イラスト / 徳永明子

映画と働く 第2回 [バックナンバー]

プロデューサー:佐藤順子「作りたいという思いを形にする」

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製作しているものを自分が好きかどうか、考えないほうがいい場合もある

──佐藤さんのプロデュース作は、古いものから順に「かぞくのくに」「二重生活」「あゝ、荒野 前篇」「あゝ、荒野 後篇」「愛しのアイリーン」「宮本から君へ」「MOTHER マザー」となっています。暗い作品が多い印象です(笑)。

そうですね(笑)。

──映画を製作するうえで、共通して意識していることはあるのでしょうか?

あまり自覚はないです。この仕事をしていると自分が好きな監督とかまったく考えなくなるんです。好きなことで仕事できると思ってないし、いろんな方の「こういうものを作りたい」という思いを形にする仕事なので。もはやプロデューサーという立場では、製作しているものを自分が好きなのかどうか、考えないほうがいい場合もあります。何百人が動いている中で、監督の作りたいものとは別のものに比重を置くとバランスがおかしくなってしまうと思っていて。ただ今回履歴書を書いてみて、「私エドワード・ヤンとか好きだったな」って思ったんですよね。ケン・ローチもそうですけど、自分が好きだった監督って、人間を通して社会を描いているんです。ある時代の中に人間は生きているわけだから、人を描くと自然と社会を描くことになる。ホウ・シャオシェンも、ジョン・カサヴェテスも、ジャック・タチもそういうところがあると思います。

──なるほど。

最近だったら、キム・ボラの「はちどり」が1990年代の韓国をすごく象徴しているなと感じました。そういう映画が好きという内面が、ついついプロデュース作に出ちゃっているかもしれないですね。ハッピーエンドの映画とか嘘くさくて好きじゃないんです。

──日本だと発行部数数千万部といった大ヒットマンガを映画化する流れもありますね。そういう企画には興味はないですか?

興味がないというか、話が来ないし、ノウハウがない(笑)。

──では話があったら製作の可能性も?

面白ければもちろんやらせていただきます。ただ、何かスパイスがないと惹かれないんですよね。例えば「愛がなんだ」はラブストーリーでありながら、主人公のテルコのなんとも言えないパーソナルな感情を描いているじゃないですか。好きな人自身になってみたいというような。なんとなく哲学的な要素があって、すごく面白かったです。(手を壁に)ドーン!ってやってキューン!みたいな作品は正直……(笑)。

──ラブコメは好きなんですか?

大好きです。製作映画のラインナップが似てしまうのはよくないなと最近思っていて。会社としてはラブコメなどもやったほうがいいかもしれないですよね。

池松壮亮も真利子哲也も本気だからやり合うしかない

──時には監督と決裂することもあるとおっしゃっていました。製作がストップしてしまうこともある一方で、ともに苦難を乗り越えた結果、信頼関係を築けることもあると思います。

「宮本から君へ」がそうですね。本当に大変でしたが……。

──映画からも大変さが伝わってきました。

映っちゃってますよね。もめごとはないんですけど、池松壮亮真利子哲也も本気だからやり合うしかないんです。「こっちにしたほうがすんなりいく」とか、そんな中途半端な結論は出せるわけもなく、朝の5時まで話し合いという名のガチのぶつかり合いをしました。さすがに寝るかって思ったら、誰も引かないからもう1回話し合いが始まったりね。池松くんはまったくワガママ役者じゃなくて、むしろクレバーな方なんだけど、「宮本」に関しては折り合わなかったら降りるって平気で言うくらいの熱量でした。最初のオファーは7、8年前で、真利子さんは当初から池松くんを想定していました。自分が宮本を演じられるギリギリの年齢でやっと映画が実現したというのも、大きな思い入れの理由かもしれないですね。

──具体的にはどうやり合ったんでしょうか?

