林士平(「チェンソーマン」原作担当編集)と川村元気(「8番出口」監督・脚本)が初対談!劇場版「チェンソーマン レゼ篇」と「8番出口」について語り合う

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」が全国で公開中だ。その原作であるマンガ「チェンソーマン」作者・藤本タツキの才能を見出し、育成したのが編集者の林士平。彼は藤本の投稿作品がきっかけで担当になり、その後も「ファイアパンチ」「チェンソーマン」「ルックバック」「さよなら絵梨」と、二人三脚で作品を世に送り出してきた。そして藤本の作品だけでなく、「青の祓魔師」「SPY×FAMILY」「ダンダダン」なども担当してきた敏腕編集者でありながら、現在はポッドキャストのパーソナリティ、作家育成のための寮の寮長兼プロデューサーなど、活動の幅を広げている。そんな林は以前から、川村元気と交流があるという。

監督・脚本を担った「8番出口」が公開中の川村は「告白」「悪人」「モテキ」「君の名は。」「すずめの戸締まり」「怪物」など多くの作品を手がけ、プロデューサー、監督、脚本家、小説家などの顔を持つ。

映画ナタリーでは、劇場版「チェンソーマン レゼ篇」の公開を記念し、2人の対談をセッティング。お互いに「レゼ篇」「8番出口」を鑑賞した感想を聞いた。また、作品を世に送り出す際の心がけを尋ねると、2人は口をそろえて「未来が見えるわけではない」と語りつつ、“それでも自分たちにできること”を教えてくれた。

取材・文 / SYO

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劇場版「チェンソーマン レゼ篇」
予告編公開中

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」場面カット

「8番出口」をどんな映画にすればいいのか、初めはまったくわからなかった(川村)

──お二人はいつ頃からご親交があるのでしょう?

林士平 20代の真ん中くらいでしょうか。元気さんが「モテキ」をやられているくらいの時期に初めてお会いしました。その後は頻繁に飲んでいる時期もあれば数カ月に1度のようなときもありますが、平均すると年に4、5回はお会いしている気がします。

川村元気 僕にとって林くんは、近くで面白いことをやっている友達です。藤本タツキ先生という才能を発掘し、「ファイアパンチ」「チェンソーマン」「ルックバック」ほか、素晴らしい作品を世の中に生み出したことへのリスペクトも強くあります。

 元気さんは最初の頃は実写で、そのうちアニメも手がけられるようになり、ご自身で小説を書き、監督もされて……とどんどん領域が広がっていき、どこでも結果を出されているので「なんでそんなことができるんだ!?」と思いながら見ていました。ご本人はいつもひょうひょうとしていらっしゃいますが、やれることをとにかく探し切って全力で取り組まれている方。僕もその姿勢は学ばなくてはいけないなとお話しするたびに思います。

──映画「8番出口」が情報解禁されたとき、「あのゲームを映画化するの!?」と世間が大いに盛り上がっていた印象があります。非常に斬新な企画と感じましたが、ご本人の感覚としてはいかがでしたか?

映画「8番出口」とは?

インディゲームクリエイター・KOTAKE CREATEが2023年に発表したゲーム「8番出口」を実写化。地下鉄の白い地下通路に閉じ込められた主人公が次々と現れる不可解な“異変”を見つけ、絶望的にループする無限回廊からの脱出を試みるさまが描かれる。主人公の“迷う男”には二宮和也が扮した。

映画「8番出口」予告編公開中

川村 どんな映画にすればいいのか、初めはまったくわからなかったのが正直なところです。原作ゲームには素晴らしいデザインとルールがありましたが、ストーリーがなく場所も1カ所ですし、映画として面白くなるんだろうか? と悩みました。ただ、そもそも映画館に行くというのはびっくり箱を開ける体験に近く、現代において希少性が高まっているようにも感じたのです。今はスマホやテレビのほとんどが「今何が起きているか」をその場で必ず説明して、離脱されないようにするのが基本になっている。対して映画館では、1回中に入れば出ることはまずない。そこにポテンシャルを感じて、ゲームの映画化というよりは、ゲームと映画の境界線があいまいな新しい映画体験を作ろうと考えました。ただそんな映画、誰もやったことがない。初めから勝算があったわけではないので「自分で監督して、怒られるにしても責任を取ろう」という思いでした。

