなければ絶対に起こり得なかったことです。
──それはすごい成果ですね! では、もしピッチグランプリで選ばれず、MIFAに行けなかったとしても、プログラムに参加する価値はあると思いますか?
中島 あると思います。合格するかどうかにかかわらず、同じ「海外に進出するぞ」という高い目標を持った仲間と出会えるのが最大の魅力です。セミナーやワークショップで交流する中で自然とネットワークが生まれて、それが新しい仕事につながることもある。受かっても落ちても、そのつながりは必ず今後の活動の財産になると思いますよ。
大神田 私の場合、ほかの参加者の企画やプレゼンを見ることで、自分の作品を客観的に見つめ直すいい機会になりました。日本では企画のピッチを訓練する機会自体が少ないですから、自分の企画の核がどこにあるのかを再確認して、それを伝える技術を磨くという意味でも非常に価値のある経験だと思います。
準備が自信に。MIFAで起きた奇跡のような出会い
──MIFAの現場では、海外のバイヤーからどのような反応がありましたか?
中島 僕たちの作品は、大人向けのドキュメンタリーアニメという点が非常にユニークだったようで、いい意味でも悪い意味でも目立っていたみたいです(笑)。でも、そこがフックになって、あるバイヤーさんのサークルの中では「面白い企画がある」と話題になっていたと、あとから聞きました。個人的にはとある投資家の方との商談もすごく印象深かったです。その方は「ホラーとサスペンスを探してるんだ」と、明らかに僕らの企画とは違うものを求めていたんですけど、大神田さんが作品の魅力を楽しそうに話しているうちに、彼の顔付きがどんどん変わっていって。
──ホラーを探していたのに?
中島 そうなんです。最終的に彼は「僕のグループ会社はホテルやレストランも経営している。この作品となら面白いコラボレーションが生まれる可能性がある!」と、自らビジネスの可能性を見出してくれたんです。作品そのものだけでなく、作り手の情熱や人柄を好きになってもらうことの大切さを目の当たりにしましたし、大神田さんの話し振りや人間力も素晴らしいなと。
大神田 いえいえ。MIFAへの参加に際して、企画のどこを強調するかや、どう話すと相手に響くのかとか、そういうところも事前にアドバイスをもらって準備していたので、その成果でもあるのかなと思います。
──そのほか、事前のトレーニングが生かされたと感じる場面はありましたか?
中島 そうですね。「Meet the Buyers」というイベントに行ったんですが、予約はしているのに席が割り当てられていなくて、「空いているテーブルに勝手に飛び込め(ジャンプインしろ)」って言われたんです(笑)。
──なんと(笑)。なかなかの無茶ぶりですね。
中島 本当に。そんな状況で与えられた時間は、ほんの3分ほど。通訳を介している余裕なんてありません。でも、プログラムの中でトレーニングしていた英語のピッチが頭に入っていたので、それで乗り切ることができたんです。あの準備がなければ、間違いなく飛び込めずに終わっていました。トラブルさえもチャンスに変えられるだけの準備をさせてもらえたことに、心から感謝していますね。
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世界に出たからこそ、日本での価値が高まる