池松くんも真利子さんもほかのスタッフも原作を読み込んでいるから、みんな“自分の思う「宮本」”があるわけです。それをそれぞれ主張していくんですが、原作者の新井英樹さんが一番大人で「みんなこの作品を愛してくれてありがとう。君たちの好きなようにしてくれ」と父親みたいでした(笑)。クランクイン前にみんなでさんざんやり合ったので、撮影が始まってからの衝突はなかったですね。いい歳こいたおじさんやおばさんが学生みたいにぶつかり合ったのはいい思い出です。

──池松さんや真利子監督とは、今どんな関係性なんですか?

めちゃめちゃ仲いいです。ほかにもすごい熱量のスタッフが集まっていて、同じ釜の飯を食った仲間みたいな感覚ですね。ベタベタした関係性ではないですけど、ともに戦った仲間としてみんな「宮本」に誇りを持っていると思います。

「宮本から君へ」の現場で、池松壮亮とハグをする佐藤順子。

「宮本から君へ」の現場で、池松壮亮とハグをする佐藤順子。

海外の役者が入ると風向きが変わる

──プロデューサーとしての最大のピンチを伺ってもいいですか?

毎回「無理かもな」と思っていて楽だったことはないですが、一番ヤバいと思ったのは今年新型コロナウイルスで撮影が危ぶまれたことかもしれないです。緊急事態宣言が出る前まで、2021年公開予定の「空白」(吉田恵輔の監督最新作)の撮影を地方でやっていたんですが、やっぱり集中できないんですよね。いつ撮影をストップさせないといけなくなるかわからないし、役者さんに感染させてしまう可能性もゼロではない。今後は、実写の作品は撮影できなくなるんじゃないかとまで、考えました。

──撮影をどう進めるか決めるのもプロデューサーの仕事ですよね。

第一に優先すべきは人命なんですが、緊急事態宣言が出て現場を止めて、もし映画が完成しなかったら出演者や製作スタッフへの支払いはどうするのか頭をよぎりましたね。(撮影を)やめるにも続けるにも責任が伴うという状況はきつかったです。無事撮り終えたのでよかったですが。

──今後もコロナの影響はあると思いますが、懸念はありますか?

一番気がかりなのは、役者や監督が何かをあきらめることが多くなるのではないかということです。例えば監督が脚本を書くとき、役者さんに演じてもらうのが申し訳ないからラブシーンはやめようと考えるかもしれない。なので、コロナによってクリエイティビティが制限されない環境を作らないといけないと思います。PCR検査を全員に受けてもらうとか、安全な体制作りにかかるお金も予算に組み込む。そうしないと役者もスタッフも集中できないですよね。

──ではコロナが収束していったとして、今後チャレンジしたいことを教えてください。

アジアの合作をやりたいです。「かぞくのくに」にはヤン・イクチュン、「新聞記者」にはシム・ウンギョンが出演してくれましたが、やっぱり海外の役者が入ると風向きが変わるんですよね。「愛しのアイリーン」ではフィリピンクルーの情熱や人柄に、日本人スタッフには持っていないものを感じました。韓国は日本より人口が少ないけれどあれだけ映画製作のノウハウが培われていて、ハリウッドにも行っちゃう状況じゃないですか。日本、韓国、フィリピンの混合チームで映画を作ってみたいです。

※吉田恵輔の吉はつちよしが正式表記

佐藤順子(サトウジュンコ)

1973年1月20日生まれ、東京都出身。10代後半に名画座・下高井戸シネマでアルバイトを始め、その後20代でシネ・アミューズの支配人を務める。2010年にスターサンズへ入社し、「かぞくのくに」「二重生活」「あゝ、荒野 前篇・後篇」「愛しのアイリーン」「宮本から君へ」「MOTHER マザー」をプロデュース。2021年には綾野剛と舘ひろしが共演した藤井道人の監督作「ヤクザと家族 The Family」、古田新太や松坂桃李が出演する吉田恵輔の新作「空白」の公開を控える。

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田中健志/KENJI TANAKA @kenji_tanaka621

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