──そうだったのですね! 現在、興行収入40億を超えるヒットとなり、カンヌ国際映画祭への出品および、あのNEONによる北米配給も決定(参照:二宮和也の主演作「8番出口」NEONによる北米配給が決定、海外映画祭にも続々出品)と大成功を収めました。そこに至るまでの導線もいろいろと仕掛けを発案されたのでしょうか。

川村 正直、カンヌに間に合わせて作り切るので、いっぱいいっぱいでした。シナリオ作りも撮影も編集も音楽もとにかく難しくて、0.1秒単位の調整を繰り返していました。宣伝的なたくらみに関しては、基調となるポスターデザインと予告編以外は、企画者の坂田悠人プロデューサーと宣伝チームに任せていました。ただ、本編の中にレイヤーが多ければ多いほど宣伝で語るべきことは増えるとも思っていました。宣伝を無理くり考えるというよりは、作品の中に皆が興味を持って語り合いたくなったり考察したくなったりする要素をたくさん盛り込みつつ、小学生が観に行っても感覚的に面白いと思える作品にしたいと思っていました。宮﨑駿監督やスティーヴン・スピルバーグ監督が大好きなのですが、あの2人はそれをずっとやっているように感じていて、憧れがあります。「チェンソーマン」にもそうした要素がありますよね。

 週刊連載だと、どうしても切羽詰まった日常で自分の中にあるものや見たものを次々とぶち込んでいかないといけないんですよね。藤本先生の仕事のご褒美は映画やドラマを観ることなので、インプット先は主に映画かと思います。そのため映画の文脈でプロットラインやキャラクター、演出を考えていることが多い印象があります。

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」場面カット

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」場面カット

あんなアニメーションになるとは、僕らも想像していませんでした(林)

──林さんは、「8番出口」をどうご覧になりましたか?

 エンタメなのにアートな側面があるといいますか、上質な美術設定が感じられて「ずるい」と思いました。単なるループホラー作品ではない角度のものをいくつも盛り込んでいて、興行収入でも結果を出し、批評的にも耐えうるものにしていく手腕が素晴らしかったです。

映画「8番出口」場面写真

映画「8番出口」場面写真

──川村さんは「8番出口」において、エンタメとアートの両立を目指されたのでしょうか。

川村 僕の中ではあまりそういう区分けをしていません。特に近年はアートとエンタメの境があいまいになっている気がしています。「チェンソーマン」も非常にアーティスティックだけれどアクションマンガであり、ジャンプマンガでもある。クリストファー・ノーラン監督の「ダークナイト」もバットマンというアイコンを使いながら作家性を存分に発揮した作品ですし、そのあいまいな部分に面白さがあるようにも思います。そして2つ目の理由は、先述したように僕自身が映画館で多様な方々に観てもらうことを目指しているからです。

カンヌ国際映画祭で「8番出口」が上映された際に実際に目にした風景ですが、「俺はこの映画に含まれたレイヤーをすべて読み解くぞ、これはマウリッツ・エッシャーのだまし絵で、これはダンテ・アリギエーリの『神曲』で、この演出は今敏アニメの影響があって……」という“教養バトル”を楽しんでいる批評家たちがいる一方で、現地の学生たちが「これはどうやって撮ったんだろう」「おじさんのキャラクターがナイス」といったようにポップなレイヤーで観てくれていたのです。僕の理想は、「ニュー・シネマ・パラダイス」のようにシネフィルと子供たちが同じ映画館で一緒にスクリーンを見ている状態なので、とてもうれしかったですね。

映画「8番出口」場面写真

映画「8番出口」場面写真

 元気さんはゴールを明確に映画館に設定されているのですね。僕も(担当しているマンガを)コミックスで読んでもらうことをゴールにしていて、スマホで読んでもらうにしても見開きや“めくり(次のページを読みたくなるような引きの演出)”を大事にしているため、すごく共感します。

──川村さんは劇場版「チェンソーマン レゼ篇」にどんな感想を持ちましたか?

川村 最高でした。僕はマンガ「チェンソーマン」の大ファンなのですが、これだぜ!と叫びたくなるくらい“らしさ”が詰まっていた。ラブストーリーや欲望と圧倒的な血みどろアクションの両極が共存しているのが「チェンソーマン」の魅力かと思いますが、まさに「レゼ篇」は前半と後半がまったく違う映画で、そのコントラストも含めて本当に素晴らしかったです。

 今回はMAPPAさんから「『レゼ篇』を劇場版でやりたい」と企画をいただいたところからスタートしました。基本的には原作準拠の形で、まずは脚本段階で「何かオリジナル要素を足すのか」「構成をどうするのか」という議論を行い、その後はコンテと美術を確認しましたが、MAPPAさんのお仕事が非常に素晴らしく、気になるところがほぼないどころか「こんなにハイカロリーなものを作れるの?」と驚かされたくらいです。アフレコやダビング作業といった各工程でチェックはさせていただきましたが、すさまじいクオリティで完成させてくださいました。

川村 今年、映画館に多くの人が来てくださっています。先ほど「映画館は、1回中に入ったら、出ることはまずない」とお話ししましたが、スマホを見続けている現代人にとって倍速で観られなければスワイプもできない映画観賞体験が逆にフレッシュになってきているようにも思うのです。密室劇である「8番出口」は映画館に非常に向いていますし、日常のスマホ体験と真逆にあるから面白がってもらえているのではないでしょうか。「レゼ篇」の前半と後半のコントラストも、映画館で観るから効くんですよね。ノイズがない状態で目の前の映画とだけ向き合っているから、前半のラブストーリーを集中して観られるし、後半の神作画に圧倒されるのだと思います。いち「チェンソーマン」ファンとしては、「レゼ篇」を映画にする判断には「本当にありがとう」と言わざるをえません。コンプライアンスの時代に暴力や欲望といった人間の本質に向き合っている原作のよさが、映画でもMAXで炸裂していました。

──確かに、静の前半と動の後半、どちらも劇場という空間で映える設計がなされていました。それを1本で楽しめるという醍醐味も、集中して観ているからこそ効果的だと感じます。

川村 藤本先生のマンガはどこまでもマンガ的でもあり、マンガでしかできない表現をやっていると僕は思っています。例えばマンガはコマとコマの間で大胆に時間や空間を飛ばすことができるメディアで、読者が頭の中で空白を埋めることによってスピード感や切れ味を出していますが、藤本先生のマンガはそのオンパレード。それを映画にしたMAPPAの仕事ぶりには本当に頭が下がります。コンテも素晴らしければアングルの使い方も効果的で、映画にインスパイアされながらもマンガでしかできないことをやっている「チェンソーマン」を映像表現に引き戻したセンスやアイデアが素晴らしかった。

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」場面カット

劇場版「チェンソーマン レゼ篇」場面カット

 あんなアニメーションになるとは、僕らも想像していませんでした。週刊連載だとバトルシーンだけで1話19ページを使うのはなかなかリスクが高いため、藤本先生も意図的に迫力のある止め絵でつないでいるかと思いますが、それをアニメーションで動かす際に我々の想定をはるかに超える動きをこれでもかと加えてくれたんです。僕も初号試写で観たときは「ここまで作りきってくれたのか」と衝撃を受けました。息つく暇が本当になく、次々に「なんだこれ、すごい」というような観たことのないアクションシーンや演出が出てきて目が喜びっぱなしでした。心から感謝しています。

川村 個人的には前半も好きでした。後半はまさにジャンプアクションな展開ですが、前半こそが作家・藤本タツキの真骨頂だと思います。ラブストーリーとして美しいものを見せられたあとに、とんでもないちゃぶ台返しをくれるすごい作家だと「レゼ篇」を観て改めて感じました。また、ラブストーリーならではの人間の芝居をアニメーションで成立させるのは本当にすごい。例えばレゼの表情や動きのディテール、手の芝居や黒目の表現など、絵画だった原作を動かすことで女性キャラクターが非常に立体的になっていて「そりゃあデンジもハマります」と納得感がありました。実写だと、俳優の芝居の説得力や解像度の高さがものを言う部分かと思いますが、それを作画でやってのけるのはとんでもない表現力ですよね。